コラム
2024年08月22日

生成AIとの付き合い方-名刺管理アプリの経験から-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――名刺管理アプリの経験

10年以上前のことになる。あるビジネスセミナーに参加したところ、仕事を効率化する手段として某名刺管理アプリが紹介された。スマホにその名刺管理アプリをインストールして名刺を撮影すれば、名刺の情報がスマホ内に蓄積される。撮影後は紙の名刺を使う必要がなくなる。蓄積された名刺の情報が多くとも検索機能で必要な情報をすぐ取り出せる。電話番号をクリックすればすぐに電話をかけることができる。こういった説明であった。

元来が新しいもの好きであることに加え、当時の筆者の仕事は出張が多く、名刺やそのコピーを持ち歩かずともスマホに名刺情報が入っているならありがたいことこの上ない。早速、試してみた。

ところが当時の名刺管理アプリの技術はかなり未成熟であったのであろう。読み取りに際して誤字が多く、また、読み取り項目の間違い(氏名の欄に会社名が入るなど)もあった。しばらくは辛抱して小さなスマホ画面で修正していたのだが、さすがに馬鹿らしくなって使わなくなった。そのとき以降「名刺管理アプリは使い物にならない」と信じるようになり、長く名刺管理アプリとは距離を置いてきた。

ところが近年、勤務先の推奨に従って渋々名刺管理アプリを使ってみると、かつてあったような不都合は全くない。読み取りの間違いは皆無であり、スマホに反映されるまでの時間も短い。当初使おうと思ったときの願い通り、すべての名刺情報がスマホに入って検索して取り出せるという状態が実現した。

それはめでたいことであるが、そのように正確な読み取りを行う技術革新はいつごろであったのだろうか。もしずっと以前に技術革新が果たされていたのであれば、かなりの長期間、その恩恵に預かれなかったことになる。

2――生成AIに関する世の期待と利用実感の格差

「生成AIに質問しても多くは頓珍漢な答えが返ってきます。本当にこのようなものが世の中を変えるのでしょうか?」

先日、ある生成AIに関する講演を聴きに行った際、他の受講者から実際に出た質問である。この質問者と同様、報道で見る生成AIへの期待の高さと自ら実際に使ってみての感想との格差をうまく消化できない人も多いのではないだろうか。筆者もその1人である。有効な指示(プロンプト)など努力はしてみたつもりだが、総じて生成AIへの評価は低い。

ちなみに先の質問に対して講師は真正面から答えることはせず、お茶を濁すだけに見受けられた。これまでいろいろと調べた上での実感として、生成AIというバズワードに乗っかってビジネスを拡げたいという勢力が一定あり、彼らにとって「生成AIはすごい!世界を変える!」といった印象作りは欠かせない。これが期待感の高い報道を生み出している一因と思われる。あえて論理整合的につなげるならば、期待を煽って生成AIへ資金を集め、それを開発資金として投入することで生成AIが一層進化していくということになろうか。

3――生成AIとどう付き合うか

現時点の生成AIであっても、それが適する業務はもちろんあると思う。しかし歴史上、特定の分野における技術革新は珍しいことではない。例えば駅の自動改札機が開発されたとき、鉄道会社の人員配置や経営計画に大きな影響を与えたであろうが、鉄道会社以外にとって大きな変化が生じたであろうか。生成AIに関して、いずれ人類の仕事の多くを奪っていくかのような報道もみられるが、それほど遍く世の中を変えていくものと現時点で期待してよいものであろうか。

筆者自身の保険研究員という職務であれば、クリティカルな-必須の業務で生成AI活用によって多大な時間と労力を節約できる-ものは特にない。現在行っているのは、

・論点に漏れがないか確認するため生成AIが返す答えを一応みてみる。

・著作権侵害の恐れがない画像を作成1する。

の2点である。生成AIがないとしても特に不都合は生じない。率直なところ、生成AIが保険研究員としての自らの立場や雇用を奪うかもしれないといった危機感は微塵も抱いていない。

では生成AIを使わなくてよいのか。ここで筆者が思い返すのは名刺管理アプリの経験である。一度使えないものと断じてしまったがために、長期間、便利な機能を使う機会を逸したのかもしれない。よって生成AIについては今後の技術革新を逃さないよう、薄くとも利用を欠かさないようにしていきたい。

たとえ技術革新がなかったとしても、生成AIをビジネスにしている立場でもなし、困ることはない。「生成AIって結局、あの頃のバズワードで終わってしまったんだな」と振り返るだけの話である。
 
1 Chat-GPTで作成した画像は商用利用が認められている。活用例として拙稿「メタバース雑感-視力と電力はどうなる?-」(2024.7.24)を参照いただきたい。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=79151?site=nli

(2024年08月22日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人 アフリカ協会
    一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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