2015年12月25日

人材育成における3つのジレンマ-「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか

松浦 民恵

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1――本稿の目的~日本の大企業で人材育成がうまくいかないのはなぜか

日本の大企業は、新卒一括採用における競争力も高く、採用時点では企業が求める人材を相対的に確保しやすいはずである。また、日本の大企業においては、効果的・継続的な人材育成を可能にし、従業員のモチベーションや企業に対する帰属意識の向上等につながるとされる長期雇用が根付いている。にもかかわらず、こうした日本の大企業において、人材育成が決してうまくいっていない現状をどう受け止めれば良いのだろうか。

厚生労働省「能力開発基本調査」で人材育成に関する問題の有無をたずねた結果を、従業員数1000人以上の企業についてみると、「問題がある」割合は2009年度の63.0%からさらに上昇し、2014年度には72.9%を占めている(図表1)。

東証一部上場企業を対象として2013年にリクルートワークス研究所が実施した調査をみても、「特に重要な人事課題」(複数回答、3つまで)として「次世代リーダーの育成」(44.5%)、「グローバル人材の育成」(36.6%)が上位2位にあげられており、とりわけ次代の経営を担うリーダー人材、グローバルな事業展開の核となる人材といった、いわゆる幹部候補の育成が多くの企業で課題とされている(図表2)。このように、日本の大企業においては人材育成に問題があり、とりわけ幹部育成がうまくいっていない。

本稿1では、日本の大企業において、なぜ人材育成がうまくいっていないのかについて、改めて考えてみたい。人材育成に問題があるとされながら長年その問題が解決されない背景には、人材育成の重要性を理解しながらも解決に向けて踏み出せない、何らかの「ジレンマ」を企業が抱えている可能性が高い。人材育成がうまくいっていない理由として、既存研究のなかでもさまざまな要因があげられているが、本稿では、これらの中で筆者が特に重要だと考える要因を「3つのジレンマ」として整理し、対応の方向について考えてみたい。

なお、本稿では人材育成について考察するが、内容によっては幹部育成に焦点を当てる。ここでいう幹部育成とは、次世代リーダーやグローバル人材といった幹部候補の育成を指し、経営幹部手前の段階だけでなく、新卒入社から経営幹部に至るまでの選抜・育成のプロセス全体を視野に入れる。
図表1:人材育成に関する問題の有無の推移(従業員数1000人以上)/図表2:現在認識されている特に重要な人事課題(複数回答、3つまで)
 
1 本稿での考察にあたっては、日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクト(2013年後半~)での議論が大いに参考になった。記してメンバーおよび関係者の皆様に謝意を表したい。また、筆者の考察にヒントをくださった匿名の実務家の方々にも、この場を借りてお礼申し上げたい。なお、本稿における主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。

2――人材育成における3つのジレンマ

日本の大企業では、厳しい採用選考を経て新卒で入社してから、20~30年程度の長期的なタームで人材育成がなされるケースが多い。こうした大企業で人材育成がうまくいっていない理由として、筆者は、企業が人材育成において「3つのジレンマ」を抱えていると考えている。

本稿では、これらのジレンマを「優先順位のジレンマ」「配分のジレンマ」「同質性のジレンマ」と命名することとする。以下、これらのジレンマの内容と、筆者が考える対応の方向性について、順番に述べることとしたい。
 

1優先順位のジレンマ~当面の課題を優先せざるを得ず、人材育成が先延ばしになる

(1)人材育成優先×当面の課題優先

ここでいう「優先順位のジレンマ」とは、企業や職場の上司が人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ず、結果として育成が先延ばしになってしまう一方、「育成優先」を決断しなかったことによって、中長期にわたって甚大な損害を被ることになるというジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT(仕事を通じた教育訓練)と、Off-JT(仕事以外の研修等を通じた教育訓練)から構成される。OJTにおいては、上司の育成への関わりが成長機会の量・質に大きな影響を与える。しかしながら、前述した厚生労働省「能力開発基本調査」で、人材育成に「問題がある」という大企業があげた具体的な問題点(複数回答)をみると、「指導する人材が不足している」(51.2%)、「人材育成を行う時間がない」(50.9%)が上位2位にあげられている(図表3)。

「指導する人材が不足している」という結果からは、グローバルな視点や多様な人材のマネジメント能力等が、特に幹部候補に対してより強く求められるようになってきた一方で、その上司がそういう視点・能力等を十分に備えていないという状況が透けて見える。「人材育成を行う時間がない」については、1990年代以降に進められた上司のプレイングマネジャー化の弊害、コンプライアンスに代表されるリスクマネジメント業務負担の増大が背景にあると考えられる。つまり、幹部候補に求められる能力を持つ上司を育成できていない、上司が育成以外の業務で忙しいといった課題が、OJTによる成長機会の量と質の低下につながっている。

また、Off-JTによる成長機会についても、コスト削減の候補に真っ先にあげられやすい領域であり、量・質ともに低下している懸念が大きい。前述の人材育成に関する具体的な問題点に関する調査結果をみても、「育成を行うための金銭的余裕がない」(13.9%)が5位にあげられている。このような企業では、Off-JTの機会が抑制され、内容も不十分なものになることが危惧される。

このような現状に陥っているのは、業績やリスクマネジメントといった当面の課題が優先順位の高いものとして位置づけられ、これらの当面の課題に上司のパワーや予算等が重点的に配分されるという構造が続いてきた結果だと考えられる。

業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処等、当面の課題は放置できないし、課題が深刻であるほど、その解決により大きな力を割かざるを得ない。一方で、人材育成については、すぐに対応しなかったからといってにわかに甚大な損害を被るわけではなく、逆にすぐに対応したからといってにわかに効果が実感できるわけでもない。こうした構造が、企業を「人材育成優先」から遠ざけ、「当面の課題優先」に走らせてしまう。
 
図表3:人材育成における問題点の推移(従業員数1000人以上、複数回答)
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