2025年01月22日

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1――はじめに

テクノロジーを活用して社会課題解決を目指す新しい街づくりとして「スマートシティ」が注目されている。

スマートシティとは、内閣府によれば「グローバルな諸課題や都市や地域の抱えるローカルな諸課題の解決、また新たな価値の創出を目指して、ICT等の新技術や官民各種のデータを有効に活用した各種分野におけるマネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、社会、経済、環境の側面から、現在および将来にわたって、人々(住民、企業、訪問者)により良いサービスや生活の質を提供する都市または地域」1と定義される。さらに、「スマートシティは、Society 5.0の先行的な実現の場となるもの」とされる。

第5期科学技術基本計画(2016年1月22日閣議決定)において、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」としてSociety 5.0が日本政府によって初めて提唱され、第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年3月26日閣議決定)では、我が国が目指すべきSociety 5.0の未来社会像を「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」と表現している2

本稿では、今求められるスマートシティの在り方を概説した上で、「事業所跡地など私有地(CRE(企業不動産):Corporate Real Estate)の有効活用として企業が主導する『グリーンフィールド』と呼ばれる新規開発型のスマートシティの取り組みにおいて、先行して多くの成功事例を作ることが極めて重要である」との考え方を提案したい。
 
1 内閣府HPから引用。
2 内閣府HPから引用。

2――産学官民連携で取り組む第二世代

2――産学官民連携で取り組む第二世代「分野横断型先進的スマートシティ」

我が国の地域・都市が直面する社会課題は、人口減少・少子高齢化、環境・エネルギー、防災減災・インフラ、交通・モビリティ・物流、流通小売・電子決済、ヘルスケア、教育、情報セキュリティ、地域・都市の再生・活性化など、複合化・複雑化・深刻化の様相を呈しており、解決には分野横断的な取り組みが求められる。このような複合化した多様な社会課題の解決を通じて、その地域・都市で働き居住する人々の快適性・利便性や心身の健康・活力(ウェルネス)、安全・安心、幸福感(ウェルビーイング)など社会生活の質、すなわちQOL(Quality Of Life)が豊かにならなければならない。そして、これらのことが、その地域・都市の持続可能性(サステナビリティ)を向上させ、結果として中長期の経済発展につながる、と考えられる。これらが、現代のスマートシティに求められる社会的インパクト(ソーシャルインパクト:社会全体への波及効果)だ。

ところが、人口減少や税収減により、自治体のみで地域課題や街づくりに対応するのは、もはや困難になってきており、産業界の知見・人材・資金、大学・研究機関の知見・人材を活用することが欠かせない。加えて、地域住民やNPOなどの協力・参画も必要だ。従って、社会課題・地域課題の解決に向けた街づくりには、企業を中心に産学官民が連携し一致結束して取り組むことが求められ、そのためには、産学官民の各主体が前述の社会的インパクトの実現を志の高い社会的ミッションとして共有し、主体間で信頼関係、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」3を形成することが欠かせない。

今求められるスマートシティは、解決すべき社会課題として環境・エネルギー分野が専ら中心であった「環境配慮型都市」としての第一世代とも言うべきスマートシティとは異なり、複合化・複雑化・深刻化の様相を呈している現代の多様な社会課題を先端テクノロジーをフル活用して解決する先進的な「分野横断型スマートシティ」(ここでは、この第二世代とも言うべきスマートシティを「先進的スマートシティ」と呼ぶこととする)が当てはまる。ただし、脱炭素社会・カーボンニュートラルを目指す動きが待ったなしの国際的潮流となっており、スマートシティが解決すべき重要なアジェンダとして気候変動問題が急浮上していることに勿論留意しなければならない。
 
3 コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。「社会関係資本」と訳されることが多い。

3――最先端テクノロジー実装の重要性

3――最先端テクノロジー実装の重要性

地域・都市の複合化した多様な社会課題を分野横断的に解決するための極めて重要なポイントは、地域・都市に最先端のテクノロジーを積極的に取り入れ実装していくことだ。建物・インフラ、モビリティなど街のあらゆる構成要素・機能に各種センサーや高精細カメラなどIoTデバイスが搭載され、街全体が通信ネットワークでつながる「コネクテッドシティ(つながる街)」とすることや、産学官民の多様な主体間でビッグデータを共有・共用できるしくみを構築しておくことが欠かせない。

さらにデータ共有・共用を本格的に進めるためには、複数の主体から様々なデジタルデータを分野横断的に収集・整理しサービス提供側に提供して先端的サービスの開発を支えるデータ連携基盤、いわゆる「都市オペレーティングシステム(OS)」の整備が必要となるだろう。その際に、複数のサービス間で相互にシステムへ接続する際のデータやプログラムをやり取りするためのルールとして、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)がある。そして都市OSとサービスアプリケーション層およびデジタルデータ層の間の接続方式は、標準化されたオープンなAPIでなければならない(図表1)。APIが公開されていれば、システムがバージョンアップしても複数サービス間の相互接続は常に可能となるためだ。さらに異なるスマートシティ間でのデータやサービスの連携、各スマートシティにおける成果の横展開も、視野に入れることが可能になってくるだろう。

IoTデバイスを含むAI(人工知能)システム、通信ネットワーク、都市OSなどのインフラやシステムを整備した上で、地域・都市というフィジカル空間(現実空間)で生み出されるビッグデータを、個人情報保護に十分に留意しつつ、サイバー空間(仮想空間)でAIにより解析し、地域・都市で活動する産学官の多様な主体が、このAIによる解析結果を地域・都市のあらゆる構成要素・機能・サービスの管理・運営の効率化・高度化に活かすことができれば、多様な社会課題を解決するソリューションやサービスが継続的に生み出され、地域・都市全体の最適化を図ることができるだろう。

特定の企業がデータを占有・独占すれば、その企業がより多くの経済的利益を得る機会が高まる。一方で、データの連携・共用を行えば、特定企業が単独では収集できなかったようなデータを互いにスピーディに活用・分析できるようになり、イノベーションを迅速に生み出し、より大きな社会的価値の創出につながり得る、と筆者は考える。我が国では、オープンAPIを介した都市OSをプラットフォームとした「データ連携・共有モデル」を先進的スマートシティにて構築し、日本発のコンセプトとして世界に発信していくべきだ4
図表1 オープンAPIルール
 
4 拙稿「エコノミストリポート/カナダ、中国でスマートシティー グーグル系も街づくりに本格参入 データ連携基盤の構築がカギ」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2019年10月29日号にて指摘。

4――Society 5.0・第4次産業革命の先行的な実現の場

4――Society 5.0・第4次産業革命の先行的な実現の場

最先端テクノロジーを駆使して社会課題を解決するSociety 5.0や「第4次産業革命」の本質は、冒頭で紹介した通り、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合・連動させた「サイバーフィジカルシステム(CPS:Cyber Physical Systems)」にある。すなわち、フィジカル空間でIoTを通じて収集・蓄積されるビッグデータが、サイバー空間でAIにより解析され、その解析結果がフィジカル空間にフィードバックされ、「プロセス・イノベーション(業務プロセスの革新的な効率化・改革)」や「プロダクト・イノベーション(革新的な新技術・新製品・新事業の創出)」を通じて社会課題解決に活かされ、最終的には人々のライフスタイルやワークスタイルを豊かにし、QOLを抜本的に高めるのが、CPSを実装した世界だ(図表2)。
図表2 AI活用の社会への影響と科学者・経営者の社会的責任
先進的スマートシティは、「CPSを活用した社会課題解決のための最先端テクノロジーを先行的に街まるごとで応用・実装できるフィールド」となる。まるで「街まるごとリビングラボ」であると言ってもよい。リビングラボとは、市民・生活者、自治体、NPO、企業などがサービス創出プロセスに参加し、生活者の利用行動の観察や評価、利用後のフィードバックなどを行い、新製品・サービスを共創する取り組みを推進する場を指す。

現在のAIは、想定外の事象が起こりにくい限定的な領域で大きな効果を発揮するため、自動運転などAIの社会実装には、スマートシティのようなエリアが限定された空間が好都合だ5
 
5 拙稿「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日にて指摘。

(2025年01月22日「基礎研レポート」)

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【社会的インパクトをもたらすスマートシティ-CRE(企業不動産)を有効活用したグリーンフィールド型開発に期待】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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