2024年12月24日

東南アジア経済の見通し~米トランプ政権発足で景気下振れリスク高まる

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-4.フィリピン
フィリピン経済は、輸出の回復や建設投資の拡大に支えらえて2024年上期の成長率が前年同期比6.1%となり、物価高と金利上昇を受けて景気が鈍化した2023年通年の前年比+5.5%から持ち直していたが、2024年7-9月期は前年同期比+5.2%に減速した(図表11)。

7-9月期は豪雨により作物被害が生じたほか、都市機能が一部まひして行政の遅れやサプライチェーンの混乱が生じたため製造業やサービス業の活動が支障をきたした。需要側をみると、外需は財貨輸出(同▲3.5%)が減少した。主要輸出品である電子部品(同▲10.4%)の出荷が落ち込むと共に、悪天候で国内移動が制限されたため観光業が打撃を受けてサービス輸出(同+2.0%)が低調だった。一方、民間部門は底堅さがみられた。民間消費(同+5.1%)は良好な雇用環境が続くなか、全国的な最低賃金の引上げと物価安定による実質所得の増加等が追い風となり5四半期ぶりの5%成長に加速した。また投資は同+7.5%(前期:同+9.7%)と高めの成長を維持した。

先行きのフィリピン経済は内需を中心とした堅調な推移が予想される。消費は労働市場の改善による賃金上昇やインフレ鈍化を受けて実質所得が増加するほか、ペソ安に伴う海外フィリピン人労働者(OFW)の海外送金が増加するとみられるため、回復傾向が続くだろう。投資は公共投資のけん引力が鈍化するが、民間投資の拡大を支えに順調に推移するだろう。2025年度国家予算ではインフラ整備計画「Build Better More」プログラムにGDP比5.2%の1.5兆ペソが割り当てられたが、これは前年並みの水準だ。政府は国家予算の負担を減らすため官民連携事業を推進している。従って、民間投資は金融緩和に伴う借入コストの低下も追い風に堅調に推移しそうだ。なお、来年5月には中間選挙が予定しており、選挙前の公的資金の支出制限や政治的な緊張感の高まりから投資が冷え込む可能性がある。外需は、世界経済の底堅い成長により財輸出が緩やかな増加を続けるほか、外国人観光客の回復とIT-BPO産業の成長によってサービス輸出も順調に拡大するだろう。一方、輸入も内需拡大により増加するとみられ、外需の成長率への影響は限定的となりそうだ。

金融政策はフィリピン中銀が2022年5月から金融引き締めを始めて政策金利(翌日物借入金利)は6.5%まで引き上げられたが(図表12)、長引く高金利により個人消費が鈍化したため今年8月に金融緩和に転じると、10月・12月の会合でも追加利下げを実施して政策金利を5.75%とした。11月の消費者物価上昇率は同+2.5%に低下しており、コメの輸入関税の引下げ効果によって落ち着いている。先行きは農業被害による食品インフレや米国の利下げペース鈍化等に伴う通貨安が物価上昇リスクとなるが、景気の過熱感が乏しくインフレ警戒感が強くないため、インフレ率は物価目標圏内(+2.0%~4.0%)で推移するだろう。フィリピン中銀は景気を支えるために2025年末にかけて段階的な金融緩和を実施して計1.0%の政策金利の引下げを予想する。

実質GDP成長率は2024年が前年比+5.8%(2023年:同+5.5%)と上昇するが、政府目標の+6.0%~6.5%を下回り、2025年が同6.1%とやや加速すると予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は、過去2四半期は輸出と製造業に支えらえて景気が加速しており、7-9月期の成長率が前年同期比+7.4%と、欧米向けの輸出が落ち込んだ2023年の前年比+5.0%から上昇している(図表13)。

7-9月期は主に鉱工業の改善が成長率上昇に繋がった。製造業(同+11.41%)は電子部品やスマートフォンなどのIT関連需要の増加により外資系企業の出荷が伸びて好調だった。サービス業(同+7.51%)はビザ規制の緩和や滞在可能期間の延長といった観光促進策によりインバウンド需要が回復し、モノの貿易量も増加したことにより運輸・倉庫業(同+11.07%)と宿泊・飲食業(同+8.75%)が好調を維持した。インフレの鈍化や労働市場の改善、最低賃金の引き下げ、そして付加価値減税の継続などにより家計の購買力が向上して卸売・小売業(同7.97%増)が堅調に拡大した。不動産市場は回復傾向にあるが、不動産(同+3.89%)は緩やかな伸びにとどまり、建設業(同+7.09%)は増勢が鈍化した。

先行きのベトナム経済は、輸出拡大や不動産市場の回復により堅調な景気が続くと予想する。米中対立を背景に多国籍企業のベトナム進出が続いており、1-11月累計の海外直接投資(FDI)認可額(同+1.0%)は好調だった前年並みの高水準で推移している。また外需の増加も加わり、製造業生産は堅調に拡大するとみられる。またビザ優遇政策や観光促進策により観光業が引き続き回復すると予想される。内需の勢いは旺盛な外需と比べると弱いが、ベトナム政府の景気刺激策によりサービス業や建設業などの内需中心の産業も堅調に推移するだろう。政府は付加価値税の2%減税の継続や公共投資の拡大(2025年度は前年比17%増)など財政政策により経済を活性化させようとしており、7月には民間企業の最低賃金が平均+6%、公務員の基礎賃金が+30%引き上げられている。不動産市場は回復が遅れているが、今年8月には不動産関連3法が施行されたほか、不動産向けの与信が伸びており、今後も市場の回復が進む展開を予想する。

金融政策は、ベトナム中銀が2022年に累計+2%の利上げを実施したが、景気減速を受けて昨春に累計1.5%の利下げを実施、その後は政策金利を4.5%で据え置いている(図表14)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.8%となり、政府の価格統制の影響により3ヵ月連続で2%台後半にとどまっている。先行きのインフレ率は景気の改善により再び加速するとみられるが、2025年通年では政府目標(+4.5%以内)に収まるだろう。ベトナム中銀はドン安を警戒しつつ、現行の緩和的な金融政策を維持すると予想する。

実質GDP成長率は2024年が前年比+7.0%(2023年:同+5.0%)と上昇、政府が7月に再設定した成長目標の+7.0%に到達するが、2025年が6.5%となり増勢が鈍化すると予想する。
(図表13)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表14)ベトナムのインフレ率と政策金利
 
 

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(2024年12月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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