2024年08月07日

貿易立国で好循環を目指す

基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.329]

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1―変化した日本の経常収支構造

2000年代、日本と海外との間のお金の出入りを示す「国際収支」の構造は大きく変わった。これまで日本が強みとしてきた貿易では、輸出量が輸入量を下回ることが増えて赤字となり、近年は競争力の低下や輸入燃料の高騰、海外のネットサービスの利用増による「デジタル赤字」なども拡大。貿易サービス収支は赤字傾向が続いている。

同じ先進国の経常黒字国として、日本とドイツはよく比較されるが、その経済構造は大きく異なっている。日本は所得収支が大幅な黒字となっているのに対し、ドイツは貿易収支が大幅な黒字である。日本の所得収支黒字は、主に投資収益(親会社と子会社との間の配当金や利子等)によるものであり、企業の海外進出が進んだことで、海外で生じる儲けが多いことを意味している。一方、ドイツの貿易収支黒字は、輸出競争力を高めて、うまく外貨を稼いでいることを意味する。

貿易収支が黒字であるドイツの場合、国内で生産した製品が輸出されるため、雇用は国内で生じ、輸出による儲けは、専ら国内の設備投資に向かうことになる。一方、貿易収支が赤字である日本の場合、儲けの多くは海外に存在し、その多くは海外に再び投資されるため、雇用は国内に生まれず、設備投資も限定的に留まることになる。これは企業の稼ぎが、国内に還元される力の弱いことを意味する。

日本が国として競争力を取り戻すためには、5から10年先の日本産業の姿として、持続的に貿易黒字を生み出せる構造、すなわち「貿易立国」の復活が、どうしても必要になる。
[図表1]日本の経常収支とドイツとの比較
数年前であれば「貿易立国」復活の可能性は、かなり低かっただろう。しかし、日本を取り巻く環境は大きく変わった。

日本経済が長引くデフレからインフレに変わり、企業の設備投資や研究開発投資などの目線は、上向きに変わっている。また、世界の分断が進む中、日本の再評価が起きて、中国等から日本にサプライチェーンを組み換える動きも始まっている。日本企業の国内回帰、海外企業の日本進出の動きは、当面継続することが見込まれる。「貿易立国」を取り戻す、千載一遇のチャンスが巡って来たと言える。

2―デジタルリアルの実現で日本の製造業復活のシナリオ

貿易収支赤字の改善に向けて、日本がやれることは色々あるが、ここでは「エネルギー」「デジタル化」の2つについて強調しておきたい。

近年、企業にとってエネルギーの重要性は増している。世界的に経済安保の観点等から企業の誘致合戦が起きているが、企業が工場などの立地を選択するうえで、エネルギーや電力の安定供給が確保されていることが重要になっている。日本は、まだそれができていない。世界的に環境規制が強化される中、海外由来の化石燃料に高く依存し、電気の価格も海外に比べて高い。そうした不透明なエネルギーの予見性を高め、安価で環境負荷の低い電気として安定供給を図ることは、今後、社会のデジタル化を進めるうえでも重要なポイントになる。今年は、日本の中長期的なエネルギー政策の方向性を決める「エネルギー基本計画」が改定される。この議論は「貿易立国」を実現するうえでも極めて重要である。

エネルギー問題に目途が立てば、現在の技術革新の先に、デジタルリアルの世界が待っている。携帯から始まったデジタル化は、我々の日常生活を内包しつつある。身の回りのあらゆる製造物が、loTでインターネットに接続し、リアルタイムで収集されたデータはAIによって分析され、デジタル管理されるようになる。それは製造物だけでなく、サービスや商習慣そのものをデジタル化する。

世界を見回した時、製造業をフルラインナップで有している国はほかにない。日本のサービス品質は高く、日本式の安心安全の作り方や社会体制は、デジタルリアルの世界でも大いに生きるはずだ。完全デジタルの世界で完敗した日本も、リアルと接続したデジタルリアルの世界では復活できる。それが競争力を持ち、輸出を増加させ、日本や日本企業の勝ち筋となる。

「貿易立国」に向けた動きが現実に出て来れば、国内の設備投資が増えて、雇用と利益が生まれ、それがさらに競争力を高め、貿易立国を強化する好循環を生むことにつながっていく。

(2024年08月07日「基礎研マンスリー」)

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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