2016年03月07日

幹部候補が育たないのはなぜ?-日本の大企業を悩ませる3つのジレンマ

基礎研REPORT(冊子版) 2016年3月号

生活研究部 主任研究員   松浦 民恵

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1――日本の大企業で人材育成がうまくいかないのはなぜか

日本の大企業は、新卒一括採用における競争力も高く、採用時点では企業が求める人材を相対的に確保しやすいはずである。また、日本の大企業では、効果的・継続的な人材育成を可能にし、従業員のモチベーションや企業に対する帰属意識の向上等につながるとされる長期雇用が根付いている。にもかかわらず、日本の大企業において、人材(特に幹部)育成が決してうまくいっていない現状をどう受け止めれば良いのだろうか。

2――人材育成を阻む3つのジレンマ

本稿では、日本の大企業において、人材育成がうまくいっていない主要な要因を、3つのジレンマ(優先順位・配分・同質性のジレンマと命名)として整理し、対応の方向性について考察する


1|優先順位のジレンマ~当面の課題を優先せざるを得ず、人材育成が先延ばしになる

人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ないのが、ここでいう「優先順位のジレンマ」である。

このようなジレンマのもと、日本の多くの大企業において、業績やリスクマネジメントといった当面の課題が高い優先順位に位置づけられ、これらの当面の課題に上司のパワーや予算等が重点的に配分され続けてきた。

当面の課題は放置できないし、課題が深刻であるほど、その解決により大きな力を割かざるを得ない。一方で、人材育成については、すぐに対応したからといってにわかに効果が実感できるわけではない。こうした構造が、企業を「人材育成優先」から遠ざけ、「当面の課題優先」に走らせてしまう。

この「優先順位のジレンマ」に対しては、(1)育成の効果の「見える化」(育成政策の変更によって幹部候補の人材プールが何人増加したか等)、(2)上司の評価基準における業績と育成のバランスの見直し、(3)業務改革や要員補強によるリスクマネジメント業務の負担軽減、が必要となる。

上司の評価基準において育成のウェイトを高めることは、前述の育成の効果の「見える化」とセットで検討する必要がある。要員の補強は現実的には難しい面もあろうが、たとえば定年後継続雇用されている元管理職等に、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務を配分することも考えられる。

また、上司が限られた時間のなかで効果的な人材育成を行えるように、管理職教育を強化することも重要である。


2|配分のジレンマ~早期選抜は大きなリスクをともなうがゆえに、早期選抜に踏み切れない

「配分のジレンマ」は、早期選抜が育成資源の効果的配分につながるとわかっていながら、選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、全体に広く薄く育成資源を配分してしまうというジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT(仕事の経験を通じた職場内訓練)、Off-JT(研修等の職場外訓練)ともに供給制約がある。特に経済環境が悪化すると、(1)事業の拡大や新規事業の創出が難しくなる、(2)組織のスリム化で管理職ポストが削減される、(3)研修予算等が削減される、など同じ企業のなかで挑戦的な仕事経験を積める成長機会が量・質ともに制約され、固定化される面が大きい。このため、人材育成のための成長機会をどう配分するかは、とりわけ幹部育成において重要な論点となる。

かつて正社員に占める大卒比率がさほど高くなかった時代には、学歴が幹部候補選抜の一つのメルクマールになっていた。しかしながら、1980年代に入り、大卒比率が顕著に上昇するとともに、幹部候補の比率も大きく膨らんできた。一方、大卒比率が増加するなか、大卒間の賃金原資の配分は成果主義の導入等によって見直されたが、人材育成においては、企業が選抜教育に舵を切った形跡がほとんどみられない。

OFF-JTについても、日本の大企業の幹部候補は、ある程度平等に配分されることに慣れてしまっているためか、外資系グローバル企業の幹部候補と同じ研修を受講する場合も、選抜されたという自負や、次の競争に向けて研修からより多くのことを学びとろうとする貪欲さが、相対的に希薄だという研修講師等の声が少なくない。

この「配分のジレンマ」については、大卒の増加にともなって膨らんだ幹部候補の、ある程度の絞り込みが必要となる。ただし、(1)新卒一括採用をメインとしている、(2)労働移動が制約的である、という日本の特徴を踏まえると、最初の見極め期間の設定を含めて、外資系グローバル企業よりは若干緩やかな、幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があるだろう。選抜をある程度緩やかにすることが、その後の選抜での逆転登用の可能性を高め、第1段階では選抜されなかった社員のモチベーションの維持にもつながると考えられる。


3|同質性のジレンマ~多様な人材を育成・活用しようとしても、多数派(同質性の高い集団)に埋没してしまう

「同質性のジレンマ」においては、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかに埋没させてしまい、結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育てられない。

同質性の高い集団においては、阿吽の呼吸によるコミュニケーションが可能となり、「仲間」意識が形成されやすい。このような特徴は、かつては日本企業を成長に導く原動力の一つであったが、グローバル競争にさらされ、多様な人材の育成・活用が必然となってきている昨今においては、人材育成に対してむしろマイナスに作用する面が大きい。

阿吽の呼吸によるコミュニケーションが可能だということは、説明・説得しなくても察してもらえるということであり、たとえば幹部候補がこういう環境下に置かれると、説明・交渉能力や、「仲間(同質性の高い集団メンバー)」でない人材(多様な人材)に対するマネジメント能力の向上が阻害される。「仲間」意識の形成は、チームワークにつながる一方で、(1)「仲間」の不利益になることをしなくなる、(2)「仲間」といると安心してしまう、という弊害ももたらす。こうした環境下に置かれた幹部候補は、危機意識が希薄になり、グローバル企業との厳しい競争に対する耐性が低下することが危惧される。人材マネジメントにおいては、無意識のうちに「仲間」を過大評価し、「仲間」でない人材(多様な人材)を過小評価する危険性も出てくる。これらは、「仲間」でない人材(多様な人材)の育成・活躍を阻害するため、幹部候補から多様な人材が排除され、幹部候補の同質性が凝縮されるサイクルの構築につながる恐れもある。

この「同質性のジレンマ」に対しては、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにせず、集団のなかで危機意識や競争への耐性を持たせながら、幹部育成を図ることが重要となる。また、幹部候補の選抜・育成プロセスに密接に関わる人事部や管理職が、無意識に幹部候補の同質性を高めてしまわないように、(1)人事部や管理職に多様な人材を混在させる、(2)新卒一括採用や幹部候補の選抜等において多様な人材の人数枠を設ける、等の取組が求められる。

3――ジレンマからの脱却に向けて

「優先順位のジレンマ」と「同質性のジレンマ」については、進むべき方向はある程度見えているものの(「優先順位のジレンマ」は人材育成優先へ、「同質性のジレンマ」は人材の多様化へ)、実行するのが難しいという段階にあると考えられる。一方、「配分のジレンマ」については、どちらの方向にどの程度進むべきか、筆者自身も迷うところがあり、企業においてもより難しい決断を迫られると推測される。

人材育成が重要であることは自明であるが、人材育成の課題をいざ解決しようとすると、どちらの方向に進んでも何らかの不都合が生じるという悩ましいジレンマが立ちふさがっている。

しかしながら、だからといっていつまでもジレンマに陥っているわけにもいかない。各企業のなかで、さらには企業の枠組みを超えて、議論を尽くし、試行錯誤し、「最適解」にたどり着くしかない。そうした議論や試行錯誤に向けて、本稿が少しでも参考になれば幸いである。
 

 
   本稿での考察にあたっては、日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクト(2013年後半~)での議論が大いに参考になった。記してメンバーおよび関係者の皆様に謝意を表したい。また、筆者の考察にヒントをくださった匿名の実務家の方々にも、この場を借りてお礼申し上げたい。もちろん本稿における主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。
なお、本稿の詳細については、拙稿『人材育成における3つのジレンマ-「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか』を参照されたい。

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生活研究部   主任研究員

松浦 民恵 (まつうら たみえ)

研究・専門分野
雇用・就労・勤労者生活、少子高齢社会

(2016年03月07日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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