2024年07月17日

全世代社会保障法の成立で何が変わるのか

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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7――医療保険制度に関する今後の展望(1)~相対的に所得が高い高齢者の負担増加~

まず、相対的に所得が高い高齢者の負担が増える可能性である。既に触れた通り、2022年10月に75歳以上高齢者の患者負担について、一部で2割負担が導入されたほか、今回の制度改正で保険料負担の上限が引き上げられた。

しかし、今後も社会保障費の増加が見込まれており、所得基準の見直しなどを通じて、後期高齢者医療制度の2~3割負担対象者を広げる選択肢は不可避と思われる。さらに、70~74歳の高齢者医療費は原則2割となっており、こちらの負担引き上げも視野に入ってくる可能性がある。応能負担を強化するため、後期高齢者医療制度に関する保険料上限を一層、引き上げる方法も考えられる。  

このほか、介護保険でも2024年度制度改正で2割負担の対象者拡大が取り沙汰された16ほか、少子化対策の財源を確保策としても、高齢者の応能負担強化が意識されている17

もちろん、患者・利用者負担や保険料引き上げの選択肢は往々にして与党や日医などの反対を招くため、一気呵成の見直しは難しい面があるが、相対的に負担能力を持っている高齢者に負担を求める流れは今後も続くと考えられる。
 
16 介護保険2割負担の対象者拡大については、審議会での意見集約が難航したほか、与党にも慎重論が多く、2027年度に予定されている次期制度改正に先送りされた。詳細については、2024年3月1日拙稿「介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?」を参照。
17 ここでは詳しく触れないが、約3兆円に及ぶ少子化対策のうち、最大2兆円を歳出カットで賄うとされており、2023年12月に決まった「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」では、所得の高い高齢者を対象に患者負担を引き上げる選択肢とか、介護保険の2割負担拡大の可能性が言及されている。

8――医療保険制度に関する今後の展望(2)

8――医療保険制度に関する今後の展望(2)~前期高齢者医療費の報酬調整が拡大する可能性~

次に、前期高齢者医療費に関する財政調整は今後、所得に応じた負担ルール(報酬調整)の割合が拡大するか、報酬調整に全面移行する可能性が高いと思われる。

今回の制度改正では、前期高齢者の医療費のうち、報酬調整の対象になったのは3分の1であり、負担が増える健康保険組合サイドは「これ以上の報酬調整の拡大が断じてあってはならない」として、3分の1の規模を拡大させないようにクギを刺している18

さらに、既に触れた通り、報酬調整を拡大しても、医療費全体が影響を受けるのではなく、所詮は「割り勘ルール」の変更であり、「会計操作」「帳尻合わせ」の印象は拭えない。このため、本来で言うと、給付抑制の選択肢も含めて、負担と給付の関係を考える必要がある。

しかし、これまで後期高齢者医療制度や介護保険制度でも同様の展開になった経緯とか、増税や歳出抑制に対する国民の強いアレルギー反応を意識すると、客観的な情勢として、国の社会保障費を抑制できる報酬調整は予算編成上、非常に重要な存在である。このため、報酬調整の割合を拡大する制度改正は今後も取り沙汰されると思われる。
 
18 2023年5月12日、健康保険組合連合会長の宮永俊一氏によるコメントを参照。

9――医療保険制度に関する今後の展望(3)

9――医療保険制度に関する今後の展望(3)~後期高齢者医療制度の見直し論議~

1|負担割合の見直しで「上限」が見える可能性
後期高齢者医療制度について、筆者は早晩、制度の統廃合も含めた大幅な見直しが必要になるのではないか、と見ている。これには今回の制度改正のうち、後期高齢者医療制度の負担割合見直しに関わる部分が関係する。

先に触れた通り、これまでは人口減少のシワ寄せが現役世代に向かっていたが、今後は75歳以上高齢者にも負担を求めることになった。筆者自身の意見として、こうした対応は欠かせないと認識している半面、75歳以上高齢者に負担を求める際の「上限」も意識する必要があると考えている。

具体的には、75歳以上の高齢者に課される保険料は原則として基礎年金からの天引きであり、基礎年金の平均支給額が概ね5万円であることを踏まえると、それほど大幅に引き上げられるわけではない。

さらに、65歳以上の高齢者に課される介護保険の保険料(2024年度時点の全国平均基準額は6,225円)も基礎年金から天引きされている点を意識すれば、後期高齢者の保険料引き上げが困難になる局面が到来する可能性がある。
2|過去の議論から見える制度改正の選択肢
そうなると、患者負担の増加など医療費を抑制する選択肢に加えて、例えば後期高齢者医療制度と国民健康保険の統合などの制度改正を意識する場面が来るかもしれない。これは後期高齢者医療制度の発足や見直しの議論から言えることである。

そもそも若い人と比べて、病気のリスクが大きいにもかかわらず、75歳以上高齢者に限定した独立型制度を作った判断として、厚生労働省の解説書では、「老人医療費に関する給付と負担の財政責任の主体を明確にする」などの点が説明されていた19

しかし、実際の利害調整の過程を振り返ると、上記では説明し切れない。元々、独立型を提唱したのは日医だった。当時の書籍では、その理由について、「今の医療費高騰の大出血というのは高齢者医療のところにある」として、高齢者医療の分離と税財源の集中投入が必要と説明していた20

この案を自民党、経団連が支持したことで、独立型制度の創設が選択肢の一つになったが、日医の提案は消費税引き上げを含めた財源確保を前提としており、医療改革だけにとどまらない難しさがあった。75歳に区切った理由についても、当時の日医会長は「(筆者注:当時、与党が検討していた70歳以上だと)財源が出てこない」と説明していた21。つまり、75歳に区切った理由はカネの問題だった。

結局、消費増税を含めた歳入改革の議論は先送りされたため、税財源の集中的な投入は難しくなり、現役世代が加入する保険者から保険料の収入を移転させる支援金が導入された。

一方、制度の運営主体を巡る議論も二転三転した。厚生労働省は当初、都道府県による財政運営を期待したが、負担増を避けたい全国知事会が拒否した22ことで、議論は頓挫した。その後、厚生労働省が2005年10月に示した「医療制度構造改革試案」では、市町村が保険者とされたが、「一番硬直化した75歳以上の後期高齢者という者の保険を担えというのは、市町村単位ではとてもではないけれども無理」という意見が総務省や市町村から示された23ことで、調整が難航した。

結局、利害調整の過程では、都道府県も、市町村も保険者を引き受けなかったため、国民に縁遠い広域連合が運営者になったと言える。実際、妥協の産物として広域連合というアイデアが浮上したのは最終決着の1週間前ぐらいだったという24

この結果、厚生労働省の表向きの説明とは裏腹に、「財政責任の主体が明確になった」とは言い難い。例えば、運営主体となった広域連合で自前の職員を採用しているケースは少なく、その多くは市町村の出向に過ぎないし、国民と接する窓口も持っているわけでもない(保険料徴収は市町村の事務)。こうした組織が給付管理の責任を果たすことは事実上、困難と言わざるを得ない。

さらに、保険料の年金天引きなどについて、国民の批判と不満が高まったことで、後期高齢者医療制度は波乱の船出を強いられた。そこで、国は制度見直しの一環として、(1)後期高齢者医療制度の廃止、(2)国民健康保険の都道府県化、(3)両者を統合し、都道府県に制度運営を委ねる――という考えを示した。その後、「後期高齢者医療制度の廃止」を掲げた民主党が2009年、政権を取った後も、自民党政権時代の見直し案の骨格はほぼ踏襲されたが、負担増を恐れる全国知事会との調整が付かず、この案は沙汰止みとなった。つまり、後期高齢者医療制度の運営が難しくなった場合、国民健康保険との統合は十分に考えられる。
 
19 土佐和男編著(2008)『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』法研p34を参照。
20 坪井栄孝(2001)『我が医療革命論』東洋経済新報社p35を参照。
21 同上149ページを参照。
22 2003年3月12日『日本経済新聞』を参照。
23 2005年10月27日、経済財政諮問会議事録における総務相だった麻生太郎氏(後に首相)の発言を参照
24 2021年10月『医療と社会』Vol.31 No.2の厚生労働省官僚OBによる座談会での発言を参照。
3|都道府県への移行はどこまで可能か?
その後、2018年度制度改正を経て、国民健康保険の財政運営は都道府県に移譲されているため、当時と比べると、国民健康保険と統合するシナリオのハードルは低くなっている。

こうした点を意識しつつ、財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)が2022年5月に示した建議では、「都道府県を給付と負担の相互牽制関係のもとで両者の総合マネジメントを行う主体としていくため、後期高齢者医療制度においても、財政運営の主体を都道府県とすることを検討すべきである」と指摘した。この文言は医療行政における都道府県の権限強化も意識していると見られ、詳細は後半で述べる。

ただ、既存の仕組みを短期間で引っ繰り返すことは困難である。一例を挙げると、市町村と後期高齢者広域連合が一体的に高齢者の健康づくりに取り組む事業(いわゆる「一体化事業」)が2020年度からスタートしており、言わば後期高齢者医療制度の存続が前提となっている。さらに、都道府県の役割拡大については、負担を強いられる全国知事会の反対も予想される。

実際、医療保険部会の「議論の整理」では、「国民健康保険では、都道府県はまだ運営経験も浅く、市町村の意見を聞きながら制度運営を進めている状況。安定した制度運営のためにも、実態をよく理解して対応が必要」といった委員の意見を紹介しつつ、「地方公共団体の意見を十分に踏まえながら、議論・検討を深めるべき」とクギを刺している。

このため、後期高齢者医療制度の見直し論議に発展するかどうか、今回の制度改正による影響や自治体の反応などを見極める必要がある。

以上、主に医療保険制度改革について、内容や意味合い、今後の論点を考察した。以下、全世代社会保障法のうち、都道府県に絡む部分のうち、▽医療費適正化計画の見直し、▽健康保険組合や協会けんぽなどの保険者(保険制度の運営者)で構成する都道府県単位の「保険者協議会」の必置化、▽国民健康保険運営方針の見直し――の3つについて、制度を巡る過去の経緯や今回の改正内容、課題などを論じる。

10――医療費適正化計画の強化

10――医療費適正化計画の強化

1|医療費適正化計画とは
医療費適正化計画とは元々、2008年度改正で導入された仕組みであり、根拠となっている高確法では「国民の高齢期における適切な医療の確保を図る観点から、医療に要する費用の適正化を総合的かつ計画的に推進」するため、国が基本方針と医療費適正化に繋がる計画を策定すると規定されている。さらに同法では、国の基本方針を踏まえ、都道府県も医療費適正化計画を作ることが定められており、国と都道府県の第1計画は2008年度から開始した。その後、5年ごとに更新が重ねられ、2018年度からスタートした計画から年限が6年に変更された。

計画が重視しているのは平均在院日数の削減。都道府県別で見た医療費と平均在院日数が強い相関関係を示しているため、政府は医療費適正化計画の開始に際して、平均在院日数の全国平均と最短の都道府県の差を2015年度までに半分にする長期目標を示した。これを受けて、2008年度から始まった最初の国の医療費適正化計画では、2012年度の目標値として、全国平均の在院日数を32.2日から29.8日に短縮させる方針が盛り込まれた。これが実現すれば、最短の長野県(25.0日)との差は3分に2に短縮すると期待されていた。

さらに、平均在院日数を減らすための施策として(1)特定健康診査・保健指導、(2)医療提供体制改革――の2つが列挙された。このうち、(1)は40~64歳に義務付けられた健康診断と、これに基づく保健指導を指しており、国の目標では、前者の実施率を70%以上、後者の実施率を45%以上に引き上げることで、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の該当者や予備群を10%以上減らす方針が示された(以下、特定健康診査・保健指導を「メタボ健診」の通称で統一)。

一方、(2)の医療提供体制改革では、「介護型療養病床」を21万床減らす目標が盛り込まれた。ここで言う介護型療養病床とは、高齢者の長期療養を前提とした介護保険制度のサービス類型であり、1973年の老人医療費無料化の後に急増した老人病院の系譜の一つに位置付けられる。

その後、2000年度の介護保険制度の創設に際して、該当する医療機関は介護保険の適用を受けるか、引き続き医療保険から給付を受けるか、選択する仕組みが導入されていたが、2005年に決着した医療制度改革(法改正は2006年)では、介護保険の適用を選んでいた介護型療養病床を2011年までに全廃する方針が一旦、盛り込まれた。

(2024年07月17日「ニッセイ基礎研所報」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    ・関東学院大学法学部非常勤講師

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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