コラム
2024年03月04日

韓国の出生率が0.72で、8年連続過去最低を更新-若者の意識を的確に把握し有効な対策の実施を-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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韓国の出生率が8年連続過去最低を更新

韓国の2023年の合計特殊出生率(以下、出生率)は0.72(暫定値)となり、2022年の0.78を下回り2015年の1.24を記録して以降、8年連続で過去最低を更新した(図表1)。日本の1.26(2022年)やOECD平均1.58(2021年)を大きく下回る数値だ。2023年に生まれた子どもの数は23万人で、2022年より19,200人減少し、歴代最少を記録した。死亡数は35万2700人で前年比2万239人減少したものの、出生数と死亡数の差である「自然増減」は12万2700人減で、4年連続で人口が減少した。
図表1 韓国における合計特殊出生率の推移
2015年以降出生率が低下し続けている理由としては、2015年以降に出産をした女性の多くが1980年代中盤以降に産まれた女性が多いことや、韓国の経済成長率が2012年以降大きく低下したことが挙げられる。まず、韓国政府が実施してきた産児制限政策が1980年代からそれまでの「二人を産んでよく育てよう」から「一人だけ産んでよく育てよう」に代わり、その影響下にあった女性たちが出産のタイミングを迎えているからと考えられる。また、2000年代に平均5%であった経済成長率が2012年に2%台に低下してから回復されず、それ以降も2%前後という今まで韓国経済が経験していなかった低成長が続いたことが若者の失業率や非正規労働者の割合を引き上げにつながり、出生率にマイナスの影響を与えただろう。

また、その内訳をみると、ソウル市を含む大都市の出生率低下が続いている。韓国の4大都市の出生率はソウル市が0.55、釜山市が0.66、仁川市が0.69、大邱市が0.70で下位1位から4位を占めた。2022年と比べて出生率が上昇したのは忠清北道のみで、2022年には出生率が1を超えた世宗市の出生率もついに1を下回ることになった。特に、ソウル市の中でも鍾路区(チョンノク、0.40)、広津区(クァンジンク、0.45)、江北区(カンブック、0.48)、麻浦区(マポク、0.48)の出生率は0.5を下回った。
図表2韓国における地域別合計特殊出生率(2022年と2023年(暫定))

首都圏に人口や就業者が集中し、若者の意識が変化

なぜ韓国では少子化がここまで深刻になってしまったのだろうか。韓国における少子化の主な原因としては、若者がおかれている経済的状況が良くないこと、韓国の総人口と就業者の過半数が首都圏(ソウル市、京畿道、仁川市)に集中していること、若者の結婚及び出産に関する意識が変化したこと、育児政策が子育て世代に偏っていること、男女差別がまだ残存していること、子育ての経済的負担感が重いこと等が考えられる。この中で今回は首都圏に人口や就業者が集中していることと若者の意識が変化していることに注目したい。

行政安全部が発表した調査結果によると、2023年12月現在、首都圏の住民登録人口は2,601万人(ソウル市939万人、京畿道が1,363万人、仁川市300万人)で、全体の50.7%にのぼることが分かった。また、同時点における首都圏の就業者数は1,448万人で全就業者の51.6%を占めた。良質の仕事を求めて首都圏に集まった若者は、激しい競争を生き残るために結婚と出産をあきらめた可能性が高いだろう。
図表3韓国における年度別首都圏の住民登録人口
また、若者の意識も変わっている。ビッグデータの分析結果を見ると、以前は幸福に関連する言葉として、「愛する」、「会う」、「一緒にいる」という言葉が挙げられていたが、最近は、「食べる」、「美味しい」、「元気に過ごす」といった言葉が若者の幸福に影響を与えていることが分かった。また、結婚しても子どもを産もうとしない若者カップルが増えている。結婚や出産に対する経済的負担が大きいので、結婚や出産を選択するより自らの生活を重視する傾向が強くなっていると考えられる。

若者の意識変化に注目を

日韓では(1)晩婚化や未婚化の進行、(2)賃金などで男女差別の存在、(3)子育てに対する経済的負担が大きい、(4)子育て世帯に対する所得支援政策に偏っており未婚化や晩婚化に対する対策が相対的に少ない等といった少子化をもたらす原因に共通点が多い。

日本は、韓国に比べると若者の就職率が高く、子育てに対する経済的負担が大きくないが、最近、物価が上昇することにより実質賃金が減少している。実質賃金の減少は子育て世帯の経済的負担を増やし、子どもを産むことをためらわせる要因になるだろう。政府は子育て世帯の経済的負担が増えないように財政政策だけではなく、実質賃金の減少を防ぐための対策を講じる必要がある。また、ビッグデータなどを用いて、なぜ若者の結婚や出産に関する意識が変化したのかを徹底的に分析し、対策を講じることが望ましい。将来の労働力不足の解消や社会保障制度の持続可能性を高めるために少子化対策は待ったなしではあるが、若者の意識を的確に把握し有効な対策を考えないと、この流れを止めることは困難ではないだろうか。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2024年03月04日「研究員の眼」)

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