コラム
2013年03月19日

政府が解雇ルール明示を検討―積極的労働市場政策の実施で日本版フレキシキュリティの実現を―

生活研究部 准主任研究員   金 明中

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3月13日付の新聞記事の中の、「正社員の解雇ルール明示、成長産業へ採用促す」という見出しに筆者の目は止まった。これは政府の産業競争会議で提案された、労働市場の柔軟性を高めて、産業をより活性化するというプランについての記事であった。

これまで、日本は先進国のなかでも解雇規制が厳格であり、安易な解雇は不可能なため、それが産業活性化のための雇用の流動化を阻害していると言われてきた。
   そもそも、民法(第627条1項)では「期間の定めのない労働契約については、各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができ、解約の申し入れから2週間を経過することによって終了する。」と規定し、解約の自由を認めている。しかしながら労働者を保護するために制定された労働基準法や労働契約法では解雇を厳しく制限している。まず、労働条件の最低基準を定めている労働基準法では、第20条で「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前に解雇予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。ただし、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においてはこの限りでない。」と解雇予告を義務化している。
   さらに、労働契約に関する基本的なルールを明記している労働契約法では、第16条で「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と解雇権そのものを厳しく制約している。

日本では企業が整理解雇を実施するためには、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力の有無、(3)対象者選定の合理性、(4)手続きの妥当性という「整理解雇の4要件」を満たす必要があり、従業員を成績不振や数日の無断欠勤などの理由で解雇することは難しいのが現状である。
   従って政府の産業競争力会議で提案された正社員の解雇ルールの明確化は、雇用時に金銭的な補償をすることを条件として解雇権を確保しておけば、解雇の高すぎるハードルによりためらわれていた正社員雇用を促進しやすくなるという論理であり、衰退産業から成長産業に労働力の移動を円滑に進ませ、「産業の新陳代謝」を促進したいという考えに基づいているものであるだろう。
   このような法整備について連合の古賀会長は、記者会見で、「解雇の金銭解決は、金さえ払えば違法な解雇もできるという風潮を醸成するものだ。断固反対の姿勢を貫いていく」との考えを示した。実際に、金銭補償で解雇をしやすくしようとする動きは今回が初めてではなく、労働契約法を制定する以前から審議会で議論されていたが、労働界の反対もあり、結局実施までには至っていない。
   しかし、金銭補償すべてが問題なのではない。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員(2008)は、「現在の判例では解雇無効の場合、金銭補償の道がなく復職しかない、一方、有期契約の雇い止めに解雇権濫用法理を類推適用することは判例上は可能だが、現実には難しい。このため、復職が認められる正規労働者と金銭補償すら認められない非正規労働者の格差が極端に拡大してしまう」と述べて、非正規労働者を不当な雇い止めから保護する手段として金銭補償の導入の意義を認めている。

今回の政府の「正社員の解雇ルール明示」は、日本版フレキシキュリティを目指したものであると考えられる。フレキシキュリティとは、ヨーロッパ、特にデンマークで普及されている政策であるが、柔軟性を意味するflexibilityと安定や保障を意味するsecurityを組み合わせた造語であり、「労働市場の柔軟性」と「雇用の保障」を両立させる考え方である。
   しかしながら、日本はまだ政府による「雇用の保障」が十分に実施されている状況にはない。残念ながら、デンマークのように手厚い失業手当等の社会保障制度や充実した職業教育プログラム等が実施されているとは言えない状況にある。従って、何より職業教育プログラム等の積極的労働市場政策をより充実させていくことが、日本版フレキシキュリティの実現のための第一歩であると言えるだろう。


 
  1947年に制定
  2008年3月1日から施行
  濱口桂一郎(2008)「解雇規制の実態:日本の解雇規制は2重構造、これが正規・非正規の差別を生む」『エコノミスト』2008.7.1

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生活研究部   准主任研究員

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
社会保障論、労働経済学、日・韓社会保障政策比較分析

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