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韓国政府と医療界が医学部の入学定員増案で対立、医療空白が長期化-日本の事例を参考に事態の解決を-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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ことの発端は、今年2月6日に韓国政府が医師不足解消に向け、大学医学部の入学定員(現在3058人)を2025学年度の入試から5年間にわたって毎年度2000人増やすことを発表したことである。この日、チョ・ギュホン保健福祉部長官は「2035年までに医師人材を1万人拡充する」とし、「特に非首都圏医大は地域人材選考で60%以上を補充するよう推進する計画」と話した。
韓国政府は医科大学の定員を増やす理由として、韓国の医師数が、OECD加盟国と比べて少ないこと、医師不足と医師の地域偏在や診療科による偏在で、「小児科オープンラン(営業開始時間前に列に並ぶこと)」、「救急室のたらい回し」、「医療上京(首都圏と地方の医療格差が拡大した結果、医療機関が少ない地方から首都圏の医療機関を訪れる患者が急増している現象)」と呼ばれる現象が起きていること、急速な高齢化の進展により将来の医師不足が予想されていること等を挙げている。
実際、2021年現在韓国の人口 1,000 人当たり医師数は2.6人で、2021年のデータが利用できるOECD加盟国の平均3.7人を大きく下回っており、加盟国の中で下から3番目となっている(韓国より少ないのはメキシコ(2.5人)とトルコ(2.2人)のみ)。また、一般病院や医院で働く医師の数は2020年現在首都圏が5万5,065人で、非首都圏の 4万 3,618人を上回り、全体の55.8%を占めていた。一方、健康保険審査評価院の資料によると、2013年末から2023年の3月末までの医院数は「精神健康医学科」が97.2%、「麻酔痛症医学科」が67.1%、「整形外科」が39.0%、「美容外科」が36.7%増加したことに比べて、「小児青少年科」は2.4%、「産婦人科」は5.6%減少した。
「小児青少年科」や「産婦人科」が減少し、人気が低い理由としては、低い出生率により子供の数が減少し、今後もさらに減少することが予想されているからである。また、「美容外科」等は自由診療が多く、儲かる仕組みになっていることに比べて、「小児青少年科」や「産婦人科」は診療報酬に依存する診療が多く、儲かりにくい仕組みになっているからだ。さらに、産婦人科の場合は、当直や呼出が多く拘束される上に、他科と比べて訴訟リスクが高いといったマイナスイメージが強く、産婦人科を選択する若手医師が減少している。
韓国政府は、国策研究機関である韓国開発研究院(KDI)、韓国保健社会研究院(KIHASA)、ソウル大学校の研究などを参考し、医学部増員を行わなければ2035年には医師1万人が不足すると判断し、医科大学の定員増員を推進している。つまり、2025学年度から毎年度2000人ずつ追加で入学すれば、2031年から2035年まで追加で排出される医師が1万人程度になり、医師不足の問題をある程度防ぐことができると判断している。
一方、大韓医師協会(日本医師会に当たる組織)は、韓国の人口 1,000 人当たり医師数は、韓国と医療制度が似ている日本(2.6人)や米国(2.7人)と差がないので医師不足の問題はなく、医療アクセス性や1人当たりの外来診療回数や入院日数など他の指標の場合、OECDの上位に位置していると主張している。
では、なぜ大韓医師協会は医学部増員に反対し続けているだろうか。彼らが反対する最大の理由は韓国社会に少子化が進んでいることだ。つまり、彼らは「韓国社会は、出生率が低下し続けて、人口が減少しているので、医師を増やす必要はなく、現在、韓国社会が抱えている問題は、医師不足ではなく、医師の地域偏在・診療科偏在であるので、優先的に偏差問題を解決すべきであり、急に医学部増員を実施すると教員や施設が足りなく、教育の質が下がる恐れがある」と韓国政府の主張に対して反対する姿勢を見せた。
一方、3月に聯合ニュースと聯合ニュースTVが全国の18歳以上の1000人を対象に実施した世論調査の結果によると、大学医学部の入学定員を増やすべきは84%(「2000人増やすべき」48%と「2000人未満で増やすべき」36%の合計)で、「現行を維持すべき」11%を大きく上回った。しかしながら韓国政府と医療界の隔たりが埋められず、医療空白の長期化により国民の不安は高まり、韓国政府に対する支持率も低下することになった。
では、どのように問題を解決すればいいであろうか。まず、韓国政府と医療界が対話を続けお互いの立場を少しでも理解することが重要である。つまり、「医学部の入学定員を年2000人ずつ5年間で計1万人増員する」とか「医学部の入学定員の増員は要らず、むしろ減少させるべき」のように一方的に意見を主張せず、落としどころを見つけるために努力すべきである。日本の事例を参考に長期間にわたり少しずつ定員を増やすことも一つの方法であるだろう。
また、医師の地域偏在・診療科偏在の問題を解決するために、医療機関に支払われる診療報酬の単価を差別化(医師が不足している地域や診療科では診療報酬を引き上げる一方、過剰となっている地域では診療報酬を引き下げる)する対策を考慮すべきである。さらに、日本が実施している「地域枠選抜」の導入も検討することが望ましい。
「地域枠選抜」は、医師偏在を解消することを目的に導入された制度で、大学が特定の地域や診療科で診療することを条件として地域枠を設け、地域枠に該当する学生に対して都道府県もしくは大学が奨学金を貸与する代わりに、都道府県が定める地域で一定期間従事すると、奨学金の返還義務はなくなる仕組みである。一般的に6年間奨学金を受給する代わりに卒業後9年間は地域医療に携わることを条件としているところが多い。
韓国政府が韓国より先に医学部の定員を増やす政策を実施し、地域偏在・診療科偏在に対する対策を行った日本の事例を参考に医療界との対立と医療空白事態を早急に解決していくことを強く望むところである1。
1 本稿は、金明中(2024)「曲がり角の韓国経済 第101回 医療界との対立と医療空白事態」東洋経済日報 2024年5月10日を加筆・修正したものである。
(2024年05月17日「研究員の眼」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
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