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中国における過剰生産能力問題の過去・現在・未来-「電気自動車」の次は「空飛ぶクルマ」が貿易摩擦の火種に?

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介
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1――過去:過剰生産能力問題は2回発生。国内問題のみならず国際問題としての性格も帯びるように

当時、生産能力が過剰となり解消に向かったプロセスには、その時々の個別の事情もあるが、概ね共通するパターンがみられる。すなわち、党や中央政府による大方針などによってある製品の需要が急成長すると2、各地方政府がその機会を逃すまいとして一斉に補助金支給等を通じた投資促進に乗り出し、生産能力が急拡大する。地方政府幹部が、業績評価を意識して経済や雇用の拡大などで短期的な成果をあげようとするためだ。その後、外的ショックによる需要減退等をきっかけに過剰感が強まると、市場での競争原理に加え、中央政府が介入するようになり、調整が進む。

1 このほか、1980年代と2000年代初頭に、それぞれ、家電産業、鉄鋼やセメント等の素材産業で部分的に過剰生産能力が問題になったとの指摘もある(鐘(2024)、羅(2024))。
2 例えば、第1の局面では、1992年の南巡講話を受けた市場経済化の加速に伴い消費市場が急拡大した。第2の局面では、2008年の世界金融危機に対応するために実施された4兆元の景気対策により、インフラや不動産建設が盛んになり、鉄鋼やセメント等の資材需要が急増した。
2――現在:自国の発展に不可欠な産業における過剰。中国は欧米諸国からの非難に対して反論


このため、今回の過剰生産能力問題に対しては、あくまで「国内問題」として必要な対策がとられると考えられる。十把一絡げに生産能力を削減するのではなく、立ち遅れた設備の淘汰に重点が置かれるだろう5。実際、24年の重点政策として打ち出されている設備更新促進策においては、エネルギー消費や汚染物質の排出、安全などを基準に満たない設備の淘汰を厳格に実施する方針が示されている。生産拠点を海外に移す動きも散見され、過剰生産能力の問題は国内的には徐々に解消していくかもしれないが、淘汰が進むのは、質が低い製品やそのメーカーとなるだろう。欧米に供給される製品は、相対的に付加価値が高いものであるとみられ、「国際問題」としての過剰生産能力は、貿易摩擦の争点として今しばらく燻ぶり続けることが予想される。
3 2024年4月に開催された中央政治局会議で経済政策が議論された際には、過剰生産能力に関する言及がなされなかった。欧米からの批判の高まりを意識し、文言を削除したのかもしれない。
4 具体的に含まれる産業については、図表5参照。
5 鉄鋼のように同質性が比較的高いものではなく、メーカーによる差異が大きいという製品特性の違いも、一律的な淘汰がそぐわない要因だろう(丸川(2024))。
3――未来:新たな産業で再び過剰生産能力が問題になる可能性あり。経済安全保障の観点でも火種に
すこし気が早いが、将来的に第4の局面は訪れるだろうか。これは、地方政府の行動パターンが改まるかによる。習総書記は、2024年5月に開催された企業家等との座談会の場において「勢いだけで大雑把なまま、準備もなく盲目的に一斉に始めて、一斉に終わるのではだめで、各地の事情に応じ適切な策を打ち、各地がそれぞれの強みを有する必要がある」と述べ、地方政府がこれまでの行動パターンを改める必要性を強調しているものの、上述の地方政府幹部の評価体系や国政運営における経済成長実現の必要性など、根深い問題が背景にあることを踏まえると、そう簡単には改まらないだろう。
そのときに生産能力が急拡大する製品はなにか。その手がかりとなるのは、現在打ち出されている政策だ。今回問題視されているEVなどの製品は、過去を遡れば10年以上前から政府により振興策が打ち出されていた6。その後、その是非はともかく、様々な支援を通じて技術開発やサプライチェーン構築などに長い時間をかけて布石を打ってきた結果、現在の競争力を獲得するに至っている。
今後重点が置かれるであろう政策のキーワードは、23年の中央経済工作会議で提起された「新質生産力」だ。その中身はまだ体系立てて示されてはいないものの、習氏の発言によれば、「(新質生産力は)イノベーションが主導的役割を果たすもので、従来的な経済成長の方式や生産力発展の経路から脱却し、高い技術・効果・クオリティという特徴を有する」7とされている。産業構造の転換や生産性の向上などを進めるうえでのスローガンと捉えてよいだろう。
具体的な産業や技術等についてもまだ具体化されているわけではないが、24年3月に開催された全国人民代表大会における政府活動報告では、「戦略性新興産業」として、新エネルギー車や新興水素、新材料、革新的医薬品、バイオマニュファクチャリング、商業宇宙飛行、低空経済、また、「未来産業」として、量子や生命科学といった産業や技術が挙げられている(図表5)。これらの多くは、21年に発表された第14次五カ年計画で既に列挙されていたが、「新質生産力」発展のスローガンを契機に、産業支援の機運が高まる可能性が高い。政府系ファンドによる投資や補助金支給などを通じ、技術開発の強化やサプライチェーンの構築、市場の創出など様々な策が講じられるだろう。また、24年の各地方政府における政府活動報告では、上述のような産業の育成を強化する考えが示されており(図表6)、地方間での競争が激しくなることも予想される。その過程では、非効率な生産能力の拡張など様々な歪が生じるかもしれないが、着実に生産力が向上する可能性がある。
6 具体的な政策の推移は、真家(2022)参照。
7 「习近平 发展新质生产力是推动高质量发展的内在要求和重要着力点」(『求是网』2024年5月31日、http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2024-05/31/c_1130154174.htm)
8 「中国イーハン、『空飛ぶクルマ』の量産許可を取得」(『日本経済新聞』2024年4月8日)。
(2024年06月17日「研究員の眼」)

03-3512-1787
- 【職歴】
・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
・2009年:同 アジア調査部中国室
(2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
・2020年:同 人事部
・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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