2024年03月06日

中国で全人代が開催~2024年の成長率目標は「+5%前後」に設定

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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1――今年の経済政策の主なポイント

2024年3月5日、中国で年に1度の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開催された。李強首相による政府活動報告で示された今年の経済政策の主なポイントは以下の通りだ1。また、数値目標は図表の通りとされた。
図表 全人代で示された主な今年の数値目標と昨年の目標・実績
 
1 筆者による抄訳。
(政策の方向感)
・穏中求進(安定の中で発展を求める)、以進促穏(進めることで安定を促す)、先立後破(先に立て後に壊す)を堅持する。
 
(成長率目標)
・「+5%前後」とする。
-雇用促進・所得増加やリスクの防止・解消等の必要を考慮したもので、第14次五カ年計画と(社会主義)現代化の基本的な実現の目標に見合った水準である。また、経済成長のポテンシャルや支えとなる条件も考慮し、達成に向けて積極的に努力し、奮起して達成するという要求を体現したものである。

(財政・金融政策)
・財政:積極的な財政政策を適度に強化し、質の向上と効果の増大をはかる。
-財政赤字の計画はGDP比3%の4.06兆元とする。歳入増や(予算安定調節基金等からの)繰入資金を含め、歳出は前年比1.1兆元増の28.5兆元とする。地方政府専項債券は、前年比1,000億元増の3.9兆元の発行を予定する。強国建設や民族復興のプロセスにおける重大プロジェクトの実施に関する資金の問題を体系的に解決するため、今年から複数年度連続で超長期特別国債の発行を計画する。専ら国家の重大戦略の実施や重点領域における安全能力の建設に用いることとし、今年はまず1兆元を発行する。

・金融:穏健な金融政策を柔軟かつ適度に、的確かつ有効に実施する。
-流動性は合理的で十分な水準を維持し、社会融資規模・通貨供給量は経済成長率および物価の目標と見合ったものとする。総量と構造の二重の調整を強化し、ストックの有効活用と効果・効率の向上を図る。社会の総合的な融資コストの安定的な低下を促すとともに、金融政策の伝達メカニズムを円滑なものとして資金の滞留・空転を避ける。資本市場の内在的な安定を強化する。人民元は合理的で均衡のとれた水準で基本的な安定を維持する。
 
(リスクへの対応)
・質の高い発展により高水準の安全を促進し、高水準の安全により質の高い発展を保障することを堅持し、不動産、地方債務、中小金融機関等のリスクについて、表面に表れている問題とその根源的要因をともに正すことで、経済・金融の大局の安定を維持する。
-不動産:不動産政策を最適化し、様々な所有制の不動産企業の合理的な融資ニーズに対して平等に支援を提供し、不動産市場の安定的で健全な発展を促進する。新型都市化の発展のトレンドや不動産市場の需給関係の変化に対応し、不動産市場の発展の新しいモデル構築を加速させる。

-地方債務:地方の債務リスク解消と安定的発展を首尾よく統合し、包括的な債務解消プランの実施を一層進めることで、既存債務リスクを適切に解消するとともに新たな債務リスクの増加を厳しくコントロールする。質の高い発展に対応した政府債務の管理メカニズムを構築し、全体をカバーする地方債務モニタリング・監督管理システムの整備、地方政府融資平台の転換の選別的推進を行う。

-中小金融機関:一部の地方における中小金融機関のリスク処理を穏当に推進する。金融監督管理体制を健全化し、金融リスクの防止・コントロール能力を高める。

2――評価:市場予想を上回るサプライズはみられず。今後の政策運営のあり方がポイントに

成長率目標や財政・金融政策の方針など、概ね巷間の予想と同様であり、サプライズとなるような内容はみられなかった。

「+5%前後」の成長率目標は、前年から据え置きとなった。李首相が述べたように、「目標の実現は決して容易ではない」ものの、先行きに対するマインドを上向かせるため、高めの目標を掲げたものとみられる。デレバレッジなど痛みを伴う改革はいったん棚上げとし、経済の加速に重点を置いた経済運営が進められる見込みだ。実際の成長率は、2023年実績の+5.2%から+4%台に低下するとの見通しがコンセンサスだが、23年については、ゼロコロナ政策の反動で成長率が+3%まで低下した22年との2年平均でみれば+4.1%となるため、この水準を下回らなければ、24年は実勢として回復に向かっていると評価してよいだろう。また、財政赤字の計画から想定される名目GDP成長率は+7.4%であり、名目成長率が実質成長率を下回りデフレ懸念が高まった23年の状況は改善することを想定しているようだ。この水準通りとならずとも、GDPデフレータが前年比でプラスに転じれば、体感としての回復感も強まってくると考えられる。

財政・金融政策のスタンスについては、23年12月に開催された中央経済工作会議で発表された内容が踏襲された。需要不足が続く中で期待される財政政策の規模に関しては、財政赤字のGDP比が23年の当初予算と同じ3%とされた。また、24年から複数年度にわたり「超長期特別国債」を発行する方針が公表され、24年については「まず1兆元を発行する」とされた。超長期特別国債の発行は、過去に類をみない目新しい施策ではあるものの、地方専項債などその他の財源を含め、財政政策の全体的な規模は2023年と概ね同程度になるとみられる。真水としての規模は現時点で定かではないが、23年の補正予算で計上され発行が進められている特別国債と24年から発行される超長期特別国債は、少なからず公共投資に投じられるとみられ2、24年にその効果が顕現することが期待される。もっとも、これまでの公共事業で主要な財源であった融資平台の資金や土地使用権収入は、不動産不況や後述の地方政府債務リスクの抑止によって下押しされるため、公共投資全体の伸びが高まる可能性は低いとみている。公共投資以外の政策としては、産業育成・競争力強化や、耐久消費財の買い替えや設備更新の促進に向けた具体策(減税や補助金、金融支援等)が今後打ち出される可能性がある3

不動産や地方政府債務など、リスクへの対応方針も、これまでに発表された方針を踏襲した内容となっている。不動産に関しては、民営デベロッパーを念頭においた金融機関による資金繰り支援が当面のリスク防止策として挙げられているが、それだけで不安定さを払拭できるかは不透明であり、不動産リスクは引き続き燻ぶることになりそうだ。地方政府債務に関しては、地方政府への付け替えや金融機関によるつなぎ融資などを続け、当面のリスク防止を図るものとみられる。地方債管理の制度としては「全体をカバーする地方債務モニタリング・監督管理システムの整備」が提起された。中長期的観点で地方債務リスクを展望するうえで、具体的にどのような制度が構築されるのか、注目に値する。参考となり得るのは日本の事例だ。日本では、バブル崩壊後に悪化した地方財政の健全化を図るため、2007年に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」が公布され、第3セクターの債務なども考慮した地方財政のモニタリングが始まった。これと同様のコンセプトの制度構築が進むのかもしれない。

以上を総じて、不動産市場の安定化策が不透明な点を除けば、当面の景気の安定と中長期の構造的課題のバランスを踏まえた現実的な策が打ち出されていると評価できる。これら政策の効果を十分なものとするうえでは、複雑に関係する個別の政策をうまくコーディネートするとともに、情勢の変化に応じた柔軟な対応がとれるのか等、政策運営のあり方がポイントとなるだろう。習総書記を中心とする党に意思決定の権限が移るなか、トップダウンによるスピード感ある意思決定がなされるのか、あるいは体制の硬直化や政策形成・実施プロセスの複雑化などが有効かつ円滑な政策運営を妨げるのか、今後の運営について観察を続ける必要がある。

なお、23年に大きく落ち込み注目された外資企業の対中直接投資に関しては、ネガティブリストを引き続き縮小する等、外資参入を促進する方針が示された。もっとも、近年懸念が高まっている改正反スパイ法を巡り、前日に開催された全人代スポークスマンの記者会見では、改正の趣旨が外国からは誤解されているとの考えが強調される等、外資企業の懸念と中国当局との認識との間の隔たりがまだ埋まっていないことが示唆された。中国政府は23年から外資企業とのコミュニケーションの場を拡充しているが、この問題に関する企業側の懸念が十分に当局側に理解、認識され、具体的な着地点が見出されるかについては、依然不透明な状況が続きそうだ。
 
2 23年末から発行されている特別国債は、防災・減災関連インフラなどに用いられるとされている。24年から発行される超長期特別国債の具体的な用途は現時点では不透明だが、産業の高度化や新型インフラ、安全保障に関するインフラ(食糧、水運、資源備蓄、ネットワーク・データセンター等)などに用いられる可能性がある。
3 例えば、24年予算案では、「産業基盤の再構築や製造業の質の高い発展」に向けた予算措置や、集積回路や次世代情報技術産業の発展に向けた産業投資基金の機能最適化、基礎研究に対する予算の拡大のほか、「消費を奨励、誘導する財政・税制について検討する」方針などが示されている。消費財の買い替えや設備更新の促進は、2月23日に開催された中央財経委員会でもアジェンダとして挙がっており、今後具体策の検討が進むと予想される。
 
 

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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2024年03月06日「経済・金融フラッシュ」)

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