2023年09月08日

米国共和党の気候変動へのスタンス-本年の酷暑を経ても大きな変化はみられず-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――はじめに

この夏は日本と同様、米国でも記録的な酷暑が続いた。カナダの山火事によって大量の煙が流れ込み、ハワイ州の山火事では死亡者が100名を超えた。さらにはハリケーンが各地で猛威を振るうなど、米国民の多くに気候変動を否応なく実感させた夏であったと言えるであろう。しかしこのような事象を人類の活動によるものと認識し対策を講じるか否かについて、米国民の考えは分かれている。

米国は共和党のトランプ政権時代に温室効果ガス排出削減を世界的な流れとしたパリ協定1から離脱2した。その後、民主党のバイデン大統領は2021年1月の就任日に再加盟を発表し、同年2月19日に米国の正式復帰が認められて現在に至っている。

トランプ前大統領に限らず、国内製造業の雇用を重視する共和党は温室効果ガス排出削減に冷淡とみられ、大統領選挙が来年に予定される中、共和党が勝利すれば再び米国は気候変動に背を向ける可能性が高い。

一方、この夏の酷暑もあって気候変動に対する米国民の関心は高まってきている。このレポートでは、最近の調査と報道を基に米国共和党の現状を伝えていきたい。
 
1 2015年12月、第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択された。途上国を含むすべての国が温室効果ガスの排出削減に取り組むものとし、「世界の気温上昇を2度未満に抑えることを目標にすること、同時に1.5度未満を目指し努力すること」が明記された。
2 トランプ大統領(当時)が離脱を表明したのは2017年6月だが、国連の規定により公式の離脱は2020年11月であった。再加盟は自由である。

2――米国民の気候変動に対する考え

2――米国民の気候変動に対する考え

1)全般的状況
図表1はPew Research Centerが公表した米国民の気候変動に対する考えの調査結果である(調査期間は2023年1月18~24日と同年5月30日~6月4日)。
【図表1:米国成人の地球温暖化/気候変動に対する考え(%)】
これによれば、地球温暖化の原因を人類の活動と捉える回答が46%である一方、明確な証拠なし/主に自然循環によるとの回答が40%を占めている。また、大統領と議会が取り組むべきとする回答が7割を超えるものの、最優先とするのは37%に止まる。原因の認識や対応の必要性に国民的コンセンサスありとは言い難い状況が伺える。
2)共和党支持者の傾向
別の調査を基に、米国民の中でも共和党支持者の傾向をみていきたい。図表2はNPR/PBS NewsHour/Marist pollによる気候変動と経済成長のどちらを優先するかの調査結果である(直近の調査は2023年7月24~27日に実施)。
【図表2: 気候変動と経済成長の優先順位】
全体では「気候変動優先」(53%)が「経済成長優先」(44%)を上回っているものの、民主党支持者と共和党支持者で傾向に顕著な相違がある。共和党支持者では「経済成長優先」が72%と、気候変動を重視しない傾向が強く出ている。

3――気候変動への関心の高まり

3――気候変動への関心の高まり

とはいえ異常気象が続き米国民の関心が高まってくる中、共和党の内外で気候変動に向き合わねばならない状況が生まれてきている。
1)カーティス下院議員による保守派気候会議
2021年にジョン・カーティス下院議員が会長として始めた保守派気候会議(Conservative Climate Caucus)には81名の下院議員が名を連ねるに至った。これは共和党下院議員の3分の1を超える。

綱領の一つは「米国の経済、労働者、安全を脅かす過激で急進的な気候対策と戦う場に共和党員を導く」とあり、世界的な気候変動対策とは合致しない可能性もあるものの、少なくとも共和党が気候変動を否定していないことの証左となっている。
2)モンタナ州で温暖化ガス排出量調査を制限する州法に違憲判決
モンタナ州は共和党の勢力が強い州であり、同州憲法は州民に「清潔で健康な環境」を保障している。

2023年8月14日、化石燃料の開発における温暖化ガス排出量調査を制限する州法に対し、16名の若者の提訴を受け同州裁判所は違憲判決を下した。
3)大統領候補者討論会の序盤で気候変動が議題に
2023年8月23日、保守系テレビネットワークのフォックスニュースが共和党の大統領候補者を招いて討論会を開催した。

開始後約20分が経過し、経済問題を中心に登壇者8名の発言が一巡した後の議題は気候変動であった。男子大学生がビデオで登場し「共和党は気候変動に関心を持っていないという不安を、米国大統領かつ共和党のリーダーはどのようにして和らげるつもりなのか」と質問した。

4――共和党大統領候補者討論会

4――共和党大統領候補者討論会

フォックスニュースによる今回の大統領候補者討論会には支持率で独走の1位であるトランプ前大統領は参加しなかった。

前章で述べた男子大学生によるビデオでの質問の後、司会者より登壇者8名に対し「気候変動が人類の活動によるものと思う方は手を挙げてください」と投げかけられたものの、デサンティス氏が「我々は小学生ではない。討論しよう」と遮ったことから、この点に関する各候補の意思を把握することはできなかった。

その後の議論における有力候補3名の言動は図表3の通りであり、他の候補者からは特筆すべき発言はなかった。
【図表3:有力候補の気候変動に対するスタンス】
討論会の場では明確に語らなかったデサンティス氏は気候変動に否定的とみられ3、また、参加しなかったトランプ前大統領について気候変動に関するスタンスの変更は報じられていない。

米国民の関心が高まりつつも、まだ共和党の大統領候補者の中では、気候変動を米国が国家として主体的かつ真剣に取り組むべき課題とまでは考えられていないようだ。
 
3 デサンティス氏はフロリダ州知事として2023年5月、ESG(環境・社会・企業統治)投資への公金投入を禁じる州法に署名した。

5――おわりに

5――おわりに

共和党大統領候補者討論会の翌日、民主党のバイデン大統領はXにて気候変動は現実である旨、ツイート4した。でっちあげ(hoax)と明言したラマスワミ氏を念頭においての対応と思われる。但し現時点では気候変動が来年11月の大統領選挙で大きな争点になるとはみられていない。

しかし来年の夏も酷暑などで米国民が気候変動を痛感し、かつ、共和党の候補者が気候変動に無関心な姿勢を保った場合、この問題で足元をすくわれる可能性も否定できないと筆者はみている。
 
4 文面は”Climate change is real, by the way.”
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人アフリカ協会
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

(2023年09月08日「基礎研レター」)

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