2024年09月26日

東南アジア経済の見通し~輸出の回復とインフレ圧力の緩和により、堅調な成長が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は、2023年は輸出低迷やペントアップ需要の押し上げ効果の剥落により内需が鈍化して通年の成長率が同+3.6%となり、コロナ禍からの経済活動の正常化により好調だった2022年の同+8.9%から低下した。しかし、2024年4-6月期の成長率は前年同期比+5.9%となり、2023年10-12月期の同+2.9%を底に2四半期連続で上昇している(図表5)。

4-6月期の成長率上昇は内需と輸出が揃って回復した影響が大きい。内需は、民間消費(同+6.0%)が雇用・所得環境の改善や政府の低所得層向け現金給付制度の実施が加わり5四半期ぶりの高成長だった。総固定資本形成(同+9.6%)は複数年の投資プロジェクトの進展により建設投資(同+12.6%)の二桁成長が続き、設備投資(同+11.8%)も新産業マスタープラン(NIMP)2030に基づく政府支援を受けて加速した。また外需については、財輸出が主要輸出品である電気・電子機器輸出が持ち直して2四半期連続のプラス成長となり、また政府の観光促進策によりインバウンド需要が回復してサービス輸出(同+24.6%)の大幅な増加が続いた。

先行きのマレーシア経済は、年内は好調な内需と外需の改善により堅調に推移すると予想する。まず外需については、IT関連需要の回復により電気電子セクターが持ち直してモノの輸出が増加するだろう。中国人観光客の伸び悩みからサービス輸出は鈍化するものの、それ以外の国からの観光客が伸びて持続的な拡大が予想される。もっとも世界経済は緩やかな成長が続くため、財・サービス輸出の力強い回復までは期待できない。投資は汎ボルネオ高速道路や東海岸鉄道線(ECRL)など進行中のインフラプロジェクトの進展や、政府の新産業マスタープラン(NIMP2030)の下でのイニシアチブの実施、半導体市況の回復などが追い風となり活発化するだろう。一方、民間消費は労働市場の安定や賃金上昇、政府の低中所得層に対する生活支援策の強化により底堅さを保つものの、緩やかなインフレの加速により増勢は鈍化するだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が2022年5月から段階的に利上げを実施し、政策金利を1.75%から3.00%まで引き上げた後、現在8会合連続で据え置いている(図表6)。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.9%と、昨年8月から低水準にあるが、政府の緊縮的な財政政策により上昇傾向にある。先行きは6月の燃油補助金制度の改革の影響が波及するほか、景気の回復傾向が続くため来年にかけて緩やかなインフレが続くとみられる。もっとも足元では米国の利下げ転換により急速なリンギ高が進んでおり、マレーシア中銀は年内に政策金利を0.25%引き下げ、来年1-3月期に追加利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2024年が輸出回復により前年比+4.9%(2023年:同+3.6%)と上昇して政府目標(+4.0%~5.0%)の上限に近づくが、2025年は同4.6%と順調な景気が続くと予想する。
(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表6)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は、2023年は輸出低迷が響いて通年の成長率が同+1.9%となり、コロナ禍からの経済活動の正常化により回復傾向が続いた2022年の同+2.5%から低下した。しかし、2024年4-6月期の成長率は前年同期比+2.3%(1-3月期:同+1.6%)と持ち直し、2四半期ぶりに2%台まで成長率が上昇した。もっともタイは周辺国と比べて低成長が続いており、景気回復の動きは鈍い(図表7)。

4-6月期の成長率上昇は財・サービス輸出と政府消費の改善による影響が大きい。まず財貨輸出(前年同期比+1.9%)はコンピュータ(同+147.9%)やコンピュータ部品・付属品(同+22.5%)などの工業製品の出荷が増えて2四半期ぶりのプラス成長となった。またサービス輸出(同+19.8%)は、今年3月に中国人観光客向けにビザ規制を緩和した影響もあり好調が続いた。このほか政府消費(同+0.3%)は承認が遅れていた24年度予算の執行が始まり2年ぶりに増加した。一方、民間消費(同+4.0%)はインフレの加速や、金融機関の融資審査の厳格化、高金利が重石となり鈍化した。投資(同▲6.2%)は引き締め的な金融政策や公共事業の遅れにより3四半期のマイナス成長となった。

先行きのタイ経済は、内需・外需の持ち直しにより上向くと予想する。まず外需は、IT関連需要の増加により財貨輸出が復調するほか、観光促進策によってサービス輸出の持続的な拡大が予想される。もっとも、産業競争力の低下から大幅な輸出の増加までは見込みにくい。また内需は、家計債務の拡大により民間消費が伸び悩むものの、安定した雇用所得環境やペートンタン新政権の景気対策(債務再編支援やデジタル通貨給付等)により底堅く推移しよう。公共投資は予算執行の加速により景気の牽引役となるだろう。民間投資は輸出や公共投資の回復を受けて持ち直すと予想する。なお、今年8月には憲法裁がセター首相に対して解職命令を下すなど、タイは総選挙後も政情の安定化がみられない。政策の先行き不透明感から企業が投資判断を見合わせたり、デジタル通貨の配布などの政策の実行が遅れたりすると内需が下振れる展開も予想される。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が2022年8月から金融引き締めを開始して政策金利を0.5%から2.5%まで引き上げた後、現在5会合連続で据え置いている(図表8)。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+0.4%となり、エネルギー補助金策の物価抑制効果の剥落や洪水の影響で食品価格が値上がりしてプラス圏で推移しているものの、国内需要が弱く中銀の物価目標(+1.0%~3.0%)の下限を下回っている。先行きのインフレ率はベース効果に食品インフレや景気回復による需給の改善などにより年末にかけて+1%台まで加速する予想する。タイ中銀は景気回復の遅れや低インフレ、米国の利下げ転換に伴う急速なバーツ高などを踏まえて年内に政策金利を0.25%引き下げを開始し、来年1-3月期に追加利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2023年の前年比+1.9%から2024年が同+2.5%、2025年が同+2.9%と回復すると予想する。
(図表7)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は、2023年は一次産品輸出の減少に物価高と金利上昇が加わり景気が減速、通年の成長率は同+5.05%となり、コロナ禍からの経済活動の正常化により好調だった2022年の同+5.31%から低下した。2024年4-6月期の成長率は前年同期比+5.05%と、2023年10-12月期の同+5.04%から上昇、2四半期連続で加速しており、堅調な景気が続いている(図表9)。

4-6月期は1-3月期のGDPを押し上げていた選挙関連支出が剥落して成長率が低下した。まず政府消費が前年同期比+1.42%(前期:同+19.90%)、非営利団体の消費支出が同+9.98%(前期:同+24.29%)となり選挙関連支出で押し上げられていた1-3月期から鈍化した。一方、家計の消費支出は前期から横ばいの同+4.93%だった。また投資(同4.43%増)は政策の先行き不透明感が和らいで機械・設備投資を中心に持ち直した。外需はサービス輸出(同+14.24%)が好調だったほか、世界的な需要の改善により一次産品の出荷が改善して財貨輸出(同+8.02%)が加速した。

先行きのインドネシア経済は、内需の拡大により+5%成長が続くだろう。プラボウォ新政権は25年度予算案で目玉政策の学校給食無料化に71兆ルピア割り当てる計画であり、公共支出の増加が景気の牽引役となりそうだ。金融市場では財政赤字拡大が不安視されたが、財政赤字(対GDP比)は税収増により2.53%(24年予測:2.70%)と縮小する計画だ。また新首都ヌサンタラの建設で増加していたインフラ予算は25年度が約5%減の400兆ルピアと減少するため公共投資は停滞しそうだ。しかしながら新政権では現政権の政策路線が踏襲される予定であり、新政権の政策が明らかになるなかで民間投資は回復するだろう。民間消費はインフレ圧力の緩和や雇用環境の安定、そして金融緩和策への転換により堅調に推移するとみられる。外需は、地政学的な不確実性の高まりが逆風となるものの、世界経済は緩やかに回復する見通しであり、一次産品価格が安定して財輸出が底堅く推移、サービス輸出の持続的な拡大も予想される。もっとも堅調な国内需要により輸入が増加するため、純輸出の成長率寄与度はマイナスとなるだろう。

金融政策はインドネシア中銀が22年8月から今年4月にかけて段階的に金融引締めを実施し、政策金利(7日物リバースレポ金利)を6.25%まで引き上げて以降、4カ月連続で据え置いていたが(図表10)、9月の月例理事会では金融緩和に踏み切り政策金利を0.25%引き下げた。8月の消費者物価上昇率は前同月比+2.1%と、5ヵ月連続で鈍化してインフレ圧力に落ち着きがみられている。先行きは米国の利下げ転換に伴うルピア高によりインフレ圧力が和らいで中銀の物価目標圏内(+1.5~3.5%)で安定して推移するだろう。インドネシア中銀は米国の利下げ開始に追随する形で来年半ばまで追加利下げを実施して、政策金利を5.0%まで引き下げると予想する。

実質GDP成長率は2024年が前年比+5.0%(2023年:同+5.0%)の横ばいとなるが、2025年は同5.1%と小幅に上昇すると予想する。
(図表9)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表10)インドネシアのインフレ率と政策金利

(2024年09月26日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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