2024年12月24日

気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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6――死亡率の予測結果

本章では、前章の気候指数の予測を、気候指数と死亡率の関係式(回帰式)に代入して得られた、死亡率の計算結果を見ていく。なお、本章の第4節以降で示す要素ごとの死亡率は、次章の第4節以降で示す要素ごとの死亡数と、一部重複する内容となっている。前者は人口分布によらない死亡の確率であるのに対し、後者は人口分布の影響を受ける死亡の人数であるという違いがある。

1|気候指数が死亡率に与える影響割合は2%弱
回帰式は、東日本大震災と、コロナ禍の影響を除いた直近の10年(2009-2019年(2011年を除く))の死亡率と気候指数から算定する。説明変数の係数は、前回のレポートのものと変わらない。2024年1月18日のレポートのものからは、(1)気候指数の作成にあたり父島・南鳥島の気象データを用いないことと、(2)回帰式の説明変数から海面水位指数を除去したことの、2つの点が異なっている。(各回帰式の係数等については、付録図表をご参照いただきたい。)

ここで、回帰式における気候指数の影響を見ておこう。まず、回帰式ごとに係数を標準化39して相互に比較可能とする。この標準化した後の変数は、「標準偏回帰係数」と呼ばれる。その上で、気候指数の標準偏回帰係数の和の絶対値を分子に、その数値と時間項の標準偏回帰係数の絶対値と各ダミー変数の標準偏回帰係数の絶対値の和を分母にとる。そして、その分数の値を、気候指数が死亡率に与える影響割合とみなすこととした。40

回帰式は全部で504本あり、この影響割合の値はその本数の数だけ得られる。そこで、2018~22年の死亡数の実績をもとに、加重平均して、影響割合の平均値を求めることとした。

その結果、気候指数の影響割合は、男性1.7%、女性1.8%、男女計1.7%となった。2%程度としていた2024年1月18日のレポートでの割合を、やや下回る水準となった。41,42

図表11-1.気候指数の影響割合(男性)/図表11-2.気候指数の影響割合(女性)/図表11-3.気候指数の影響割合(男女計)
 
39 標準化は、係数に当該説明変数の標準偏差を掛け算し、目的変数の標準偏差で割り算して行う。
40 説明変数間の相関関係を考慮せずに簡易な計算を行った。
41 回帰式において海面水位の項を除去していることが、主な原因と考えられる。
42 気候変動が死亡数に与える影響については、次章を参照いただきたい。

2|2060年代以降、SSP5-8.5はSSP1-2.6を上回り、徐々にその差が拡大
気候指数と死亡率の関係式(回帰式)に各経路に応じた気候指数を代入して、死亡率の推移をグラフに表示した。各グラフは、日本全体の男性と女性の90-94歳の死亡率43を表している。

男女とも、死亡率は、冬季に上昇、夏季に低下して、細かい上下動を繰り返している。44

図表12-1-1. 死亡率推移 男性90—94歳(日本全体・各月ごと)/図表12-1-2. 死亡率推移 女性90—94歳(日本全体・各月ごと)

この上下動をならすために、5年平均の死亡率推移を表示すると次の通りとなる。

図表12-2-1. 死亡率推移 男性90—94歳(日本全体・5年平均)/図表12-2-2. 死亡率推移 女性90—94歳(日本全体・5年平均)
この図では、経路ごとの死亡率の違いがわからない。そこで、経路ごとの違いを明らかにするために、次のグラフでは、SSP1-2.6の経路を基準として、それとの差を表示している。モデル平均値を表す実線とともに、点線でモデル最大値やモデル最小値も示している。

SSP1-1.9とSSP2-4.5は、SSP1-2.6の近辺で推移している。一方、SSP5-8.5は、2060年代以降、SSP1-2.6を上回り、徐々にその差が拡大している。特に、女性はその差の拡大が顕著となっている。

図表13-1-1. 死亡率推移 <SSP1-2.6との差> 男性90—94歳(日本全体・5年平均)/図表13-1-2. 死亡率推移 <SSP1-2.6との差> 女性90—94歳(日本全体・5年平均)

ここで、モデルの最大値と最小値を示す点線に注目してみよう。平均値を示す実線をはさんで、上下に大きく広がっている。今回の計算結果では、経路間の違いだけではなく、モデル間の違いが大きくあらわれていることになる。特に、SSP5-8.5でのモデル間の差異(紫色の点線の幅)は、SSP1-2.6での差異(緑色の点線の幅)よりも大きく広がっている。気候変動が進むと、死亡率の水準が上昇するだけではなく、モデル間の上昇の差異が広がっていく、との予測結果が得られたと言える。
 
43 今世紀中に平均寿命が延伸することを見越して、90-94歳の年齢群団を対象に、死亡率をグラフで表示していくこととした。
44 次節の死亡数の計算には、この死亡率を用いている。

3|死亡率は、2060年代以降、SSP5-8.5の経路がSSP1-1.9の経路を上回ることが多くなる
次に、気候変動の影響を見るために、気候変動がなかった場合の死亡率を計算してみた45。それとの比較をしたものが、次のグラフである。気候変動なしの場合を基準として、それとの差を表示している。実線のモデル平均値とともに、点線でモデル最大値やモデル最小値も示している。SSP1-1.9、SSP1-2.6、SSP2-4.5は、気候変動なしから緩やかに上側に乖離している。SSP5-8.5も2050年代までは乖離が緩やかだが、2060年代以降は乖離が徐々に拡大している。特に、女性は顕著となっている。

図表13-2-1. 死亡率推移 <気候変動なしとの差> 男性90—94歳(日本全体・5年平均)/図表13-2-2. 死亡率推移 <気候変動なしとの差> 女性90—94歳(日本全体・5年平均)

以降の本章の図表では、経路間の死亡率の差異に焦点を当てるため、気候変動なしとの比較は行わない。(次章では、死亡数の比較において、気候変動なしの場合を基準として用いる。) また、モデル平均の実線のみを示し、最大値と最小値の点線は表示しない。なお、付録図表に、モデルの最大値と最小値の点線を示した比較グラフを男女別、年齢群団別に所収しているのでご参照いただきたい。
 
45 気候変動がなかった場合の死亡率は、現在(正確には、回帰式作成に用いた学習データの時期(2009~2019年(2011年を除く)))の気候の状態が2100年まで続くとした場合の死亡率を指す。具体的には、気候指数の項をすべてなくして、時間項、定数項、地域区分ダミー項、月ダミー項だけからなる回帰式を作成して、その回帰式に、時間項の変数、地域区分ダミー項と月ダミー項のダミー変数を代入して計算した。

(2024年12月24日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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