2024年12月24日

気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――死亡率シナリオの作成と将来の死亡数の予測

前章で設定した将来の気候指数をもとに、死亡率シナリオを作成する。

1|回帰式の海面水位の項は除去する
本稿では、5つのモデルのデータをもとに、死亡率シナリオを試作する。予測に用いる回帰式は次の通りとなる。第2章の回帰式右辺の2行目の最後にあった海面水位の項は除去することとなる。

予測に用いる回帰式

2|将来の人口の推移には「日本の将来人口推計」を用いる
死亡率シナリオをもとに、将来の死亡数の予測を行うためには、将来の人口の推移が必要となる。ここでは、国立社会保障・人口問題研究所が公表している「日本の将来人口推計(令和5年推計)」を用いることとする。将来の不確実性が大きい出生率と死亡率について、それぞれ高位、中位、低位の3つのケースの推計が行われており、全部で9つの推計結果が公表されている。そのうち、本稿では、出生率と死亡率がいずれも中位の「出生中位(死亡中位)推計」の結果を用いる。

この推計には、全国推計の表として2020~2070年の推計結果があり、さらに参考表として2071~2120年までの推計結果が公表されている。ただし、これらは、全国推計であり、都道府県別とはなっていない。都道府県別には、「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」として2020~2050年の推計結果が5年ごとに公表されている。つまり、次の3つの統計表が公表されている。

(1) 日本の将来人口推計 表1-9 男女年齢各歳別人口(総人口):出生中位(死亡中位)推計
(2) 日本の将来人口推計 参考表1-9 男女年齢各歳別人口(総人口):出生中位(死亡中位)推計
(3) 日本の地域別将来推計人口 都道府県・市区町村の男女・年齢(5歳)階級別将来推計人口

そこで、(1)と(2)をもとにして、(3)から定まる比率を用いて地域区分別に按分して将来人口を計算する。(3)から定まる比率は、当該年から見た直近の年の比率を用いることとする。

このようにして、男女別、5歳群団(21群団)別、地域区分(11区分)別に、2023~2100年の人口の推移を設定する。なお、各年の人口は10月1日時点のものであるため、月ごとの人口を設定する際には、前後の10月1日の人口を月単位で按分する。

3|死亡率に人口を掛け算したものを月単位の死亡数に調整する
ここで、死亡率と死亡数の関係について整理しておく。一般に、死亡率は、人口に対する一定期間の死亡数の割合として表される。保険会社などで保険料や責任準備金などの計算に用いられる場合、一定期間は1年間とされることが多い。このため、一定期間を1年間として1ヵ月間の死亡動向が1年間継続することを仮定した場合の死亡率を予測している。

そこで、この年換算の死亡率を用いて、ある月の死亡数を計算する際には、次の関係式の通り、死亡率を調整したうえで人口を掛け算する必要がある。

[死亡率と死亡数の関係式]

これは、上記の括弧内の式の通り、1ヵ月間の生存率を12乗することで、その生存率が1年間続くものとして、年換算の生存率を計算し、これを1から差し引いて、年換算の死亡率を計算する考え方をもとにしている。実際には、季節によって死亡動向は異なり、ある月の動向がそのまま1年間続くわけではない。このため、年換算の死亡率は、架空の死亡率となる点に注意が必要と言える。

4|死亡率の改善トレンドの織り込みは、当初10年間に限定する
第2章で述べた通り、回帰式には、時間項を設定する。これは、時間に応じた死亡率の改善トレンドを将来の死亡率の予測に織り込むためのものである。

今回、2100年までの長期間の死亡率を予測するにあたり、単純に時間項を導入すると、死亡率の改善トレンドが70年以上もの長期に渡って継続するものと見込むこととなる。ただし、このようにトレンドが長期間継続する保証はない。

例えば、第2章末に付した異常無(老衰等)の死亡率実績の推移(図表6-1~6-4の黒線)を見ると、2000年頃までは低下していたが、2000年代にはほぼ横這いとなり、2010年頃より緩やかな上昇に転じている。現在の上昇トレンドは最近10年程度に見られるものだが、このトレンドが将来どのように継続または変化するかについては、何とも言えない。

このように、現在の死亡率のトレンドが、必ずしも将来の長期間にわたって継続するとは限らないことを踏まえると、単純に時間項を長期間導入し続ける取り扱いは適切とは言いがたいであろう。

そこで今回、回帰式の作成にあたり、前回のレポートと同様に2009~2019年(2011年を除く)の約10年分のデータを学習データとして用いていることを踏まえて、時間項による死亡率のトレンドの織り込みについても、前回のレポートと同じく2023年から当初10年間とし、その後は時間の経過を見ない(回帰式中のTIME変数を増加させない)こととする。

このように、時間項による死亡率改善の期間を限定することにより、気候変動以外の要素による死亡率の上昇・低下トレンドは長期的には消失する形となる。

5|死亡数計算結果の人口への反映は行わない
一般に、気候変動により死亡率が変化すれば、それに応じて死亡数も変わり、その後の人口減少に影響が及ぶものと考えられる。このような気候変動と人口の間のフィードバック効果を織り込めば、死亡率や死亡数の予測は高度化するであろう。ただし、それにより、モデルが著しく複雑なものとなることは不可避となる。

今回は、死亡率と気候指数の関係式をもとに将来の死亡率を予測して、気候変動が人の死亡にどの程度影響を及ぼしうるのか、を計算することが主な目的である。その目的を踏まえて、計算をシンプルにして結果をわかりやすく解釈するために、死亡数計算結果の人口への反映は行わないこととする。

5――気候指数の予測結果

5――気候指数の予測結果

前章までの各種設定にもとづいて予測計算を行った。本章では、気候指数予測の計算結果を見ていくこととしたい。

1|気候モデルは、過去の観測実績を概ね再現している
まず、気候指数の推移から見ていく。本稿では、日本全国(父島と南鳥島を除いた152地点ベース)の気候指数を計算した。以下では、5年平均の各気候指数の推移をグラフ化している。

最初に気候指数ごとに、過去(1971-2023年)の期間について観測実績とヒストリカルデータによる指数を比較して表示する。ヒストリカルは2014年までのデータをもとに気候指数を作成したため、その年次までの表示となっている。両者の比較を通じて、各モデルの結果をもとに作成した気候指数が、どの程度、実績と類似または乖離しているかを確認していく。

なお、グラフ表示においては、5つのモデルでの平均値を実線で示す。併せて、モデルの最大値と最小値の推移を、細い点線で実線の上下に示していく。(以下、本稿において同様)

(1) 高温指数
高温指数は、上昇傾向にある。1971-2014年の状況を見ると、観測実績とヒストリカルは類似した動きをしていると言える。

図表9-1. 高温指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

(2) 低温指数
一方、低温指数は、低下傾向にある。1971-2014年の状況を見ると、観測実績とヒストリカルは概ね近接していると言える。

図表9-2. 低温指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

(3) 降水指数
降水指数は、ゼロ近辺で推移している。1971-2014年の状況を見ると、観測実績とヒストリカルは概ね近接していると言える。

図表9-3. 降水指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

(4) 乾燥指数
乾燥指数は、観測実績がゼロ近辺、ヒストリカルが2前後で、一定の乖離幅を保ちつつどちらも横ばいで推移している。両者の差は、ヒストリカルにおいて、降水現象の有無に関する「現象なし情報」についてのみなし(観測地点を取り囲む4つの1km格子点の降水量がすべてゼロであった場合に、降水の「現象なし」とみなす)が、実態よりも乾燥の判定につながりやすいことによるものと見られる。

図表9-4. 乾燥指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

(5) 風指数
風指数は、近年プラスの値で推移している。観測実績は1970年代後半に低下し、その後緩やかな上昇傾向にあるのに対し、ヒストリカルは緩やかに低下している。ただし、2000年以降、いずれも概ね 0~0.5の範囲内で推移している点は類似している。

図表9-5. 風指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

(6) 湿度指数
湿度指数は、2000年頃までゼロ近辺で推移していた。2000年代に低下し、2010年代には上昇している。2000年代初めまでは、観測実績とヒストリカルは近接した動きをしている。それ以降2010年代半ばまでは、やや乖離が見られる。2010年代半ば以降については、比較ができないため何とも言えない。

図表9-6. 湿度指数の観測実績とヒストリカル比較 (日本全国・5年平均)

まとめると、高温、低温、降水、および2000年代初めまでの湿度の指数について、観測実績とヒストリカルの気候指数は類似していると言える。また、乾燥については一定の乖離幅を保ちつつどちらも横ばいで推移している点、風の指数についてはどちらも概ね同じ範囲内で推移している点が類似していると言える。

以上より、気候モデルは、過去の観測実績を概ね再現しているものと判断できる。

(2024年12月24日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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