2024年12月24日

気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

7|地域区分別 : 温暖化が死亡率に与える影響の出現時期は、地域によって異なる
続いて、死亡率の推移を地域別に見てみよう。SSP5-8.5の経路のSSP1-2.6からの差の推移を地図上に色の違いとして表示してみると、次のとおりとなった。

男性90-94歳は、2061-2080年に東海地方を中心に差が大きくなる。そして、今世紀末にかけて、北陸、東海や、西日本の各地域(沖縄を除く)で、差の拡大が顕著となっていく。最も人口の多い関東甲信地域は、他の地域にやや遅れる形で、SSP5-8.5の経路のSSP1-2.6からの差が拡大していく。

図表17-1. 男性90-94歳 地域別 SSP5-8.5のSP1-2.6からの増減率の推移

女性90-94歳は、2061-80年に北海道や中国地方などで差が大きくなる。関東甲信地域は、男性と同様に他の地域にやや遅れて差が拡大していく。そして、今世紀末にかけて、全国的に差の拡大が顕著となっていく。50



なお、こうした地域別の傾向は、どの年齢群団でも同じというわけではない。年齢群団によって、傾向が異なる可能性がある点に一定の留意が必要となる。
 
50 90-94歳では、異常無(老衰等)が主な死因となっている。異常無(老衰等)の死亡率は、高温指数の影響を強く受ける。2080年の高温指数のSSP1-2.6とSSP5-8.5の差は、夏季には東海地方、冬季には中国地方で大きいと予測された。このため、夏季の影響を受けやすい男性では東海地方、冬季の影響を受けやすい女性では中国地方で、SSP1-2.6とSSP5-8.5の死亡率の差が大きくなっているものとみられる。

7――死亡数の予測結果

7――死亡数の予測結果

前章に続いて、本章では死亡数の計算結果を見ていく。

1|気候変動問題が死亡数に影響を及ぼすのは、2060年代以降
死亡数は、死亡率と異なり、人口の増減の影響を受ける。死亡率が上昇しても人口が減れば、死亡数は減少することがある。

将来人口推計の出生中位、死亡率中位の仮定では、2100年に日本の総人口は6278万人(男性3039万人、女性3238万人)と推計されている。これは、2023年の総人口(1億2441万人(男性6046万人、女性6395万人))の約半分の水準となっている。

計算結果を見ると、各経路とも、死亡数は2060年代半ばまで増加後、減少に転じる形となった。51

図表18. 死亡数推移 男女計(日本全体)

各経路での死亡数について、SSP1-2.6を基準として、それとの差を表示すると次の通りとなる。

SSP1-1.9とSSP2-4.5は、2060年代まで、SSP1-2.6との差がプラスやマイナスを行き来している。2070年代以降は、主として、若干のプラスで推移している。一方、SSP5-8.5は、2050年代まで、SSP1-2.6との差がプラスやマイナスとなっている。2060年代以降は、基本的にプラスとなり、その差は経過とともに拡大している。

2050年代までは、どの経路でも死亡数に大きな違いはない。しかし2060年代以降は、気候政策により産業革命前を基準とする昇温を2℃未満に抑えるSSP1-2.6と、化石燃料依存型の発展の下で何も気候政策をとらないSSP5-8.5との間で死亡数の差が生じる。そして、その差は、経過とともに拡大していく可能性がある。気候変動問題が死亡数に影響を及ぼすのは、2060年代以降との結果である。

図表19. 死亡数 SSP1-2.6(5モデル平均)との差 男女計(日本全体)
 
51 「日本の将来人口推計(令和5年推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)の(出生中位・死亡中位)の推計では、2040年の167万人をピークに死亡数が減少するとされている。本稿の計算では、ピークは2060年代、ピーク時の年間の死亡数は260万人を上回る形となっている。これは、本稿の計算では、時間項の経過を10年分しか進めていないため、死亡率改善のトレンドが十分に反映されていないためと考えられる。
2|気候変動が激しくなると、死亡数の増加が膨らむ可能性がある
この様子を、20年ごとの期間でみていく。SSP1-2.6の経路での気候変動の影響を見るために、気候変動がなかった場合(現在の気候がそのまま継続する場合)の死亡数を比較基準に置くこととした52

図表20. 死亡数の予測 (日本全体)

気候変動がない場合に比べて、SSP1-2.6の経路で気候変動が起きた場合、2081-2100年の死亡数は+0.4%増加する。そして、SSP5-8.5の経路で気候変動が起きた場合、同死亡数はSSP1-2.6の経路からさらに +2.0%増加する、との予測結果となった。

これは、SSP1-2.6とSSP5-8.5との間で、2081-2100年の死亡数の増加が膨らむことを意味している。このように、気候変動が激しくなると、死亡数の増加が膨らむ可能性がある、と言える。53

図表21. 2081年-2100年の死亡数 [平均] (日本全体、男女計)
 
52 気候変動がなかった場合の死亡数は、現在(正確には、回帰式作成に用いた学習データの時期(2009~2019年(2011年を除く)))の気候の状態が2100年まで続くとした場合の死亡数を指す。具体的には、気候指数の項をすべてなくして、時間項、定数項、地域区分ダミー項、月ダミー項だけからなる回帰式を作成して、その回帰式に、時間項の変数、地域区分ダミー項と月ダミー項のダミー変数を代入して死亡率を計算し、これに人口を掛け算して計算した。
53 本稿で得られた核心的な推論部分に下線を付している。
3|気候変動が激しくなると、死亡数増加の不確実性が高まる可能性がある
死亡数の予測については、モデルごとの違いも見ておきたい。前章で見たとおり、死亡率に関しては、SSP5-8.5での上昇はSSP1-2.6での上昇よりも、モデル間の差異が大きく広がっていた。棒グラフに5つのモデル間の最大と最小の差異を示す薄色部分を描き加えたところ、次の図の通りとなった。SSP1-2.6では、死亡数増加の差異はそれほど大きくないが、SSP5-8.5では差異が大きくなっている。SSP5-8.5の経路では、SSP1-2.6の経路に比べて、死亡数の気候モデル間の差異が拡大している様子がうかがえる。気候変動が激しくなると、死亡数予測の不確実性が高まる可能性がある、と言える。

図表22. 2081年-2100年の死亡数 [モデル間の差異] (日本全体、男女計)

(2024年12月24日「基礎研レポート」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候変動:死亡率シナリオの作成-気候変動の経路に応じて日本全体の将来死亡率を予測してみると…のレポート Topへ