2025年04月10日

異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|歳出削減を優先させた影響
第4に、歳出削減を優先させた影響である。厚生労働省が公式に見直しに挙げている理由、すなわち保険料負担の軽減とか、約10年間の賃上げの影響などは間違いとは言い切れない。むしろ、デフレからインフレに転換している中、あらゆる制度を見直す観点は不可欠である。

それでも図表1のように大規模な見直しに至ったのは歳出削減を優先したためであろう。有体に言えば、次元の異なる少子化対策で最大2兆円超の歳出削減が求められており、実質的な1年目で道筋を付ける必要があると判断されたのではないか。さらに言うと、「5,000億円程度」という規模ありきで当初の見直し案が作られたようにも映る。

だが、医療制度改革で歳出削減を優先させると、議論が歪む。医療政策を検討する上では、コスト削減だけでなく、医療の質や患者の暮らし、医療人材の確保、患者の医療に対するアクセスなど多面的な側面を考慮する必要があり、カネの議論を先行させると、その他の価値が見落とされがちである。筆者自身、歳出削減の議論は必要と考えており、高齢者の患者負担見直しや医療提供体制改革などに取り組む必要があると考えているが、それでも実行に際してはバランスが欠かせない。

今回の教訓の一つとしては、「歳出削減=保険料抑制」という視点が重視され過ぎた結果、多数回該当の患者負担など少数の意見が軽視された点にある。
5|患者団体の積極的な働き掛け
このほか、全がん連など患者団体の積極的かつタイムリーな働き掛けが奏功した影響も見逃せない。具体的には、1月下旬からのアンケート結果公表や署名が世論や国会議員、関係学会を動かしたほか、与野党を問わず、国会議員に説明したり、メディア出演など積極的な活動も展開したりした。こうした積極的な活動が政府・与党の軌道修正の一因になったことは間違いない。

管見の限り、これまでも保健・福祉領域では、子どもの貧困や自殺対策、がん対策の議員立法などに際して、市民団体が積極的に関与した経緯があるし、近年では認知症基本法の制定や同法に基づく基本計画の策定でも、当事者団体が検討過程に参加したことがあった20

しかし、今回は滅多に修正されない当初予算も含めて、患者団体の主張や動向が政府の医療政策を大きく変更させたのは画期的だったし、日本の市民活動の歴史にも残る出来事と考えられる。実際、立憲民主党の野田代表が3月13日の衆院予算委員会で、「患者団体の皆さんの危機感、熱意ある行動は目を見張るべきものがあった。それが野党を動かし、与党を動かし、最後は政府を動かした」と振り返る一幕もあった。こうした形で今後も政策決定過程に患者団体が参画することが求められる。
 
20 子どもの貧困対策や自殺対策、がん対策の検討過程における市民団体の役割などについては、小牧奈津子(2019)『「自殺対策」の政治学』ミネルヴァ書房、鳫咲子(2014)「議員立法による子どもの貧困対策法の成立」『跡見学園女子大学マネジメント学部紀要』第18号、岡本洋子(2007)「『自殺対策基本法』の施行と社会全体で取り組む自殺対策について」『社会関係研究』第13巻 第1号、小林仁(2007)「がん対策基本法の意義とがん医療のあり方」『立法と調査』No.265などを参照。認知症基本法や同法に基づく基本計画の検討過程に関しては、栗田駿一郎(2024)「共生社会の実現を推進するための認知症基本法の政策過程」『政策情報学会誌』第18巻第1号に加えて、2024年6月25日拙稿「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。

6――今後の展望と影響

6――今後の展望と影響

1|秋までの見直し論議は?
では、今回の見直し論議を踏まえて、どんな展開が今後、予想されるのだろうか。石破首相は3月10日の参院予算委員会で、「患者の方々にご納得いただけない限り、(筆者注:引き上げは)やってはならない」「患者団体から丁寧に意見を聞くことは必要だ。ご理解、ご納得を得るために可能な限りのことはしていく」と発言。さらに、3月27日の参院予算委員会では検討に際しては、「納得」「共感」を得るように努めるとし、丁寧な意見聴収に努める考えを示している。

ただ、秋までに改めて結論を出す姿勢は変えておらず、既述した通り、現実的な問題として、少子化対策の財源確保という前政権からの重い「宿題」は今も残されていることを考えれば、都議選と参院選が終われば、給付抑制の議論が本格化する可能性がある。

そこで、以下では今後の論点や展望として、(1)今後の医療費抑制論議のスケジュール、(2)自公維の協議体における議論の論点、(3)超党派の議員連盟の動向、(4)高額療養費が「聖域」になる可能性、(5)他分野の歳出改革に飛び火する可能性、(6)少子化対策の財源確保への影響――を挙げる。
2|今後の医療費抑制論議のスケジュール
第1に、今後の医療費抑制論議に向けた展望である。秋までの論議について、厚生労働省は3月24日に開催された超党派の議員連盟(後述)の席上、高額療養費以外のテーマは概ね見直している点などを指摘し、高額療養費の見直し自体は必要との見解を示しており、医療保険部会を舞台に検討が進む見通しだ。

その際には、患者団体の理解を含めた丁寧なプロセスが必要となる。今回の見直しに際して、医療保険部会で患者団体の意見を聞く場が作られなかったことが反発を増幅させたためだ。

しかし、途中に都議選、参院選を控えており、この間は具体的な議論を進めにくいと思われる。さらに、石破政権に対する支持率が低迷する中、参院選後には政局が流動化する可能性もある。厚生労働省としては、こうした政治日程や政局をにらみつつ、かなり窮屈な日程での検討を強いられることになりそうだ。言い換えると、「丁寧な検討過程」「政局や政治日程を見据えた検討」というトレードオフに直面することが予想される。
3|自公維の協議体における議論の論点
一方、自民、公明両党と日本維新の会は3党合意に沿って、社会保険料改革に関する協議体を3月18日に設置し、具体的な内容を詰める方針を確認しており、この動きが要注目である。予算成立を踏まえた4月1日の記者会見でも、石破首相は今後の社会保障改革に関して、「自民、公明、維新の3党の協議体を設置したところであり、今後、本年末までの予算編成過程で十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについては、2026年度から実行に移す」と述べている。

特に、注目は合意文の表現である。先に触れた通り、合意文ではOTC類似薬の見直しなどに言及しつつ、政府・与党が改革工程、日本維新の会は「年間で最低4兆円削減」という目標を示した「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」を考慮する旨が定められており、社会保険料を抑制するための医療費抑制策がクローズアップされることになりそうだ。

さらに、注目は「4兆円」という数字である。自民党の森山裕幹事長は協議体の初会合後、維新の削減目標に関し、「数字ありきで協議することはない」と述べているが、日本維新の会が掲げる「4兆円」という数字が独り歩きする可能性もある。

しかし、4兆円という数字は国民医療費の約1割に及ぶ金額であり、そんなに簡単に捻出できるとは思えない。しかも、物価上昇や人手不足、新型コロナウイルス補助金の打ち切りなどが重なり、病院の経営は深刻である。2025年1月10日に開かれた病院関係団体の会合では、日本病院会の相澤孝夫会長から「ついに耐え切れなくなった。謀反を起こすか、一揆を起こすか、それぐらいの強い気持ちを持たなければこの大変な時期は乗り越えられない」といった発言さえ飛び出しているほどである。さらに、現場での医薬品不足も長く続いており、診療報酬を大幅に削ることは困難になっている。

そこで、3党の合意文に目を向けると、(1)OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し、(2)現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底、(3)医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現、(4)医療介護産業の成長産業化――という4つが例示されており、これらが3党の協議会で優先的に話し合われることになりそうだ。

このうち、まとまった削減費用を捻出できるのは最初の2つであり、1番目のOTC類似薬の保険適用除外とは、一般に市販されている薬と似た成分の薬を保険適用から外すことで、薬局などで医師の処方箋なしに購入できる市販薬にシフトさせるアイデア。患者にとっては、薬局などで薬を買う時の負担が増える半面、全体として保険給付を抑制できる効果を期待できる。

この見直しについて、日本維新の会は「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で、「国民医療費45兆円のうちOTC類似薬は2.3%の約1兆円」とした上で、先行実施するように求めている。さらに、全がん連や東京都医師会も見直し策の一つに挙げている。

しかし、これには日医から反対意見が示されている。日医は2025年2月13日の記者会見で、「OTC類似薬の保険適用が除外されると、患者が自己判断で市販薬を使用し、適切な治療を受けられずに重篤化する可能性が高まる」などの点を指摘した。さらに、OTCは処方薬よりも価格が高いとして、OTC類似薬を保険給付から外すことで、「特に経済的に困窮している人々の負担が増える。医療アクセスが制限されることで健康格差が広がり、結果として社会全体の健康水準が低下する恐れもある」と懸念を示した。

しかも、OTC類似薬の取り扱いは以前から話題になっている「古くて新しい問題」21であり、実行に際しての論点は少なくない22。例えば、OTC類似薬の定義や範囲については、成分、効能、リスクに着目する考え方に違いが見られ、整理が必要である。さらに、OTC類似薬であっても、OTCと成分や服薬方法などが違うケースもあり、全てのOTC類似薬を保険適用から外すことは困難と見られる。このほか、関連する論点として、▽市販されるOTC類似薬の服薬指導などに関する薬局や薬剤師の役割の強化、▽OTCに移行した「スイッチOTC医薬品」に関する費用を差し引ける「セルフメディケーション税制」との関係性――なども意識する必要がありそうだ。

次に、(2)に関しては、高齢者医療費の見直しが想定される。例えば、70~74歳の人は2割であり、75歳以上高齢者の場合も、原則として1割と低く抑えられている。確かに70歳以上の人でも現役世代並みの所得の人は3割であり、2022年10月から導入された新しい制度では75歳以上の人の場合、単身世帯の場合200万円以上の人は2割が徴収されているが、それでも原則3割の現役世代よりも低く抑えられており、これを引き上げる是非が論点の一つとして考えられる23

しかも、政府は改革工程や2024年9月の「高齢社会対策大綱」などで、年齢に限らずに能力に応じて負担するという全世代型社会保障の考え方を繰り返し規定しているし、日本維新の会は総選挙の公約で「現役世代と同じ負担割合」、先に触れた「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で「社会保険の応能負担における不平等を是正」といった方針を示している。

さらに、国民民主党も2024年9月に示した医療制度改革の「中間整理」で、後期高齢者の医療費自己負担について原則を2割とする考えを示しており、政党間で合意が成立しやすい地合いになっているのは事実である。このため、高齢者医療費を引き上げる選択肢が参院選後に浮上する可能性が想定される。

筆者自身の意見としても、高齢者も含めて原則として患者負担を3割に揃えた上で、低所得者に配慮したり、医療サービスを多く使う人には高額療養費で負担を抑えたりする制度が分かりやすいと考えている。

しかし、現実問題として患者負担の引き上げは高齢者の家計に直結するため、急な見直しは困難であり、実施するにしても何らかの経過措置、あるいは段階的な引き上げといった対応が必要となる。さらに、低所得者への配慮や物価上昇への対応も欠かせない論点である。

何よりも高齢者の患者負担には政治的なハレーションが大きく、2022年10月の引き上げに際しても、「安倍晋三内閣で引き上げを決定→菅義偉内閣で2割の線引きとなる所得基準を決定→岸田内閣で実行」という3つの内閣を経る必要があった。以上の点を踏まえると、実現に向けて多くのハードルが横たわる論点と言える。
 
21 例えば、予算の削減や透明化を図るため、民主党政権期の2009年11月に実施された「事業仕分け」で話題になった。その後、保険給付の適正化の名目で、2012年度診療報酬改定では栄養補給目的でのビタミン剤投与が、2014年度診療報酬改定では治療目的でなくうがい薬のみが処方されるケースが保険給付の対象から外れた。2016年11月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議(提言)でも、「市販薬市販品と同一の有効成分の薬でも、医療機関で処方されれば、市販品を購入するよりも低い自己負担で購入できる」として、長らく市販品として定着している医療用医薬品については、保険給付から外すなどの見直しが必要との見解が示された。
22 OTC類似薬の保険適用除外を巡る論点については、成瀬道紀(2024)「OTC類似薬はOTC医薬品に区分を」『JRIレビュー』Vol.3 No.121を参照。
23 高齢者医療費2割負担の経緯や論点については、2022年1月12日拙稿「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」、2020年2月25日拙稿「高齢者医療費自己負担2割の行方を占う」を参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月10日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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