2025年01月22日

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5――企業主導のグリーンフィールド型開発に期待:2つの優位性

我が国では、先進的なスマートシティ構築のために、日本政府が進める国家戦略特区を活用したデジタル田園都市国家構想(政府が公募により自治体をスーパーシティおよびデジタル田園健康特区に区域指定)の取り組みと並行しつつ、事業所跡地など私有地(CRE(企業不動産))の有効活用として企業が主導する「グリーンフィールド」と呼ばれる新規開発型のスマートシティの取り組みにおいて、先行して多くの成功事例を作ることが極めて重要である、と筆者は考える6。私有地での企業主導のグリーンフィールド型スマートシティは、既存街区をスマート化する「ブラウンフィールド」型スマートシティに対して、2つの大きな優位性を持つ、と考えられる。
 
6 拙稿「エコノミストリポート/スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号にて指摘。
1|【優位性(1)】スマート化に向けた合意形成のスピードと取り組みの自由度
1つ目は、個人データの収集や先端技術の実装などスマート化に向けた取り組みが、相対的にスピーディに行える可能性が高いことだ。街づくりの最初の段階で必ずしもスマートシティ化が企図されていなかった既存街区では、考え方が異なる多くのステークホルダーから、データ提供の同意を得たり(オプトインと言う)、先端技術導入の合意を取り付けたりするなど、スマート化に向けた合意形成には非常に多くの時間を要するだろう。一方、スマート化を最初から企図したグリーンフィールド型開発では、多くのステークホルダーがスマート化に同意・賛同して参画しているため、スマート化に向けた合意形成は比較的容易であろう。場合によっては、かなり踏み込んだ個人データの収集も可能かもしれない。

ステークホルダーとの合意形成のスピードの差に加え、私有地では、国有地・公有地に比べ行政による規制の観点から、取り組みの自由度は相対的に高い。さらに、ランドオーナーとして、自社がコントロールしやすい環境下でスマート化のプロジェクトに取り組めるメリットもあろう。

住民などの合意を踏まえた「ボトムアップアプローチ」ではなく、国家主導による「トップダウンアプローチ」の方が、先端技術のスピーディな社会実装につながる。モビリティ、物流、防犯など幅広い分野でのAI・ロボットの導入や、スマホ決済の普及など、中国ではトップダウンで成果が上がっている。ただし、中国だからこそ可能とも言える。他国では、こうしたプロジェクトをトップダウンで進めることは非常に難しいだろう。一方、私有地での企業主導のグリーンフィールド型開発では、ボトムアップとトップダウンの良いとこ取りができるのではないだろうか。ただし、企業が私有地での自由度の高さに安住して独善的な取り組みをしてしまうと本末転倒だ。
2|【優位性(2)】先端技術に適したインフラを最初から組み込んだ街のデザインが可能
2つ目は、グリーンフィールド型では、スマート化やCPS化に適したインフラを最初から組み込んで、街をデザインし開発することができることだ。街づくりの最初の段階から先端技術を組み込めば、自ずと社会実装のスピードアップが図れる。

例えば、自動運転システムを実装する場合、自動運転に適した道路交通インフラを最初から組み込んだ街のデザインが可能だ。実際、中国など海外での最先端のスマートシティ開発プロジェクトでは、最初から自動運転システムを街の交通体系に組み込むのが、世界的な潮流になっており、そこでは巨大デジタル・プラットフォーマーなどの大企業が重要な役割を担っている。

街のスマート化には、オフィスビル、商業施設、レジデンス、モビリティなど現実世界を構成する主要なモノをCPS化することが必要だ。既存街区でも、不動産テックを活用したオフィスのスマート化、無人店舗、スマートハウス、自動運転といった個別の試行的取り組みは始まっているが、すべてのプロジェクトが完了するまでには多くの時間を要するだろう。一方、グリーンフィールド型では、これらの複合的な取り組みを一挙にスタートさせることができ、迅速な実装が図れる7
 
7 拙稿「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」(一社)不動産協会『FORE』2020年通巻118号(2020年11月)にて指摘。

6――ショーケースの役割を果たすグリーンフィールド型スマートシティ

6――ショーケースの役割を果たすグリーンフィールド型スマートシティ

CREを有効活用したスマートシティ開発のスピーディな取り組みにおいて、先行的に成功事例を積み重ねることができれば、多様な社会課題解決による生活の質の向上といった有効性を訴求でき、それが「ショーケース」の役割を果たして、スマートシティの社会的インパクトの大きさが広く認識されるようになるだろう。

そして、グリーンフィールドで蓄積される技術・知見を活用することにより、ブラウンフィールドでのスマート化を加速することにもつながっていくのではないだろうか。

7――選りすぐられた企業

7――選りすぐられた企業が「街まるごとオープンイノベーションのフィールド」づくりを主導

社会を変革する革新的イノベーションの創出には、異業種・異分野の外部組織の叡智・技術ノウハウを積極的に組み合わせる「オープンイノベーション」8の推進が欠かせない。

企業が主導するグリーンフィールド型スマートシティは、「街まるごとオープンイノベーションのフィールド」と捉えることができる。このため、グリーンフィールド型スマートシティの成否は、異業種・異分野の技術・ノウハウなどを組み合わせる「オープンイノベーションの場」として、我が国の国際競争力の命運を握っていると言っても過言ではない9。これまで先端技術分野の本格的な連携の場の整備が遅れてきた10我が国にとって、グリーンフィールド型スマートシティは、先端技術のスピーディな社会実装で世界をけん引する米国や中国に一気にキャッチアップする突破口になり得る、と筆者は考えている。

だが、このような自社以外の企業や研究者・技術者、住民なども集う創造的な場づくりという社会的価値を追求する取り組みは、自社のみの利益や目先の投資回収にこだわる企業にはとても推進できない。長期の街づくりに耐えうるだけの強い企業体力と、企業文化として社外との連携を推進できるオープン思考を持ち、かつ目先の利益ではなく社会課題解決という社会的ミッション実現に向けてハードルの高いプロジェクトに挑み、それをやり抜く使命感・気概・情熱を持つ起業家精神旺盛な企業が、取り組むべきミッションだ。これらの条件を満たす一部の選りすぐられた企業が、最先端技術分野のイノベーション創出を場づくりを含め主導することは、国レベルでの技術戦略の観点からも、極めて重要である。
 
8 オープンイノベーションについては、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号を参照されたい。
9 拙稿「エコノミストリポート/スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号にて指摘。
10 拙稿「地域イノベーション創出に向けた産業支援機関の在り方」科学技術振興機構〈JST〉『産学官連携ジャーナル』2008年6月号にて指摘。

8――むすび

8――むすび~横展開と広域連携によるグリーンフィールド型スマートシティの成功事例の積み上げを!

パナソニックがCRE戦略の一環として推進してきた、神奈川県藤沢市、同横浜市、大阪府吹田市の各々工場跡地での「サスティナブル・スマートタウン」11や、ディベロッパーの三井不動産が推進してきた「柏の葉スマートシティ」12は、我が国のグリーンフィールド型スマートシティのトップランナーだ。富士山麓にある工場跡地(静岡県裾野市)にて構築中のトヨタ自動車の実証都市「ウーブン・シティ」13が、成功事例としてこれらに続くことが望まれる。

企業が主導するグリーンフィールド型スマートシティについては今後、横展開などによりさらなる成功事例を積み上げるとともに、官民などが主導するブラウンフィールド型スマートシティ、スーパーシティ、デジタル田園健康特区など他のスマートシティの取り組みと、都市OSを介してデータやサービスで広域連携していくことが望まれる。
 
11 百嶋徹監修『日経ムック CRE 社会的価値を創出する企業不動産戦略』日本経済新聞出版2024年8月29日の巻頭にて、パナソニックオペレーショナルエクセレンス ビジネスソリューション本部 本部長の宮原智彦氏と筆者の対談を掲載した巻頭特別レポート&対談「地域のポテンシャルを引き出し、社会課題の解決を図る 優れたCRE戦略としての先進的スマートタウン」を参照されたい。本書では、「CREを企業にとって重要な経営資源の1つとして位置づけ、その活用・管理・取引に際しては企業の社会的責任(CSR)を踏まえて最適な選択を行い、結果として企業価値を最大化する」というCREの新しい戦略について解説している。CRE戦略推進のための参考文献として本書を御活用頂ければ有難い。また、拙稿「CSRとCRE戦略―企業不動産(CRE)を社会的価値創出のプラットフォームに」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日にてサスティナブル・スマートタウンを先進事例として取り上げた。
12 拙稿「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」(一社)不動産協会『FORE』2020年通巻118号(2020年11月)にて先進事例として取り上げた。
13 拙稿「エコノミストリポート/スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号にて若干の考察を行った。

<参考文献>
(※弊社媒体の筆者の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
  • 内閣府HP
  • 内閣府地方創生推進事務局HP
  • 百嶋徹「オープンイノベーションのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号
  • 同「地域イノベーション創出に向けた産業支援機関の在り方」科学技術振興機構〈JST〉『産学官連携ジャーナル』2008年6月号
  • 同「CSRとCRE戦略―企業不動産(CRE)を社会的価値創出のプラットフォームに」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日
  • 同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日
  • 同「エコノミストリポート/カナダ、中国でスマートシティー グーグル系も街づくりに本格参入 データ連携基盤の構築がカギ」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2019年10月29日号
  • 同「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日
  • 同「エコノミストリポート/スマートシティー 日本でも巨大プロジェクト進行 アフターコロナ対応も視野に」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2020年7月14日号
  • 同「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」(一社)不動産協会『FORE』2020年通巻118号(2020年11月)
  • 百嶋徹監修『日経ムック CRE 社会的価値を創出する企業不動産戦略』日本経済新聞出版2024年8月29日

(2025年01月22日「基礎研レポート」)

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【社会的インパクトをもたらすスマートシティ-CRE(企業不動産)を有効活用したグリーンフィールド型開発に期待】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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