2024年10月29日

気候変動AFOLUでの取り組み-風力・太陽光発電に匹敵する緩和ポテンシャルをどう引き出すか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題を巡る動きが活発化している。ハリケーン、台風、豪雨などによる自然災害の激甚化、海面水位の上昇、深刻な干ばつや大規模森林火災の発生などを背景に、各国で、温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが進められている。

温室効果ガスの排出は、エネルギーシステム部門(電力など)、建設部門、輸送部門、産業部門などに分けて実態の調査が行われ、削減に向けた取り組みが検討されている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書では、これらの部門の1つとして、AFOLUが挙げられている。これは、農業や林業といった土地利用に関する部門を指す用語だ。AFOLUは、温室効果ガスの排出削減を考えるうえで、緩和ポテンシャルが高いとされている。今回は、IPCC 第3ワーキンググループの第6次評価報告書1(以下、単に「報告書」と呼ぶ)をベースにAFOLUでの取り組みについて、見ていくこととしたい。
 
1 “Climate Change 2022  - Mitigation of Climate Change -”(IPCC WG3, 2022)

2――AFOLUとLULUCF

2――AFOLUとLULUCF

まず、AFOLUとは何かを見ていく。また、その内訳となるLULUCFについても簡単に触れる。

1|AFOLUは人為起源の温室効果ガス排出の21%
最初に、AFOLUから。これは、Agriculture, Forestry and Other Land Usesの略語2。日本語では、農業、林業、その他の土地利用、といった意味になる。その他の土地利用には、牧草地による畜産業や、湿地、森林などが含まれる。また、湿地の開発や、農地から都市開発への転換といった土地利用の変化も含まれる。

報告書によると、AFOLUは、2010~19年に、人為起源の温室効果ガス排出の21%を占めたとされている。温室効果ガスのうち、最もメジャーなCO2(二酸化炭素)では14%、CH4(メタン)では41%、N2O(一酸化二窒素)では69%を占めている。
図表1. 人為起源の温室効果ガスの排出量 (CO2換算、2010~19年の年平均)
 
2 英語での発音は、「ア」にアクセントを置いて、「アフォルー」となるようだ。
2|LULUCFでの取り組みがポイント
AFOLUの内訳として、農業(Agriculture)とLULUCFが挙げられる。LULUCFは、Land Use, Land-Use Change, and Forestryの略語3。日本語では、土地利用、土地利用の変化、林業、といった意味になる。農地や都市開発地などの土地利用だけではなく、森林から農地への転換などその変化に伴って温室効果ガスの排出がどのように影響を受けるかを把握するものと言えるだろう。4

LULUCFが注目されるのは、AFOLUではCO2以外の温室効果ガス排出が大きいことが背景にある。AFOLU内で排出を緩和する努力の効果は、どのガスを対象とするか、によって異なる可能性がある。これは、大気中でガスの寿命が異なる5ことや、大気中の特定のガスの蓄積に対する気温変化の反応が異なるためとされる。図表1を見てみると、AFOLUの排出割合は、CO2の14%に対して、CH4は41%、N2Oは69%となっており、確かにCO2以外の温室効果ガス排出が大きい。

CH4の主な発生源は、反芻(すう)動物の腸内発酵とされる。牧草地などでの牛、羊、ヤギなどの飼育が温暖化に大きな影響をもたらすと言われている。

一方、N2Oは、農業における堆肥施用や窒素堆積、窒素肥料使用の影響が大きいとされる。作物の生育を促進させるために、これらの肥料を使用する形の農業に土地利用を変化させることで、N2Oの発生が進み温暖化に影響するとみられている。

AFOLUの温室効果ガス排出削減には、LULUCFでの取り組みがポイントになると言える。
 
3 英語での発音は、2つ目の「ル」にアクセントを置いて、「ルルーシーエフ」となるようだ。
4 「LULUCF」(国立研究開発法人国立環境研究所, 用語集)などを参考に、筆者がまとめた。
5 大気中の寿命については、CO2は500年、CH4は12.4年、N2Oは109年などとされている文献もある。(「現代気候変動入門 -地球温暖化のメカニズムから政策まで-」アンドリュー・E・デスラー著、神沢博監訳、石本美智訳(名古屋大学出版会, 2023年)の表5.1より)

3――AFOLUでの排出の特徴と緩和措置

3――AFOLUでの排出の特徴と緩和措置

つぎに、AFOLUでの排出の特徴、それを踏まえた緩和の取り組みについておさえておこう。

1|AFOLUでの緩和は気候変動への適応に貢献する潜在能力を有している
報告書には、よくある質問(FAQ)として、温室効果ガス緩和を検討する際にAFOLU部門が特殊なのはなぜか、という問いがなされている6。この問いについて、3つの点で特殊であると答えている。
 
6 FAQ 7.1
(1) 温室効果ガスの排出だけではなく吸収が可能
AFOLUは、(a) 部門として排出量を削減し、(b) 大気から意味のある量の炭素を比較的安価に除去し、(c) エネルギーシステム、産業、建築などの他部門での緩和を可能にする原材料を提供する。このうち、(a)はどの部門でも検討しうる排出削減だ。これに対して、(b)は農業の作物の生育過程で、大気中のCO2を取り込んで固着させることなどを指す。そして、(c)は固着した炭素をバイオマス7として生産し、それを原料として得られるエネルギー(バイオマスエネルギー)を他部門に提供することで、他部門での排出緩和を可能とすることをいう。

温室効果ガスの排出と吸収の両方が可能、というAFOLUの特徴は、図表1で「①AFOLUの人為起源純排出」のように、“純”という語を用いていることにあらわれている。

温室効果ガスのうちCO2の吸収として、自然の応答(Natural response)がある。これは、森林や湿地などでのCO2の吸収を指す。報告書では、2010~19年の年平均で、この吸収により、-12.5±3.2ギガトンのCO2削減効果があったとされ。人為起源の純排出と合わせると、CO2については、-6.6±4.6ギガトンとなり、AFOLU分野ではCO2の吸収が排出を上回っている。
 
7 バイオマスには、食品廃棄物、廃棄紙、家畜排せつ物等の「廃棄物系バイオマス」、麦わら、もみ殻等の「未利用バイオマス」、糖質資源(サトウキビ等)、でんぷん資源(トウモロコシ等)、油脂資源(菜種等)などの「資源作物」があるとされる。本文でのバイオマスは、主に、後二者を指す。(「バイオマスとは」(九州農政局)を参考に、筆者がまとめた。)
(2) 非CO2ガス (N2OとCH4) の割合が大きい
すでに述べたことだが、AFOLU部門は、非CO2ガス(N2OとCH4)の割合が大きい。このことが、AFOLU部門における温室効果ガス排出緩和に向けたさまざまな取り組みを可能としている。

(3) 緩和が適切に行われれば、気候変動の適応に貢献しうる潜在能力を有している
AFOLUは、生物多様性の損失、環境悪化など、人類が直面している深刻な課題と密接に関連している。AFOLUは農業や林業にとどまらず、土地管理全般に関するものである。地球の陸域の相当の部分は人類によって利用されているため、AFOLU部門は単に温室効果ガスの排出の問題だけではなく、土壌、水質、大気の質、生物・社会の多様性、自然生息地の提供、生態系の機能に大きな影響を与えうる。その結果、多くのSDGsに影響を与えるとされている。

(2)に述べたとおり、AFOLU部門では、さまざまな取り組みが可能であり、緩和が適切に行われれば、気候変動の適応に貢献する潜在能力を有していると考えられる。
2|森林やその他の生態系に関する対策の潜在能力が大きい
それでは、AFOLU部門で考えられるさまざまな緩和措置のうち、どういう措置の潜在能力が大きいだろうか。ここで、潜在能力を「緩和ポテンシャル」として評価することが考えられる。これは、緩和措置をとらない特定の排出ベースラインと比べて、緩和措置をとることによって達成できる温室効果ガスの純削減量(削減された排出量と増大した吸収量の合計)を指す8

報告書によると、森林やその他の生態系の対策は、CO2換算ベースで、年7.3(推定幅3.9~13.1)ギガトンの緩和とされている。森林を増やすことで、炭素を固着させることがCO2削減の本丸ということだろう。

これに続いて、農業対策の潜在的可能性は年4.1(同1.7~6.7) ギガトンの緩和と推定されている。CH4ワクチンや阻害剤などの新興技術により、反芻動物からのCH4の排出を削減することなどが挙げられる。

また、需要の変化が生産の転換を促す可能性もある。その緩和ポテンシャルは、年2.2(同1.1~3.6)ギガトンの緩和と見積もられている。食品ロスの削減、肉食から菜食への食生活のシフト、木材製品の利用の改善など、消費者の需要が変化することで、農牧業の変化が促される効果である。
 
8 排出ベースラインは、第6次評価報告書のシナリオデータベースからの現時点(2019年頃)の政策参照シナリオで構成されている。費用については、年間1トンのCO2排出は100米ドルの炭素価格に相当する、などと換算の前提を置いている。
3|AFOLUの緩和措置の緩和ポテンシャルは風力発電や太陽光発電並み
それでは、AFOLU部門で考えられるさまざまな緩和措置のうち、どういう措置の潜在能力が大きいだろうか。報告書では、様々な対策について、年間にCO2を1トン排出することで100~200米ドルの炭素価格がかかることをコストの前提として、このコストで可能とみられる緩和を推定している。そのうち、エネルギーシステム部門とAFOLU部門について、主なものをまとめたものが次の図だ。(エネルギーシステム部門はオレンジ色、AFOLU部門は緑色の棒グラフで表示している。)
図表2. エネルギーシステム部門とAFOLU部門の各対策の緩和ポテンシャル推定 (主なもの)
いま将来の再生エネルギーとして、風力や太陽光による発電が注目されている。AFOLU部門の「農業での炭素固着」、「自然生態系の転換の削減」、「森林回復、新規植林、再森林化」といった緩和措置は、これらに引けを取らない緩和ポテンシャルを有していると推定されている。

(2024年10月29日「基礎研レター」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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