2024年12月24日

気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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8|各項目について、閾値等を用いて指数を作成する
以下の(1)~(7)では、項目別に作成方法を概観していく。いずれも、参照期間を基準として、それと比較した“極端さ”の度合いを示すものとして乖離度を用いる、という方針が貫かれている。

(1) 高温 : 上側10%に入る日の割合から算出
高温は、参照期間中の気温分布に照らした場合に、上側10%の中に入る日が、月の日数のうち何日を占めるかという割合をとる。例えば、ある年の12月24日については、1971年から2000年までの12月24日とその前後5日間(12月19~23日および25~29日)の、合計330日分のデータのうち、33番目に高いデータを閾値(しきいち)とする。そして、閾値以上の日が、月の日数(12月の場合は31日)のうち何日あったかという割合をとる。

気温は、1日のうちにも変動するため、日最高気温と日最低気温のそれぞれについて、その割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、それぞれの乖離度が計算される。そして、その和半をとって、高温の指数とする。17
 
17 合計330日分のデータのうち33番目に高いデータを閾値として、閾値以上の日数の割合をとる方法は、低温、降水、風、湿度の指数の算出においても同様に行っている。

(2) 低温 : 下側10%に入る日の割合から算出
低温は、高温と同様に、参照期間中の気温分布に照らした場合に、月の日数のうち、下側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をみる。日最高気温と日最低気温のそれぞれについて、その割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、それぞれの乖離度が計算される。そして、その和半をとって、低温の指数とする。

(3) 降水 : 連続する5日間の降水量の最大値から算出
降水は、月のうち、連続する5日間の降水量をみる。高温と同様に、参照期間中の降水量の上側10%の中に入る日が、その月にどれだけあるかという割合でみていく。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、降水の指数とする。

(4) 乾燥 : 乾燥日が連続する日数から算出
乾燥の指数は、連続乾燥日から算出する。すなわち、乾燥日が何日続くかという、最大連続日数についてデータをとる。その際、乾燥日をどのように判定するかが検討ポイントとなる。降水量が0ミリメートルでも、わずかながら降水が見られる場合と、まったく降水が見られない場合があるためだ。

これについては、気象データにおいて観測単位(降水量0.5ミリメートル)未満で、降水の現象の有無の観測をした結果として表示されている「現象なし情報」を用いて判定する18

参照期間中の同月の乾燥日の最大連続日数をもとに、その月の参照期間からの乖離度が計算される。これを、乾燥の指数とする。
 
18 現象なし情報は、降水の現象があった日は0、なかった日は1の値で表示されている。

(5) 風 : 上側10%に入る日の割合から算出
風は、参照期間中の日平均風速の分布に照らした場合に、月の日数のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、乖離度が計算される。これを、風の指数とする。

(6) 湿度 : 上側10%に入る日の割合から算出
湿度は、参照期間中の日平均相対湿度の分布に照らした場合に、月の日数のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、乖離度が計算される。これを、湿度の指数とする。

(7) 海面水位 : 参照期間中の同じ月のデータと比較して算出
海面水位は、月平均潮位から算出する。ただし、季節によって海面水位の高さは変わる。そこで、参照期間中の同月の30個のデータをもとに、参照期間の平均と標準偏差を計算する。それらをもとに、その月の平均潮位の参照期間からの乖離度が計算される。これを、海面水位の指数とする。

9|合成指数は、高温、降水、湿度、海面水位の4つの指数の平均とする
最後に、以上の7項目の指数をもとに、気候変動の状況を端的に表すために、合成指数を算出する。

7項目の指数のうち、高温と低温はともに気温についての項目であり、相互に関連があるものと考えられる。また、降水と乾燥は、反対の事象を表す項目と言えるため、負の相関があるものとみられる。さらに、風については、観測方法がよく変更されており、データが空欄となっていた日数も多いなど、データの一貫性に難があるという課題が残っている。19

このため、合成指数は、高温、降水、湿度、海面水位の4項目の平均として算出している。20
 
19 気象データのうち日平均風速は、1971~2023年の間に、すべての観測地点で少なくとも1回、多い地点では4回、観測方法が変更されている。また、空欄の日数は、他の気象データに比べて多い。(詳細は、付録図表をご参照いただきたい。)
20 なお、観測地点ごとに合成指数を算出する場合には、海に面していない観測地点(気象データのみを観測している地点)では、高温、降水、湿度の3項目の平均として、合成指数を計算する。

10|日本全体では合成指数が1971年以降の最高水準で推移している
以上の設定のもとで気候指数を作成して、グラフに示したものが次の図である。ここでは、日本全体の気候指数の推移(5年平均)を示している。20

図表4. 指数推移 (5年平均) [日本全体]

合成指数は、参照期間である1971~2000年にはゼロ前後で推移している。2000年代には、0~0.5の範囲内で変動していたが、2010年代に入ると上昇傾向が顕著となった。2013年に0.5を超え、2022年には1に達し、2023年には1.1を上回る水準に上昇した。合成指数は、1971年以降の最高水準で推移している。

高温指数と海面水位指数の2つは、長らく合成指数を上回る水準で推移し続けている。高温指数は、上昇基調にあり、2010年代半ば以降は上昇の勢いが増している。海面水位指数も、2020年代に上昇傾向を強めている。

湿度指数は、1990年代後半以降マイナスで推移していたが、2010年代に急上昇し、プラスに転じている。2020年代は、0.5を上回る水準で落ち着いている。

低温指数は、低下を続けている。気温の指数として高温指数とあわせてみると、極端な高温の日が増加する一方、極端な低温の日は減少している、と言える。

降水指数と乾燥指数は、いずれもゼロ近辺で推移している。風指数は、概ね0~0.5の範囲内での変動となっている。この3つの指数については、近年、大きな上昇や低下の動きは見られていない。

2023年についてまとめると、高温指数と海面水位指数は大きく上昇した。一方、降水指数と湿度指数は大きな変化はなかった。その結果、合成指数の上昇が引き起こされ、1971年以降の最高水準の更新につながったものといえる。

なお、地域区分別等の気候指数推移については、付録図表にグラフを所収しているので、ご参照いただきたい。

このようにして、各地域区分と日本全体の気候指数を作成した。気候指数は、気候の極端さの観点から、気候変動の状況を数値化したものであり、さまざまな活用方法が考えられる。その1つとして、気候指数と死亡率の関係を定式化して、将来の死亡率シナリオの作成を行うことが挙げられる。

次章以降で、その内容を見ていく。
 
20 後述の通り、死亡率予測においては、父島と南鳥島の気候指数は用いないが、ここではそれらを含めている。なお、注記2に示す2024年4月5日のレポートの内容から、一部計算方法の見直しを行っている。

2――気候指数と死亡率の関係の定式化

2――気候指数と死亡率の関係の定式化

本章では、2023年度に手掛けた気候指数と死亡率の関係の定式化について、概要を振り返る。22
 
22 第2章の内容は、2ページの注記3、4に示したレポートの概要となっている。

1|気候指数の活用-気候変動が人の生命や健康に与える影響を定量的に把握
気候指数の用途として、さまざまなものが考えられる。例えば、中長期的な地球温暖化の進展や、気候変動に伴う生物多様性への影響を見極める際に、気候指数を活用することが考えられる。

気候指数を通じて、気候変動が人の生命や健康に与える影響を定量的に予測することも考えられる。気温上昇により、高温指数が上昇した時に、死亡率はどれだけ高くなるのか、健康はどれだけ損なわれるのか、といった点の解明である。

そこで、これまでに気候変動と死亡率の関係を回帰分析の統計手法を用いて把握することを試みた。

関係式は、まず死亡数と人口のデータをもとに死亡率(目的変数)を求め、気候指数(説明変数)を用いて、それを回帰計算する手法で導出した。具体的には、性別、年齢群団、死因別に回帰式を立式して、各説明変数の係数を算出した。その際、ロジットを用いた分析23、気温関連の気候指数(高温、低温)の2乗項の設定、時間項の導入、ダミー変数を通じた月や地域区分ごとの差の反映など、いくつかの技術的な工夫を行った。
 
23 今回の回帰計算は、リンク関数としてロジットを指定した、一般化線形モデル(GLM)の一種とも考えられる。

2|7つの気候指数すべてを回帰計算に使用
回帰式の設定において、どの気候指数を説明変数に用いるかという点について、検討を行った。回帰式に採用する気候指数を限定することも検討したが、その場合、いくつかの影響がこぼれ落ちてしまうことが懸念された。例えば、低温指数を排除すると、低温が循環器系疾患による死亡に与える影響は表現できなくなる。また、降水指数を不採用とすると、降水が自殺を含めた精神疾患に及ぼす影響も加味されなくなる、等である24。そこで、関係の解明の有無によらず、7つの気候指数すべてを回帰計算に使用することとした。

気候指数は、グラフでの表示に用いる5年移動平均のものではなく、月ごとの指数をそのまま用いている。なお、極端な気象現象が死亡率に影響を及ぼすまでの“タイムラグ”は生じないものと想定した。
 
24 さらに、死亡率との関係が十分に解明されていない気候指数について不採用となる可能性もある。現在、疫学や生気象学の諸研究において、そうした関係の解明に向けた努力が進められているなかにあって、既に解明された関係だけに着目して気候指数の採否を決定することは、主観的で妥当性を欠く取扱いとなる恐れがある。

3|大震災やコロナ禍の年のデータは回帰計算に使用しない
死亡数のデータは「人口動態統計」(厚生労働省)、人口のデータは「国勢調査」と「人口推計」(いずれも総務省)を用いている。死亡数と人口は、毎年、データが公表されている。直近では、2023年の死亡数(確定値)の実績が公表されている。2022年、2023年の死亡数は約156.9万人、157.1万人となっており、コロナ禍の影響により高い水準が続いている。このようにコロナ禍や大震災等の気候変動以外の影響が明らかな1995、2011、2020-23年のデータは、回帰計算の学習データには使用しないこととした。

図表5. 死亡数の推移 (1971年以降)

4|直近10年分のデータを学習データとして、回帰式を作成
学習データとして何年分のデータを用いるべきか、試算を通じて検討を行った結果、学習データを10年分とするケースの説明力が高いことが判明した。25

この結果から、直近10年分の有効なデータ(大震災やコロナ禍の影響を含まないデータ)を用いることとした。
 
25 検討の内容については、2ページの注記4のレポートをご参照いただきたい。

5|回帰式は、性別、年齢群団、死因、暑熱期とそれ以外の時期別に504本作成
死亡率の分子の死亡数のデータは、性別、年齢群団、死因、地域区分、月別のデータとなるよう、適宜、按分処理等のデータ補整を行う。なお、傷病ごとの死因分類の詳細については、付録図表の「死因の分類について」をご参照いただきたい。

死亡率と高温指数の関係を考えた場合、夏季と冬季とでは、同じ指数1の変化でも死亡率に与える影響は異なることが考えられる。そこで、この違いを考慮して、暑熱期(5-9月)と、それ以外の時期(10-4月)とで、回帰式を分けることとした。

この結果、回帰式は、性別(2つ)、年齢群団(21個)、死因(6つ)、暑熱期とそれ以外の時期(2つ)ごとに設定し、全部で504本作成する形となった。

6|回帰式にはロジット変換や対数変換を組み入れる
死亡率はロジット変換、気候指数は対数変換を施したうえで、回帰計算を行う。

ロジット変換は、0~1の範囲で値をとる確率を、実数全体に引き延ばす。一方、逆変換は、実数全体を値域として得られた回帰計算の結果を、0~1の範囲で値をとる確率に変換する。一般に、ロジット変換では、確率が0.5近辺の場合、精度が下がるとされる。今回は、死亡率を回帰するもので、その値は、通常、0.5よりもはるかに小さいことから、変換による精度の低下は限定的と考えられる。

気候指数は負値の場合もありうる。その場合は、そのまま自然対数をとることはできない。そこで、ある定数Cをすべての気候指数に足し算して負値を解消したうえで、自然対数をとることとする。26 具体的には、過去の気候指数の推移を踏まえて、安全な水準として、C=10と置くこととした。
 
26 1971年1月~2022年12月の月ごとの気候指数を見ていったところ、最小値は、1977年5月に北陸で記録された海面水位指数 -3.142。最大値は、2012年9月に北海道で記録された高温指数5.709であった。負値の解消ということであれば、Cを3.142を上回る定数として設定すればよいこととなる。ただし、今後の変動が過去の変動範囲におさまる保証はない。

7|ダミー変数は、地域区分と月について組み込む
ダミー変数については、地域区分と月の2種類のものを用いることとする。

地域区分については、11の区分であるため、10個のダミー変数を用いることとなる。一方、月については、暑熱期は4個。それ以外の時期は6個のダミー変数を用いる形となる。

8|高温と低温の指数については、2乗の項も用いる
高温と低温の指数については、線形回帰27をやめて、2乗の項も導入する。この取り扱いは、温暖化の健康影響に関する先行研究を踏まえたものである。2014年に公表された環境省の研究費用を用いた研究の報告書28に掲載されている「温暖化の健康影響 -評価法の精緻化と対応策の構築-」という報告では、「至適気温」と、それを踏まえた回帰式の立式について、次の説明がなされている。

「厚労省から死亡小票データ、気象庁から気象データを入手して、日別の最高気温と死亡数の関連を観察すると(中略)V字型になる。暑くても寒くても死亡数は増加するので、中間付近に死亡数が最も少ない気温(=至適気温)があり、この気温を超えた、ある気温での死亡数から至適気温での死亡数を引いた部分を超過死亡と定義した。(以下略)」
 
27 説明変数と被説明変数の関係を1次関数で当てはめること。
28 「地球温暖化『日本への影響』-新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策-」(環境省環境研究総合推進費 戦略研究開発領域 S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 2014報告書, S-8 温暖化影響・適応研究プロジェクトチーム)

(2024年12月24日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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