コラム
2022年11月08日

女性の労働力率上昇にも統計的差別や男女間の格差が残存-韓国の事例から女性雇用を考える-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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女性の労働力率が上昇

韓国では女性の労働力率が上昇しているにも関わらず、女性の経歴断絶や男女間の賃金格差がまだ残存している。韓国政府は男女間における雇用の格差等を解消する目的で、2006年に積極的雇用改善措置制度を導入した。積極的雇用改善措置制度とは、積極的措置(Affirmative Action)を雇用部門に適用した概念で、政府、地方自治体及び事業主などが現存する雇用上の差別を解消し、雇用平等を促進するために行うすべての措置やそれに伴う手続きを言う。

つまり、積極的雇用改善措置制度は同一業種の他企業と比べて女性を著しく少なく雇用した場合、また女性管理者比率が低い企業等に対して間接差別の兆しがあると判断し、すべての人事管理過程をチェックし改善策を企画・策定することを促す制度である。

統計庁の資料によると、2000年に48.8%であった韓国女性の労働力率は2021年には53.3%まで上昇しており、同期間における男性の労働力率との差は25.6%ポイントから19.3%ポイントに縮まった(男性の労働力率は2000年74.4%、2021年72.6%)。

また、男女間の労働力率を学歴別にみると、男女ともに中卒以下の労働力率は低下していることが確認された。一方、男性は高卒以上も労働力率が低下している傾向を見せていることに比べて、女性は高卒以上の労働力率が上昇していることが明らかになった。

更に20代の就業率は、男性が2000年の66.2%から2021年には55.1%に低下したのに対して、女性は同期間に54.9%から59.6%に上昇しており、男女間の就業率は逆転(2011年の20代の就業率は男性が58.1%、女性は58.6%)した。しかしながら2021年時点の30代女性の就業率は61.3%で2000年の52.6%と比べて上昇したものの、30代男性の就業率88.0%とは大きな差を見せた。晩婚化の影響もあり、30代の多くの女性が出産や育児で労働市場を離れているのがその主な原因である。

つまり、男性の年齢階層別労働力率は以前から逆U字型になっていることに比べて、女性のそれは最近になってM字型が少し解消されているものの、30代以降の労働力率は男性と比べて依然としてかなり低い水準のままである。

統計的差別がまだ残存

一方、女性の大学進学率が男性を上回っているにもかかわらず、大卒女性の就業率は男性を下回っている。韓国の教育部(日本の文部科学省に当たる)と韓国教育開発院が発表した「2020年高等教育機関卒業者就業統計」によると、大卒以上の者の就業率は65.1%で2011年以降最低値を記録した。そのうち女性の就業率は63.1%で男性の67.1%より4%ポイントも低く、2016年以降その差は少しずつ広がっている(女性大卒者の就業率は男性と比べて2016年2.6%ポイント、2017年3.0%ポイント、2018年3.6%ポイント、2019年3.8%ポイントそれぞれ低い)。

大卒女性の就業率が男性に比べて低い理由としては、統計的差別がまだ残存していることが考えられる。統計的差別とは、差別を行う意図がなくても、過去の統計データに基づいた合理的判断から結果的に生じる差別をいう。つまり、まだ韓国の一部の企業は、「〇割の女性が出産を機に仕事を辞める」、「女性の〇割は専業主婦になることを望んでいる」といった統計データに基づいて採用を行っており、その結果統計的差別が発生している。

また、女性は産休や育休を取得するケースが多いことや、結婚や出産によって退職する場合もあるという統計を見て採用を躊躇する企業もある。他方、大学進学の目的が、就職よりも将来の結婚相手を見つけるためというような意識をもつ女性がいることも、大卒女性の就業率が男性より低くなっている理由のひとつであろう。2021年現在の韓国の就業率を他のOECD諸国と比較すると、38か国中、男性は75.2%で19位であるが、女性は57.7%で31位となっている。日本の男性84.1%、女性71.5%と比べても大きな差があり、特に女性の方が差が大きい。

また、韓国はOECD加盟国の中で男女間の賃金格差が最も大きい国である。2021年の男性の賃金水準は女性と比べて31.1%高く、日本の22.1%やOECD平均12.0%を大きく上回る。
OECD加盟国の就業率(男性)
OECD加盟国の就業率(女性)
韓国の男女間の賃金格差が大きい主な理由として、経歴断絶とガラスの天井(Glass Ceiling)が挙げられる。韓国政府が積極的雇用改善措置等を施行したことにより、大企業における経歴断絶やガラスの天井は少しずつ改善されてきたものの、積極的雇用改善措置が適用されない多くの中小企業では、まだ改善の余地は見られず賃金格差が残存している。積極的雇用改善措置の適用対象企業は、2006年3月の常時雇用労働者 1000人以上の事業所から2008 年3月には同500 人以上の事業所や政府関連機関まで拡大1されたものの、未だ常時雇用労働者500人未満の企業には適用されておらず、大企業以上に男女間の賃金格差が発生している。

一方、OECD加盟国のデータ分析を用いた論文では、女性の育児休職期間が長いほど男女間の賃金格差は小さいという結果が出ている。長い期間安心して育児休職を取得した女性ほど経歴断絶につながらず、男性との賃金格差も小さいことがうかがえる。つまり、経歴が断絶されると雇用形態が正規職から非正規職に変わり、賃金水準も大きく低下することになるだろう。韓国における2021年時点の非正規労働者の時間当たり賃金総額は15,482ウォン(約1,615円2)で正規労働者の21,230ウォン(約2,214円)の72.9%水準にとどまっている。さらに、非正規労働者は正規労働者と比べて社会保険や企業独自の福利厚生制度が適用されないケースが多い。

韓国における非正規労働者の割合は2007年以降減少し続けており、2015年には32.0%で本格的に調査を始めた2004年以降最も低い水準となったものの、その後は再び増加し、2021年8月には38.4%まで上昇している。さらに、同時点における女性の非正規労働者の割合は47.4%で男性の31.0%を大きく上回っている。
韓国における非正規労働者の割合や対前年比増減率(男女別)
 
1 積極的雇用改善措置の事業所数は 2006 年制度導入時の 546 事業所から 2020 年には 2486 事業所まで増加した。
2 2022年11月4日為替レート1ウォン=0.1043円を適用、以下同一。

尹政権の今後の対策は?

最近は女性の学歴水準が上昇し、労働市場で活躍している女性が増加している。また、過去とは異なり、女性労働者に対する企業側の認識も変わってきており、さらに女性の活躍を支援するための制度も十分だとは言えないが少しずつ整備されてきている。しかしながら、使用者差別3や統計的差別は依然として残存しており、女性活躍を推進するにあたり残された課題は多い。

従って、今後、韓国政府は女性がより安心して働けるように労働政策を整備するとともに、統計的女性差別を解消するため使用者を含む国民全般の意識改革を積極的に進める必要がある。但し、労働政策の整備により女性を過度に優遇するような偏った対策が推進されると、今度は男性が「逆差別だ」と問題を提起する可能性も高い。韓国政府の今後の課題は、男性の不満を最小化しながら、労働市場における男女差を解消することだろう。10月に女性家族部の廃止を発表した尹政権が、今後どのような方法で男女平等を実現するのか、その対策に注目したい。
 
3 「使用者差別仮説とは、 使用者は女性労働者に対 して差別的嗜好を持っているため利潤を犠牲に してでも, 女性の雇用比率を下げようとする。 その結果として、労働市場では男女間賃金格差が発 生するという仮説である。」 佐野晋平(2005)「男女間賃金格差は 嗜好による差別が原因か」『日本労働研究雑誌』No. 540

(2022年11月08日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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