2025年02月03日

老後の生活資金に影響?-DC一時金に適用される「5年ルール」見直しの背景

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 高岡 和佳子

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1――確定拠出年金(DC)を一時金で受け取る場合の課税ルールの変更が繰り返される?

2024年12月20日に与党が公表した「令和7年度税制改正大綱」(以下、大綱)において、DC一時金を受け取る場合の課税ルールの見直しが言及されている。DC一時金を受け取る場合の課税ルールは、数年前に変更されたばかりである。

そこで、初めにDC一時金を受け取る場合の所得税額の計算方法、前回のルール変更・見直し内容、および背景を説明する。その後、今回のルール変更・見直し内容を説明するとともに、その背景を考えたい。

2――退職金およびDC一時金を受け取った場合の退職所得の決定方法

2――退職金およびDC一時金を受け取った場合の退職所得の決定方法

退職金を受け取る場合及びDC一時金を受け取る場合の所得税額は、課税所得の一種である「退職所得」と退職所得の額を基準に定まる所得税率(5%~45%、復興特別所得税は別途加算)によって決まる。収入から必要経費を差し引いた金額が所得で、所得から更に所得控除を差し引いた金額が通常の課税所得である。退職所得も、起点は収入(退職金などの受給額)である。退職金には必要経費が認められないため、直接、退職金などの受給額から退職所得控除額を差し引き、退職所得を求める。退職金には長期間にわたる勤労の対価の後払いといった特性、また退職後の生活の原資に充てられるという特性がある。このため、他の所得との合算は行わず分離課税(ただし、上述の通り累進課税)となるほか、勤続年数が5年以下の役員が退職金を貰うケースや、役員でなくても勤続年数が5年以下で多額の退職金を貰うケースなどの例外を除き、退職金などの受給額から退職所得控除額を差し引いた金額の2分の1が退職所得となる。
退職所得の算出式
原則、退職所得控除額は勤続年数に応じて決まるので、退職金などの受給額が同じなら、勤続年数が長いほど退職所得控除額が多く、退職所得は減少し所得税額が少なくなる。
 
勤続年数が20年以下の場合     :「40万円×勤続年数」
勤続年数が20年超の場合        :「800万円+70万円×(勤続年数‐20年)」
 
なお、ここで言う勤続年数にカウントする期間は、通常の退職金については実際に使用人として勤務していた期間で、DC一時金についてはDCの拠出期間である。
 
通常の退職金を受け取り、さらにDC一時金も受け取る場合など、複数の退職金を受け取り、かつ退職所得控除額算定の基礎となる勤続期間が重複する場合は、退職所得控除額が不当に多額にならないよう、重複期間に応じて退職所得控除額を調整(減額)する仕組みがある。調整対象となるのは同年か前年以前「数年内」に受け取った退職金などに限られ、前回の変更も今回示された見直しも前年以前「数年内」の具体的取り扱いの変更という点が共通する。

3――DC一時金を受け取る場合の特例

3――DC一時金を受け取る場合の特例

前年以前「数年内」とは具体的に、原則「4年内」であるが、DC一時金を受け取る場合に限り、通常の退職金受取に適用される「4年内」より、相当長い期間が調整対象とされる。DC一時金の受取に限り、より長い期間が調整対象となるのは、DC一時金は受取時期を選択できるからである1。確定拠出年金法の施行当時、DCの受取時期の選択可能期間は60歳から70歳の10年(図表1の①)だったので、DC一時金を受ける場合に限り、通常の退職金受取に適用される「4年内」より10年長い「14年内」が適用されることになった。

60歳定年が義務化された1998年、および定年引上げ等による65歳までの高年齢者雇用確保措置が努力義務化された2000年から数年しか経過していない2001年に、確定拠出年金法は施行された。このため、確定拠出年金法の施行当時は、約80%以上の企業が60歳定年制を採用しており2、大多数の人が60歳になる年に通常の退職金を受け取っていたと考えられる。

DC一時金を受け取る場合の特例がなければ、確定拠出年金法施行前から存在した「4年内」(図表1の②)が適用され、DC一時金を64歳になる年以前に受け取るか、65歳になる年以降に受け取るかによって、60歳で受け取る通常の退職金が調整対象になるか否かが変わる。受取時期を選択することにより多額の退職所得控除を受けることができなくなるようにするためには、DC一時金を受ける場合の調整対象期間がDCの受取時期の選択可能期間を完全にカバーする必要があり、特例が設けられたのである。DC一時金を受ける場合に限り、「14年内」(図表1の③)を適用することで、当時のDCの受取時期の選択可能期間(図表1の①)を完全にカバーできる。
【図表1】DC一時金を受け取る場合の特例及び、前回(2022/4/1~)の変更が必要な理由
 
1 財務省「令和3年度 税制改正の解説」(2021年7月9日公表)参照
2 厚生労働省「平成13年雇用管理調査結果速報」によると、定年制を定めている企業が全企業の91.4%を占め、一律定年制を定めている企業が定年制を定める企業の96.4%を占めていた。更に、60歳定年制を採用している企業が一律定年制を定めている企業の90.6%を占めていた。

4――前回(2022年4月1日~)の課税ルールの見直し内容とその背景

4――前回(2022年4月1日~)の課税ルールの見直し内容とその背景

前回の課税ルールの変更は、2022年4月1日からDC一時金受取の最終年齢が70歳から75歳に延長されたことへの対応である。DCの受取時期の選択可能期間が延長されると(図表1の④)、従来の特例「14年内」(図表1の③)では、DC一時金を受ける場合の調整対象期間が、DCの受取時期の選択可能期間を完全にカバーできなくなった。60歳になる年に通常の退職金を受け取る人は、DC一時金を75歳になる年に受け取ることで、74歳になる年までに受け取る場合と比べ、多額の退職所得控除を受けることが可能になる。このため、DC一時金受取の最終年齢が5年延長されるのを機に、調整対象となる期間も5年延長し「19年内」(図表1の⑤)に変更する必要があったのだ。

なお、確定拠出年金法が施行当時と比べると高齢者の雇用機会が広がってはいるが、2022年当時も約66%の企業が60歳定年制を採用していた3
 
3 厚生労働省「令和4年就労条件総合調査」によると、定年制を定めている企業が全企業の94.4%を占め、一律定年制を定めている企業が定年制を定める企業の96.9%を占めていた。更に、60歳定年制を採用している企業が一律定年制を定めている企業の72.3%を占めていた。

(2025年02月03日「基礎研レター」)

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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