2017年04月07日

「男性の育児休業」で変わる意識と働き方-100%取得推進の事例企業での調査を通じて

基礎研REPORT(冊子版) 2017年4月号

松浦 民恵

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1―男性の育児休業取得推進の取組

1|低迷が続く男性の育児休業取得率

男性の育児参加については、少子化の抑制、女性活躍推進のための環境整備といった政策的な観点のみならず、育児参加を希望する男性従業員等のモチベーションを向上させるという人材マネジメントの観点からも、その重要性に関する認識が徐々に広がってきた。

男性の育児休業取得についても、男性の育児参加を映す指標の一つとして注目され、休業取得推進の重要性が指摘されてきた。このようななか、2000年代半ばから、男性の育児休業取得に向けてさまざまな政策が講じられてきたが、男性の育児休業取得率は2015年度においても2.7%にとどまっている(厚生労働省「雇用均等基本調査」より)。
2|男性の育児休業取得に対する主な阻害要因は「意識」と「働き方」

男性の育児休業取得を阻害する要因としては、これまでの研究においても、「意識」や「働き方」の問題があげられることが多い。

意識面の阻害要因としては、まず、男性の育児休業取得に対して、周囲の理解が得られにくいという点があげられる。特に、男性の育児休業に対する職場の支援体制を整えるうえでのキー・パーソンである管理職が、男性の育児を肯定的に捉えられなければ、周囲の従業員から理解を得ることも難しい。また、男性従業員自身が育児休業取得に対して不安意識を持っているケースも少なくない。
 
働き方の面での阻害要因としては、長時間労働と低い有給休暇取得率があげられる。また、多くの企業で年次有給休暇の繰り越しが認められているので、短い期間の育児休業取得であれば、わざわざ育児休業をとらずとも、有給休暇で充当できるケースが少なくない。
3|日本生命における育児休業取得推進とアンケート調査

日本生命保険相互会社(生命保険業、以下「日本生命」)では、2013年度より4年度にわたって、男性の育児休業取得率100%を達成し、現在も100%取得推進の取組(少なくとも1週間の取得を推奨)を継続している。

同社では、休業取得を奨励する1週間が有給であり、対象者全員が基本的に休業を取得することから、休業取得に向けた男性従業員の不安は少ない。

同社においては、2016年7~8月にかけて、2013~2015年度の間に育児休業を取得した男性従業員を対象とする「育児休業に関するアンケート調査」が実施された。具体的にはイントラを通じて、人事部輝き推進室から調査の協力依頼がなされ、画面入力で回答を得る方式がとられた。結果として、737名から有効回答が得られた。

本稿では、この737名の結果を用いて、同社の育児休業取得推進の取組のもとで、男性従業員の育児休業取得経験が、男性従業員の家庭や職場での意識や行動にどのような変化をもたらしたかについて分析する。なお、分析対象者の育児休業期間(土日を含めた暦ベース)は、同社が推奨する「7日~9日」が58.9%と最も高く、次に「7日未満」が40.4%で続いている。

2―アンケート分析結果のポイント

日本生命による育児休業取得推進の取組、男性従業員による育児休業取得経験を通じて、男性従業員の意識や働き方にどのような「変化」があったのだろうか。以下、ポイントを紹介する。
1|取得経験によって高まる取得希望

「会社の育児休業取得推進の取組がなくても、育児休業の取得を希望していたか」とたずねた結果をみると、4人に1人は「もともと育児休業の取得を希望しており、会社の取組が取得の後押しになった」(25.1%)と回答しているものの、「育児休業の取得は特に希望していなかったが、会社の方針なので取得した」が69.3%を占めた。一方、「もし機会があれば、また育児休業を取得したいと思うか」とたずねた結果をみると、「取得したいと思う」が77.6%を占めている。

つまり、育児休業を取得した当初よりも、実際に育児休業を経験した後のほうが、男性従業員の育児休業の取得希望が高まっている。
2|家族関係に気づきや変化の兆候

この背景には、育児休業の取得を通じて、男性従業員が家事・育児の大変さ、配偶者等の負担の大きさを目の当たりにしたことによる、家事・育児への関与、配偶者等との関係に対する意識の変化も影響していると考えられる。

育児休業取得によって、家族との関係で変化したと思うことを複数回答でたずねたところ、「家事・育児に積極的に関わろうと思うようになった」(42.1%)、「配偶者等の愚痴や悩みを受け止めようと思うようになった」(41.7%)が上位2位に並んだ。また、ほぼ4人に1人が「子ども(達)の様子や気持ちがよくわかるようになった」(24.8%)、「子ども(達)の面倒を1人でもみられるようになった」(24.7%)と回答しており、こうした家族との関係の深まりが、育児休業の取得希望の高まりにつながった可能性もある。
3|働き方やマネジメントにも好影響

担当業務に関する育児休業期間中の対応については、「休業期間の前後に業務を振り分けた(業務の前倒し、後ろ倒し)」(61.3%)、「上司、同僚、部下等に業務の一部を引き継いだ」(55.4%)、「不明な点や急ぎの確認事項については、育児休業中でも連絡してもらうように、上司、同僚、部下等に依頼した」(49.8%)が上位3位となっている。

取得期間が短い中で、業務の前倒し・後ろ倒しや育児休業中でも連絡してもらう等、自分自身による対応の割合が高い。ただし、過半数が業務の一部を引き継いでいることに加えて、「自分しか把握していなかった情報等を上司、同僚、部下等と共有した」という回答も42.9%みられ、情報の共有化という面で、休業取得が働き方に好影響を及ぼしている点は注目される。

加えて、育児休業取得を契機とした前述のような家族関係の気づきや変化が、部下の個人的事情への配慮、早く帰宅したい(早く帰宅させたい)という意識、さらには実際の業務改善につながることも示唆されている。

育児休業取得によって、職場で自分自身が変化したと思うことを複数回答でたずねたところ、「部下や後輩の個人的な事情に対して、より配慮するようになった」(35.3%)、「早く帰宅できるように、業務効率を改善するようになった」(27.8%)が上位2位となっている。また、「部下や後輩の育成の仕方について、より深く考えるようになった」(19.8%)、「会社に対する好感度が上がった」(17.6%)、「夜の会合の回数が減った」(17.0%)、「職場のなかでのコミュニケーションを円滑に行えるようになった」(16.6%)、「仕事に対する意欲が向上した」(16.4%)も2割前後みられている。

育児は多様なライフスタイルの一つであり、誰もが育児休業の取得を経験できるわけではない。当然のことながら、このような変化をもたらす有効な経験は、育児休業取得の他にもさまざま存在する。ただ、育児休業取得経験も、結果として、働き方やマネジメントに好影響を与える経験の一つになっているといえそうである。

3―結びにかえて

本来、中長期的に目指すべき男性の育児休業取得のあり方は、一定の強制力のもとでの一律的な期間の取得ではなく、それぞれの家庭の事情に応じた多様な期間の自発的な取得であろう。政策として休業取得に強制力を持たせるというような主張が、個人の自由の侵害という意味で論外であることも言わずもがなである。

ただし、取得率に目標を設定して取得推進を進める日本生命のような取組は、個別企業の過渡期の取組としては検討する価値があるだろう。育児休業を実際に経験することによって、次回も機会があれば取得したいという意識が、少なからぬ男性従業員に芽生えており、育児休業の取得経験がその後取得ニーズを喚起する面も見受けられるからである。

また、分析結果からは、男性の育児休業取得推進の取組、さらには男性の育児休業取得経験が、家族や職場に対する「意識」、職場における「働き方」に少なからず好影響を及ぼしていることも読み取れる。このような効果・メリットが広く伝わることで、男性の育児休業取得が広がっていくことが期待される。
 

 
  1 日本生命の従業員数は7万人を超えており、うち、女性が6万人強を占める。全国に点在する支社等は100を超え、1つの支社の管轄下に約14の営業部が存在する。いずれも2016年3月31日現在。 
  2 ニッセイ基礎研究所がグループ会社として調査の設計や分析に協力した。本稿は筆者がニッセイ基礎研究所在籍中に執筆したものである。
  3 配偶者が「いる」割合は99.3%で、そのうち78.0%は専業主婦である。配偶者が就業しているケースに絞って、対象者の育児休業中における配偶者の働き方をたずねたところ、「配偶者も育児休業中」が57.0%を占め、「短時間勤務」(21.5%)や「フルタイム勤務」(19.6%)は2割程度にとどまっている。つまり、対象者737名中、育児休業中に配偶者がフルタイムで働いていた割合、短時間勤務で働いていた割合は各4.2%、4.6%にとどまり、大部分は配偶者が在宅している状況で、育児休業期間中を過ごしていた。
  4 「育児休業に関するアンケート調査」や、その前に実施したインタビュー調査にご協力頂いた方々にお礼申し上げたい。日本生命人事部輝き推進室の浜口知実室長、小林あさひ課長(いずれも調査実施時点のお肩書)には、調査の設計・分析にご協力頂き、分析結果の掲載をご快諾頂いた。本調査の分析においては、生活研究部研究アシスタント太田真奈美氏の協力を得た。記して謝意を表したい。もちろん、本稿の主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。
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松浦 民恵

研究・専門分野

(2017年04月07日「基礎研マンスリー」)

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