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- GX経済移行債のグリーニアムの発生要因
2024年04月03日
2023年5月に成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行推進に関する法律(GX推進法)」に基づいて、今後10年間にわたって20兆円規模の「脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)」が政府から発行されることになった。国債としてGX経済移行債が発行されるのは世界で初の事例である。政府は、温室効果ガスの削減目標として2013年度から2030年度にかけて46%削減することを目指している。政府が2023年2月に公表した「GX実現に向けた基本方針」では、国際公約の達成、産業競争力の強化・経済成長の同時実現には、今後10年間で150兆円を超える投資が官民で必要との試算結果があり、この問題意識に基づく発行である。
GX経済移行債の個別銘柄として「クライメート・トランジション利付国債」が発行され、2024年2月14日に10年債で初の入札が行われた。発行に際して、市場では「グリーニアム」がどの程度生じるのかが注目された。「グリーニアム」とは「グリーン」と「プレミアム」を合わせた造語であり、同じ発行条件の債券と比べてESG債の利回りが低くなる(価格が高くなる)現象を指す。海外では、2023年10月にEUの欧州証券市場監督局(ESMA)が「ESG債のグリーニアムは理論的には確認できない」とする調査結果を公表するなど、グリーニアムの発生を疑問視する指摘もみられるようになってきている。2024年2月時点で、10年債は償還日が同じ10年利付国債(373回債)との比較で、発行市場において0.5bp程度、流通市場において1~3bp程度低い利回りで取引されている。その後、2024年2月27日に発行された5年債では、償還日が同じ5年利付国債(165回債)との比較で、発行市場において1.5bp程度低い利回りで取引されたが、流通市場ではグリーニアムは発生していない。
債券利回りのプレミアムは、クレジットリスクや流動性リスクなどを主な源泉として発生すると考えられている。GX経済移行債には資金使途の制約はあるものの、同じ日本政府を発行体とする利付国債とクレジットリスクに違いはない。つまり、グリーニアムが今回発生したのは、流動性リスクの観点でその評価に違いがあることが主な要因ではないかと考えられる。具体的には、クーポンレートの違い、日本銀行のオペの取り扱い、発行額の規模、SDGsやESGに貢献する姿勢を示す目的などの投資目的に起因する投資家の需要の違いなどがグリーニアムの大きさに関連している可能性がある。
GX経済移行債の金融商品としての基本設計は利付国債と同じく固定利付債である。今回の入札では、5年債のクーポンレートは5年利付国債(165回債)と同じ0.3%で発行されたが、10年債は10年利付国債(373回債)よりも0.1%高い0.7%で発行された。満期日が同じであってもクーポンレートに違いがあると、クーポン効果が発生する。クーポン効果とは、同じイールドカーブから異なる債券の最終利回りを計算する際に、順イールド(イールドカーブが右肩上がり)であれば、満期日が同じでもクーポンの高い債券の方が低い債券よりも最終利回りが必ず低くなる数理上の現象を指す。10年債で入札日のイールドカーブからクーポン効果を計算すると、0.14bp程度であった。さらに、クーポンレートが高い債券ほど、同じ満期日であってもデュレーションが相対的に短くなる。リスク回避度の大きい投資家ほど価格変動リスクを避けるため、クーポンレートの高い債券を選好するという事情もプレミアム拡大に寄与する。
マイナス金利政策の解除に対する市場観測が高まっていたため、市場リスクの観点では特に短中期ほど日本銀行の金融政策変更の影響を受けやすい状況にあったと言える。その意味では金利上昇リスクへの対応策として、日本銀行の国債買入の動向も無視できない。日本銀行は、2023年12月にクライメート・トランジション利付国債を普通国債と同様に取り扱うことを公表しており、国債売買等のオペや担保受入れについても既発の普通国債と同様に取り扱うとしている。日本銀行は、2024年2月末時点で10年債の発行額の4割超を買い入れている。
また、気候変動対応オペにおいてもクライメート・トランジション利付国債を「わが国の気候変動対応に資する投融資として取り扱うことができる」と公表している。気候対応変動オペでは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく投融資に関する目標・実績について開示する必要はあるが、グリーンローン/ボンド、サステナビリティ・リンク・ローン/ボンド、トランジション・ファイナンスなどの気候変動対応に資する投融資には、原則として2030年までマイナス金利政策における負担軽減の措置(マクロ加算2倍措置)が適用された。そのため、マイナス金利政策が適用される市場参加者については、クライメート・トランジション利付国債に投資した方が、マイナス金利にかかる負担が軽減した。マイナス金利政策が解除されてこのようなインセンティブは消失したものの、解除前はマイナス金利の負担にかかるコストに悩む市場参加者からみると、程度にもよるが、利回りが相対的に低くても、クライメート・トランジション利付国債に投資するインセンティブの方が高かった。このような市場参加者の多くは発行市場には参加しておらず、流通市場で購入することになる(図表)。
GX経済移行債の個別銘柄として「クライメート・トランジション利付国債」が発行され、2024年2月14日に10年債で初の入札が行われた。発行に際して、市場では「グリーニアム」がどの程度生じるのかが注目された。「グリーニアム」とは「グリーン」と「プレミアム」を合わせた造語であり、同じ発行条件の債券と比べてESG債の利回りが低くなる(価格が高くなる)現象を指す。海外では、2023年10月にEUの欧州証券市場監督局(ESMA)が「ESG債のグリーニアムは理論的には確認できない」とする調査結果を公表するなど、グリーニアムの発生を疑問視する指摘もみられるようになってきている。2024年2月時点で、10年債は償還日が同じ10年利付国債(373回債)との比較で、発行市場において0.5bp程度、流通市場において1~3bp程度低い利回りで取引されている。その後、2024年2月27日に発行された5年債では、償還日が同じ5年利付国債(165回債)との比較で、発行市場において1.5bp程度低い利回りで取引されたが、流通市場ではグリーニアムは発生していない。
債券利回りのプレミアムは、クレジットリスクや流動性リスクなどを主な源泉として発生すると考えられている。GX経済移行債には資金使途の制約はあるものの、同じ日本政府を発行体とする利付国債とクレジットリスクに違いはない。つまり、グリーニアムが今回発生したのは、流動性リスクの観点でその評価に違いがあることが主な要因ではないかと考えられる。具体的には、クーポンレートの違い、日本銀行のオペの取り扱い、発行額の規模、SDGsやESGに貢献する姿勢を示す目的などの投資目的に起因する投資家の需要の違いなどがグリーニアムの大きさに関連している可能性がある。
GX経済移行債の金融商品としての基本設計は利付国債と同じく固定利付債である。今回の入札では、5年債のクーポンレートは5年利付国債(165回債)と同じ0.3%で発行されたが、10年債は10年利付国債(373回債)よりも0.1%高い0.7%で発行された。満期日が同じであってもクーポンレートに違いがあると、クーポン効果が発生する。クーポン効果とは、同じイールドカーブから異なる債券の最終利回りを計算する際に、順イールド(イールドカーブが右肩上がり)であれば、満期日が同じでもクーポンの高い債券の方が低い債券よりも最終利回りが必ず低くなる数理上の現象を指す。10年債で入札日のイールドカーブからクーポン効果を計算すると、0.14bp程度であった。さらに、クーポンレートが高い債券ほど、同じ満期日であってもデュレーションが相対的に短くなる。リスク回避度の大きい投資家ほど価格変動リスクを避けるため、クーポンレートの高い債券を選好するという事情もプレミアム拡大に寄与する。
マイナス金利政策の解除に対する市場観測が高まっていたため、市場リスクの観点では特に短中期ほど日本銀行の金融政策変更の影響を受けやすい状況にあったと言える。その意味では金利上昇リスクへの対応策として、日本銀行の国債買入の動向も無視できない。日本銀行は、2023年12月にクライメート・トランジション利付国債を普通国債と同様に取り扱うことを公表しており、国債売買等のオペや担保受入れについても既発の普通国債と同様に取り扱うとしている。日本銀行は、2024年2月末時点で10年債の発行額の4割超を買い入れている。
また、気候変動対応オペにおいてもクライメート・トランジション利付国債を「わが国の気候変動対応に資する投融資として取り扱うことができる」と公表している。気候対応変動オペでは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく投融資に関する目標・実績について開示する必要はあるが、グリーンローン/ボンド、サステナビリティ・リンク・ローン/ボンド、トランジション・ファイナンスなどの気候変動対応に資する投融資には、原則として2030年までマイナス金利政策における負担軽減の措置(マクロ加算2倍措置)が適用された。そのため、マイナス金利政策が適用される市場参加者については、クライメート・トランジション利付国債に投資した方が、マイナス金利にかかる負担が軽減した。マイナス金利政策が解除されてこのようなインセンティブは消失したものの、解除前はマイナス金利の負担にかかるコストに悩む市場参加者からみると、程度にもよるが、利回りが相対的に低くても、クライメート・トランジション利付国債に投資するインセンティブの方が高かった。このような市場参加者の多くは発行市場には参加しておらず、流通市場で購入することになる(図表)。
10年債は今回の入札で8,000億円程度発行されたが、すでに10年利付国債(373回債)は5兆6,000億円程度発行されている。5年債も今回の入札で8,000億円程度発行されたが、同じ満期日の5年利付国債(164回債、165回債)はすでに5兆円程度発行されている。気候対応変動オペも含めて、投資家の中にはSDGsやESGに貢献する姿勢を示す目的で購入することがあるが、グリーニアムはこれらの取引需要に対して十分な発行額があるかどうかも関係する。
他にもNOMURA-BPIのポートフォリオ確定日の影響が考えられる。確定日前に発行された10年債は2024年3月のNOMURA-BPIに組み入れられたが、確定日以降に発行された5年債は2024年4月より組入候補銘柄になる。そのため、10年債には2月末からパッシブファンドのリバランスに伴う取引需要が発生するが、5年債には3月末までこのような取引需要は発生しない。
他にもNOMURA-BPIのポートフォリオ確定日の影響が考えられる。確定日前に発行された10年債は2024年3月のNOMURA-BPIに組み入れられたが、確定日以降に発行された5年債は2024年4月より組入候補銘柄になる。そのため、10年債には2月末からパッシブファンドのリバランスに伴う取引需要が発生するが、5年債には3月末までこのような取引需要は発生しない。
(2024年04月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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経歴
- 【職歴】
2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
2021年7月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)
【著書】
成城大学経済研究所 研究報告No.88
『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
出版社:成城大学経済研究所
発行年月:2020年02月
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