2016年03月31日

心疾患と生活習慣病~受診動向とレセプトデータからみた併発疾病

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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3――レセプトデータからみた「虚血性心疾患」と「生活習慣病」との関係

公的統計では、心疾患による死亡数や罹患数についての動向を時系列でみることができるが、心疾患罹患者の疾病の併発状況や疾病発症後の受診状況をみることができない。そこで、以下では、健康保険組合によるレセプトデータを使って、生活習慣病と特に関連が深いとされる虚血性心疾患について生活習慣病との併発状況、および虚血性心疾患発症後の医療機関受診状況をみることにする。

1|使用したデータと分析対象者の概要
(1) 使用したデータ
分析に使用したデータは、(株)日本医療データセンターによるレセプトデータベースである6。このデータベースは、いくつかの健康保険組合のレセプトデータについて、個人を特定しうる情報を完全に削除した上で市販されており、各種研究で活用されている。健康保険組合加入者によるデータを中心としているため、60歳以上のデータが少ないほか、2008年度以降は後期高齢者医療制度が施行されたため75歳以上のデータを含まない。
 
図表7 分析対象者の性・年代別人数/図表8 分析対象者の死亡数の推移 本稿では、このデータベースから、
 (1) 初めて虚血性心疾患によって受診した
 (2) 虚血性心疾患を理由に初めて受診してから、5年以内に死亡、または、5年後も在籍する
を条件に分析対象者を抽出した。(1)は、罹患前後でどのように受診が変わったかをみるために、継続的に虚血性心疾患で受診している患者を除外するための条件である。「初めて」の受診かどうかは、過去2年間に1度も該当疾病によって受診していないことで判定した。また、(2)は、罹患後、疾病以外の要因によって健保組合を脱退する罹患者の影響を除外するための条件である。

(2) 分析対象者
今回分析対象とした虚血性心疾患患者は、上述の条件で抽出した結果、全部で1,031人(男性696人、女性335人)だった。男女別の年代分布は図表7である7
対象となる1,031人のうち、61人(5.9%)が発症年に死亡していた8が、以降の死亡は少なく、944人(91.6%)は5年後も同じ健康保険組合に在籍していた(図表8)。
 
 
6  本稿の発行にあたっては、(株)日本医療データセンター倫理委員会(IRB)にて内容の確認を行っている。本稿は、(株)日本医療データセンターの提供したデータに依存しており、筆者はその質についてチェックしていない。
7  健保加入者の性・年代分布は、国全体の性・年代分布とは異なるため、性・年代別の発症率を意味するわけではない。
8  発症年に死亡していた61人のうち24人(39.3%)は発症月に死亡していた。
図表9 年代別の併発疾病の組合せ 2|併発疾病と罹患後の受診状況
(1) 「虚血性心疾患」受診者の67%が生活習慣病も併発
虚血性心疾患を発症した患者に対し、発症後1年間に、代謝障害、糖尿病、高血圧性疾患など、虚血性心疾患と関連の深い3つの生活習慣病による受診の有無をみると、今回の分析対象者では、全体の33%が虚血性心疾患のみの受診だったが、残る67%が3つの生活習慣病のいずれかの疾病でも受診をしていた(図表9)。受診している疾病の組合せをみると、最も多いのが虚血性心疾患に加えて代謝障害による受診をしていて全体の18%、次いで、虚血性心疾患に加えて代謝障害と高血圧性疾患による受診、または糖尿病と代謝障害、高血圧性疾患による受診をしている割合が高く、いずれも全体の13%だった。
男女別・年代別に併発疾病の組合せをみると、50歳未満で虚血性心疾患のみの受診が45%と多かった。虚血性心疾患は年代が高いほど罹患者が多いが、若い世代では代謝障害、糖尿病、高血圧性疾患などの症状を抱えていなくても、虚血性心疾患を発症する割合が相対的に高かった。
 
図表10 発症年前後の受診状況 (2) 「虚血性心疾患」をきっかけに生活習慣病の受診も増える
発症年前後の虚血性心疾患、および代謝障害、高血圧性疾患、糖尿病の受診状況をみる(図表10)。
虚血性心疾患については、発症年には100%だった受診割合が、翌年には37%、3年目には28%と徐々に下がっている。一方、代謝障害、高血圧性疾患、糖尿病については、いずれも虚血性心疾患発症後の受診率は、発症前と比べて、10ポイント程度受診率が上がっていた。虚血性心疾患による受診をきっかけに、他の生活習慣病の治療も開始した患者も多いと推測できる。虚血性心疾患発症から2年目以降の代謝障害、高血圧性疾患、糖尿病の受診は、5年目にかけても受診率はおおむね横ばいであり、発症後数年間は代謝障害、高血圧性疾患、糖尿病の受診も多くなることがわかる。
 

4――属性別の併発状況など、発症予防にむけた更なる分析が必要

4――属性別の併発状況など、発症予防にむけた更なる分析が必要

心疾患による死亡の増加は高齢化の影響が大きいと考えられる。また、心疾患による死亡の大多数は、生活習慣病と関係が深いとされている「虚血性心疾患」が占めている。公的統計から、虚血性心疾患の総患者数は減少しているが、虚血性心疾患の原因ともなり得る生活習慣病患者は増加していることから、今後、患者数が増加することが懸念されている。
健康保険組合によるレセプトデータを使用して、虚血性心疾患で受診した患者の代謝障害、糖尿病、高血圧性疾患など生活習慣病の併発状況をみると、全体の67%がこの3つの生活習慣病のいずれかについて、虚血性心疾患発症年に受診をしていた。こういった生活習慣病の受診は、虚血性心疾患の受診後に始まったものも多いと推測できる。
虚血性心疾患発症者における生活習慣病の併発状況は、今回の分析対象者では年代によって差があった。50歳未満では45%が虚血性心疾患のみの受診だったことから、50歳未満では、生活習慣病の兆候がなくても虚血性心疾患を発症している割合が相対的に高かった。一方、50歳以上では、虚血性心疾患のみの受診は17%と低く、他の生活習慣病の受診も行っていた。また、虚血性心疾患発症後の生活習慣病による医療機関受診は、発症前と比べて増加していた。虚血性心疾患は発症直後に死亡することもある重篤な疾病である。虚血性心疾患を発症するまでに生活習慣病による治療を行う機会があれば重症化を予防できる可能性がある。
このように生活習慣病を原因とする心疾患は、生活習慣病の治療を行うことによって予防や重症化防止が可能と考えられている。生活習慣病と心疾患、さらにはそれと健康診断の結果との関係は改めて分析の必要があるだろう。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2016年03月31日「基礎研レポート」)

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