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「キラー問題」の排除で韓国の教育問題は解決できるだろうか

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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韓国統計庁の『2022韓国の社会指標』によると、2021年の大卒者の賃金を100.0%とした最終学歴別の賃金水準は、中卒以下48.9%、高卒64.4%、専門学校卒78.2%、大学院卒145.5%水準であることが明らかになった。大卒者の賃金は高卒者の約1.6倍であり、大学院卒業者の賃金は高卒者の約2.3倍、大卒者の賃金の約1.5倍であった。高卒者の賃金水準は2010年の63.5%と比べて、少し上昇しているものの、大きく改善されておらず、まだ教育レベル(最終学歴)による賃金格差は大きい状況である。
そこで、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は6月に「修能」で公教育課程以外の問題は出題を排除するよう指示し、それを受けて李周浩(イ・ジュホ)教育部長官(日本の文部科学大臣に当たる)は6月26日に行われた記者会見で、今までの「修能」では「一般的な公教育の学習だけでは解法を考え出すことは困難な問題が存在した」ことを明らかにし、いわゆる「キラー問題」を「修能」から除外すると発表した。「キラー問題」とは、「修能」の難易度を調節するため、公教育以外で出題される超高難度問題で、受験生の点数や精神を「Kill」するという意味がある。
私教育を重視することによる学力の二極化を解消し、公教育の崩壊を食い止めようとする趣旨であるが、「修能」の5か月前に急に方針が変わったことにより、受験生や教育現場は戸惑いを隠せない状況である。
連合ニュース等が満18歳以上の成人を対象に7月1日と2日に実施したアンケート調査結果によると、「キラー問題」排除について「賛成」が45.4%、「反対」が43.7%と、賛否は分かれていた。本人、子供、兄弟姉妹等の家族のうち、3年内に受験生がある回答者の場合は、「賛成」が48.2%(「反対」45.0%)で、全体の45.4%(「反対」43.7%)を少し上回った。一方、成績優秀者が多いと知られている大学予備校「鍾路学院」のアンケート調査結果では、「反対」が50.2%で「賛成」の26.3%を大きく上回った。反対する理由としては「最上位学生を選別することが難しくなるから」が62.8%で最も高い割合を占めた。受験生のおかれた状況により政策の受け入れ方が異なることがうかがえる。
韓国では過剰な教育熱やそれと伴う私教育費の増加が大学進学率の上昇に影響を与えた。韓国における大学進学率は、2008年に83.8%で頂点に到達してから低下傾向にあり、2011年には72.5%まで急速に低下した。2011年に大学進学率が大きく低下した理由は2010年までに大学合格者を基準にした大学進学率の計算基準が2011年からは実際の登録者に変わったからである。しかし、2022年時点でも韓国の大学進学率は73.3%で7割を超えており、日本の56.6%を大きく上回っている。
問題は大学を卒業することそのものが社会生活の第一歩であるという認識が一般的になってしまっていることである。将来の夢が大学入学とはまったく関係がなくても、将来何が起きるか分からないので、まるで保険に加入するように大学に進学し、保険料の代わりに高い授業料を払っている。また、大卒者が多数を占めている社会構造の中では、大学を出ないと仲間の輪に入れず、孤立しやすいことや大卒者と高卒者の間に存在する賃金格差なども、大学進学率を高める要因になっている。
大学に進学した若者の多くは就職活動でより有利な立場になるために、在学中に就職の役に立ちそうなスペック積みに熱中である。就活中の学生はスペックをきちんと揃えると、就職に有利であると考えるが、実際に企業が求める人材は華麗なスペック(SPECification)より誠実性(Sincerity)、専門性(Professionalism)、実務能力(Executive ability)、創意性(Creativity)というスペック(S.P.E.C)を重視しており、労働力の供給側と需要側の間に温度差が発生している。
このような温度差は就業率からも確認できる。2021年2月の4年制大卒者の就職率は64.2%で、日本の2021年3月の就職率74.2%(卒業者に占める就職者の割合、文部科学省「令和3年度学校基本調査(確定値)」)を下回っている。韓国における大卒者の労働市場は供給過剰状態であり、さらに大卒者が就職を希望する企業・職種・地域は、大企業、事務職・公務員、ソウルを中心とする首都圏等に偏っている。そのため雇用のミスマッチが生じている状況である。
このような韓国における若者の深刻な雇用状況が改善されない理由としては、景気の低迷が続く中での企業の新規採用の抑制や大卒者の過剰供給が考えられるが、大企業と中小企業の処遇水準の格差によるミスマッチが若者の失業率を上昇させる大きな原因となっており、これを解消するためには、教育システムの改革が不可欠である。例えば、4年制大学を減らす代わりに専門学校を増やす一方、最終学歴による賃金格差を縮小し、大学に進学することによる機会費用を大きくすべきである。また、2022年時点で短大を含めた大学の定員は約58万人に至っているものの、2022年に生まれた子供の数は25万人を下回っており、出生率が改善されないと大学の相当数が廃校に追い込まれる状況にあり、この点を考慮するとさらに高等教育機関の構造調整を含む教育改革を急ぐ必要がある。尹政権が揚げている3大(年金・労働・教育)改革のうち、一つである教育改革が今後どのように実施されるのか注目したい。選挙や政権維持のためのキャッチフレーズに止まらず、韓国社会の問題を改善し、国民の幸福度を高める政策になることを強く望むところである。
(2023年08月08日「研究員の眼」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
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