2024年08月13日

文字サイズ

3.札幌オフィス市場の見通し

3‐1.新規需要の見通し
(1)オフィスワーカー数の見通し
住民基本台帳人口移動報告によると、2023年の札幌市の転入超過数は+8,933人となり、前年から+0.2%増加し、転入超過が継続している(図表-11)。また、2023年の北海道の就業者数は263.8万人(前年比+3.6万人)となり、4年ぶりに増加した(図表-12)。
図表-11 主要都市の転入超過数/図表-12 北海道の就業者数
一方で、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、2023年の札幌市の生産年齢人口は119.8万人(前年比▲0.2%)となり、減少が続いている(図表-13)。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」によれば、札幌市の生産年齢人口の減少は今後も継続し、2025 年は119.0万人(2020 年対比▲1.6%)、2030 年は115.5万人(同▲4.5%)となる見通しである(図表-14)。
図表-13 札幌市の生産年齢人口/図表-14 札幌市の年齢帯別人口(予測)
以下では、札幌のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「北海道」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI3」(北海道財務局)は、2020年第2四半期に「▲41.8」と一気に悪化した。その後は、回復と悪化を繰り返しながら推移し、2024年第2四半期は「▲2.8」となった(図表-15)。

「従業員数判断BSI4」(北海道財務支局)は、人手不足を表わす「+36.1」(2020 年第1四半期)から「+12.3」(第2四半期)へ低下した。その後は回復に向かい、2024年第2四半期は「+35.3」となった。全国平均(+25.7)と比べると一貫して人手不足の状況が継続している(図表-16)。
図表-15 企業の景況判断BSI(全産業)/図表-16 従業員数判断BSI(全産業)
北海道全体の就業者は4年ぶりに増加したが、札幌市の生産年齢人口は今後も減少が続く見通しである。また、人手不足感が強い一方、コロナ禍からの企業活動の回復は鈍い傾向にある。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数の拡大は今後、力強さに欠くことが予想される。
 
3 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感
が悪いことを示す。
4 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
(2)テレワークの普及がオフィス需要に及ぼす影響
札幌市の「札幌市企業経営動向調査」によれば、テレワークを導入していると回答した割合(2023年度上期)は22%であった(図表-17)。大企業に限定すると「導入済み」との回答は34%、業種別ではオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」が79%に達している(図表-18)。札幌においても、コロナ禍を経て、大企業やオフィスワーカー比率の高い「情報通信業」等を中心に、テレワークの導入が一定程度進んでいる。

北海道は、道外企業に対し、北海道でのテレワークやワーケーションの誘致に力を入れてきた5。また、企業の事業継続(BCP)を目的とした拠点分散先として、企業誘致にも取り組んでいる6

現時点において、東京や他の地方主要都市と比較してテレワークの普及スピードは緩やかであり、オフィス需要への影響は限定的であるようだ7。今後、自治体のテレワークの導入支援8等に後押しされ、テレワークの普及が進んだ場合、ワークプレイスの見直しや、サテライトオフィスの開設等の増加が想定され、引き続きオフィス需要への影響を注視する必要がある。
図表-17 札幌市 業種別テレワーク導入率/図表-18 札幌市 業種別テレワーク導入率(2023年上期)
 
5 東京読売新聞 「全国の仕事 北海道で サテライトオフィス最多=北海道」(2024年5月15日)
6 北海道経済部「北海道へのオフィス分散化やテレワーク・ワーケーション実施のご提案について」(2020年8月)
7 北海道新聞 「札幌オフィス 低空室率続く*全国屈指2%台*コロナ禍*テレワーク低調 需要堅く」(2023年7月20日)
8 「令和6年度札幌市働き方改革テレワーク導入補助金」等
(3)IT関連企業やコールセンター企業のオフィス需要の見通し
札幌市では、IT関連企業やコールセンター企業による新規拠点の開設がオフィス需要を下支えしている。

一般社団法人北海道IT推進協会「北海道ITレポート」によれば、北海道におけるIT産業の売上高は増加傾向で推移しており、2023年度は過去最高の約5,530億円に達する見通しである(図表-19)。また、同レポートによれば、2022年度のIT産業従業者数は、前年度比+1.1%増加の23,261人と推計されている。

また、札幌市は、コールセンター運営をサポートする様々な施策を講じてきたことや、低コストで効率よくオペレーターを確保できる環境にあることから、多くのコールセンターが開設されている。リックテレコム「コールセンター立地状況調査」 によれば、札幌市におけるコールセンターの拠点は78拠点(2022年度)から84 拠点(2023年度)に増加し、地方都市の中でトップであった(図表-20)。ただし、札幌市のコールセンターの新設・増設補助制度9の新規申請受付は、2023年9月末で終了した。

また、コロナ禍を経て、コールセンターでも在宅勤務の導入が広がりつつある。一般社団法人日本コールセンター協会「2023年度コールセンター実態調査」によれば、「在宅コミュニケーター」を採用しているとの回答は53%を占めた。その目的として、「働き方の多様化」との回答が最も多く、次いで「BCP対策」との回答が多かった。今後、コールセンターのビジネスモデルは、(1)「在宅勤務」の導入、(2)拠点分散による大規模コールセンターの減少、(3)AI等を活用した顧客対応の自動化など、今後大きく転換する可能性があり、拠点戦略の見直しを検討する企業が増加する懸念もある。

前述の通り、「情報通信業」では「テレワーク」の普及が進んでおり、ワークプレイスの見直し(拠点集約等)が順次拡がることも考えられる。

以上を鑑みると、札幌のオフィス市場において存在感を高めてきたコールセンターやIT関連企業の新規需要が頭打ちするリスクに留意する必要がありそうだ。
図表-19 北海道におけるIT産業総売上高の推移/図表-20 地方都市におけるコールセンターの拠点数
 
9 「コールセンター・バックオフィス立地促進補助金」
(4)半導体投資拡大がもたらすオフィス需要への影響
AI 技術の進展等に伴い半導体市場の拡大が期待されるなか、2023年2月に、半導体メーカーのラピダスが千歳市の工業団地「千歳美々ワールド」に工場を設立することを発表した。2025年に工場の試作ラインを稼働、2027年から量産開始の計画としている10

一般社団法人北海道新産業創造機構の推計11によれば、ラピタス立地に伴う北海道経済への波及効果は、2023年度から2036年度までの14年間累計で、約18.8兆円と試算されており、札幌のオフィス需要に対してもプラスの効果が期待されている。

札幌市は、2024年5月より半導体関連の設計・研究・開発を行う企業に対し、オフィス新設の場合は賃料として最大1億円、増設の場合は最大2,400万円の補助金の交付を開始した12

一方、ラピダスの工場建設開始に伴い、札幌中心部の再開発(詳細は後述)や北海道新幹線の札幌駅までの延伸工事において、作業員や資材、重機等が不足する懸念もある13

また、現状、北海道は他の地域と比べて半導体産業の集積が限定的である。ラピダスが次世代半導体を量産するには、相応の半導体関連企業の進出が必要であり、量産が実現した際には、道内の産業構造が大きく変化する可能性が指摘されている14。こうした産業構造の変化がもたらすオフィス需要への影響について、今後の動向を注視したい。
 
10 日本経済新聞 「ラピダス工事、安全確保要請へ 連合北海道、道に」(2024年7月27日)
11 一般社団法人北海道新産業創造機構「Rapidus 株式会社立地に伴う道内経済への波及効果シミュレーション」(2023年11月21日) ※「IIM-1」と「IIM-2」の2棟の半導体成城工場を建設したケース
12 NEXT SAPPORO-企業進出総合ナビ(札幌市運営)「進出企業に対する補助金を拡充!半導体関連の設計・研究・開発を行う企業に最大1億円を補助します」(2024年5月24日)
13 北海道新聞 「<半導体新時代>札幌再開発/新幹線延伸 工期に影響か*人手・建機 ラピダス集中も*工事単価 水準高く」(2023年8月15日)
14 北海道銀行 調査ニュース「次世代半導体メーカー「ラピダス」の道内進出について(2)~生産面からみる道内外の半導体産業~」No.457(2023.6)
(5)「金融・資産運用特区」指定がもたらすオフィス需要への影響
2024 年6月に、政府は、(1)東京都、(2)大阪府・大阪市、(3)福岡県・福岡市、(4)北海道・札幌市の4都市を「金融・資産運用特区」に指定すると発表した。

「金融・資産運用特区」では、 (i)国内外の金融・資産運用業者の集積、(ii)金融・資産運用業者等による地域の成長産業の育成支援、(iii)成長産業自体の振興・育成、という観点で取組みを進めていくとしている。

また、上記の4地域は、各地域の特色を活かした特区のコンセプトを掲げている。北海道・札幌市は、「GX15金融・資産運用特区」を掲げて、GXに関する資金・人材・情報が集積するアジア・世界の金融センターを構築していくとしている。これらの取組みは、産学官が連携した「Team Sapporo-Hokkaido」(21 機関が参画)が中心となって推進する計画である。

「Team Sapporo-Hokkaido」は、二酸化炭素と水素を合成して製造する合成燃料の実用化などに向けて、北海道で最大40兆円程度の調達を目指す計画としている。北海道の産業構造の変革につながる大型プロジェクトとして、地元経済界からの期待は大きく16、札幌のオフィス需要の高まりが期待される。
 
15 グリーントランスフォーメーションの略。化石エネルギーを中心とした現在の産業・社会構造を、クリーンエネルギー中心へ転換する取り組み。
16 日本経済新聞 「札幌GX金融都市構想 ラピダスに続く経済の起爆剤に」(2023年6月20日)

(2024年08月13日「不動産投資レポート」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【「札幌オフィス市場」の現況と見通し(2024年)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「札幌オフィス市場」の現況と見通し(2024年)のレポート Topへ