2024年06月12日

2024年度トリプル改定を読み解く(上)-物価上昇で賃上げ対応が論点に、訪問介護は不可解な引き下げ

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|生活習慣病関係の報酬見直し
第3に、生活習慣病の報酬見直しに関わる部分である。図表1で示した通り、▲0.25%の改定率を確保するため、診療所の生活習慣病対策を中心に報酬体系が見直された。これは診療所の報酬カットを主張していた財務省の意見が部分的に反映された形であり、言わば財務省が予算決着時の大臣合意で、本体プラス改定を呑む際、厚生労働省に約束させた歳出改革という側面を持っていた。

実際、厚生労働省幹部は見直しに至った経緯について、「(筆者注:▲0.25%が求められた診療報酬改定の決着を受けて)我々もいよいよやらなければいけない環境になり、検討を具体化させました」29、「(筆者注:▲0.25%は)『非常に厳しい数字だな。非常に難しい宿題をいただいた』というふうに思いました。ただ、『示された以上、何とかしなければいけない』ということです。その際に、単に適正化するのではなく、何らかの質の向上につながる工夫を行いたいと考えました」と認めている30

見直しは「特定疾患療養管理科」「生活習慣病管理科」を中心に実施された。このうち、前者の特定疾患療養管理科とは、生活習慣病など厚生労働相が定める疾患を主病とする患者について、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」が計画的に療養を管理した場合に受け取れる項目。

その淵源は1958年の「慢性疾患指導料」に遡り、制度改正と名称変更を経て、2006年度診療報酬改定から現在の仕組みになった。点数は診療所の場合で225点、100床未満の病院で147点、100床以上200床未満の病院で87点と設定されている。

2024年度改定では、脂質異常症、高血圧、糖尿病が対象から除外されたほか、アナフィラキシー、ギラン・バレー症候群が追加された。中でも、後述する通り、脂質異常症、高血圧、糖尿病が対象から外れたことがポイントである。

一方、後者の生活習慣病管理料は栄養、運動、休養、喫煙、飲酒、服薬など生活習慣に関する総合的な治療管理を評価する項目であり、「生活習慣病管理科(I)」「生活習慣病管理科(II)」の2つに細分化された。具体的には、(I)の点数が40点ずつ引き上げられ、脂質異常症が570点から610点に、高血圧症が620点から660点に、糖尿病が720点から760点に変わった。

さらに、生活習慣病管理科(I)の要件も細かく定められた。元々、それまでの生活習慣病管理科では、患者に療養計画書を丁寧に説明して患者の同意を得るとともに、計画書に患者の署名を受けることが義務付けられていたが、手続きが部分的に簡素化された。

このほか、▽患者の状態に応じ、28日以上の長期の投薬、またはリフィル処方箋(一定程度の条件で繰り返し使える処方箋)を交付できることを掲示し、患者の求めに応じて対応する、▽診療ガイドラインなどを参考に疾病管理を実施する、▽歯科医師、薬剤師、看護師、管理栄養士などの多職種と連携することを望ましい要件とする、▽1カ月に1回以上、総合的な治療管理を実施する要件を廃止――といった変更も加えられた。

療養計画書に関しては、2025年度から始まる「電子カルテ情報共有サービス」を活用する場合、血液検査項目の記載が不要とされた。ここで言う電子カルテ情報共有サービスとは、紹介を受けた医療機関が紹介元の医療機関からの文書を取得できるようにするシステムを指す。

一方、細分化された生活習慣病管理料(II)の点数は333点に設定されるとともに、月1回に限って算定可能とされた。こちらは特定疾患療養管理料の対象から外れた脂質異常症、高血圧、糖尿病の「受け皿」の側面を持っており、生活習慣病管理料(Ⅰ)と同様に、療養計画に対する患者の同意と署名が要件とされた。検査や処置などに関しては、行為ごとに点数を付ける出来高払いが採用された。

このほか、一定程度の処置や検査などを伴わないケースで、計画的な医学管理を実施した際に算定できる「外来管理加算」などは併行して算定できないとされた。

これらの見直しの主な内容のイメージは図表4の通りである。つまり、従来の生活習慣病管理料と比べると、療養計画書の書式が簡素化されるなど要件が見直されており、日医サイドは「以前より算定しやすくなったはずだ」と説明している31が、生活習慣病に関する加算が整理されるとともに、診療ガイドラインをベースとした疾病管理が義務付けられるなど、要件が一部で厳格化された形だ。この狙いについて、厚生労働省幹部は「生活習慣病管理の質がなるべく上がっていくようなメッセージを出せるよう工夫した」と説明している32
図表4:生活習慣病関係の加算見通しのイメージ
さらに、生活習慣病管理料(II)に関しては、パソコンなどを通じて自宅で医師の診察や薬の処方を受けられるオンライン診療が認められる要件(ただし点数は290点に減る)とか、日医の反対を押し切って2022年度診療報酬改定で導入されたリフィル処方箋の活用も意識されている点で、給付を効率化する狙いが込められている。

生活習慣病に関わる処方に関しても見直しが実施された。先に触れた特定疾患療養管理料と同様、生活習慣病に関わる処方を評価する「特定疾患処方管理加算」の対象疾患から糖尿病、脂質異常症、高血圧が除外された。

さらに、同加算は対象疾患などに応じて2種類に分かれていたが、「特定疾患処方管理加算1」(18点、28日未満の処方、月2回)が廃止された。残る「特定疾患処方管理加算2」(66点、28日以上の処方、月1回)の点数が55点に引き下げられた上で、リフィル処方箋を発行したケースでも算定可能とされた。
 
29 2024年3月6日『m3.com』配信記事における厚生労働省医療課長の眞鍋氏に対するインタビューを参照。
30 2024年5月1日『週刊社会保障』No.2926における厚生労働省医療課長の眞鍋氏に対するインタビューを参照。
31 『日経ヘルスケア』2024年5月号における日医常任理事の長島氏に対するインタビューを参照。
32 2024年2月6日『m3.com』配信記事における厚生労働省医療課長の眞鍋氏に対するインタビューを参照。
5|生活習慣病関係の報酬見直しの影響
こうした見直しについては、診療所向け報酬カットを求める財務省の意見に加えて、中医協における支払側の意見も反映された面がある。具体的には、健保連の幹部は2023年10月の専門誌で、「計画的な医学管理をどの診療報酬項目で評価すべきかを体系的に整理する時期に来ています」と述べていた33。このため、今回の見直しについて、健保連は「我々としてずっと問題視してきた内容です。歴史的な経緯や併算定の状況など、全部をつまびらかにした成果でもある」と評価している34

厚生労働省幹部も「中医協の議論の中で、生活習慣病関連の診療報酬について、特に特定疾患療養管理料、生活習慣病管理料と外来管理加算について、初再診料を含めて関係を整理してほしいという1号側(筆者注:支払側を指す)からの強い意見がありました。我々としてはその意見も踏まえて、何ができるかを考えていました」と説明。その上で、「単に効率化・適正化するのではなく、医療分野で積み上がってきているエビデンスも取り込んで、診療の質が上がる工夫をしたいと考えた」としている35

逆に言うと、こうした見直しには財政当局や支払側の意向が強く反映されている分、診療団体から「非常に影響の大きい改定」36という評価が出ている。実際、厚生労働省の資料37によると、特定疾患療養管理料の算定する際に主傷病(複数記載を含む)として記載されていた割合は高血圧57.7%、脂質異常症23.9%、糖尿病16.2%であり、3疾患が除外されることが医療機関の経営に及ぼす影響は大きいとみられる。

ただ、健保連は「今こうした管理料がありますが、かかりつけ医に対してどういう報酬を支払うのかはまだまとめきれていないところがあり、現在は報酬の名称がかかりつけ医機能にはつながりにくいものが多く、患者が全然知らない間に算定されている面があります」としており、一層の報酬見直しを要求している38

さらに、2023年通常国会で成立した改正医療法に基づき、かかりつけ医機能を強化するための制度化論議39も進んでおり、2026年度診療報酬改定に影響を及ぼす可能性がある。具体的には、健康管理とか、外来対応など、かかりつけ医機能を強化する過程で、生活習慣病の加算額が変更されたり、報酬の要件が厳格化されたりする可能性が想定される。

実際、機能強化の論議を意識しつつ、健保連は今回の見直しについて、かかりつけ医機能の制度整備に向けた「前段階」と位置付けた40上で、「かかりつけ医として加算などの意味合いについて患者に説明できなければいけない。(略)今後、患者がかかりつけ医を選んで診療を受ける時代がやって来る。その時、医療機関はこうした加算などについても患者が説明する必要がある」41として、一層の見直しに期待感を示している。

これに対し、診療側からも「次回改定に向けて同じような議論が起きる可能性は当然あるだろうと思います。日本医師会としてはそれぞれの点数に意味と意義があることをご理解いただくために、繰り返し主張していきます」42、「残念ながら次期改定では、特定疾患療養管理料そのものを見直すような議論に発展する可能性も否定はできません」43との声が漏れている。以上のように考えると、生活習慣病の報酬見直しは2026年度改定でも引き続き争点になりそうだ。
 
33 2023年10月23日『週刊社会保障』No.3240における健保連理事の松本氏に対するインタビューを参照。
34 2024年4月24日『m3.com』配信記事における健保連理事の松本氏に対するインタビューを参照。
35 2024年3月6日『m3.com』配信記事における厚生労働省医療課長の眞鍋氏に対するインタビューを参照。
36 2024年3月25日『m3.com』配信記事における日本医療法人協会副会長の太田氏に対するインタビューを参照。
37 2023年11月10日、中医協資料を参照。
38 2024年4月24日『m3.com』配信記事における健保連理事の松本氏に対するインタビューを参照。
39 ここでは詳しく触れないが、2023年通常国会で創設が決まった新制度では、入退院支援や介護との連携など、かかりつけ医が地域で果たしている機能を可視化し、自治体や地域の医師会が協議しつつ、機能を充足することが想定されている。現在、厚生労働省の審議会で詳細な議論が進んでおり、2025年度からスタートする見通し。元々、かかりつけ医の位置付けや定義が曖昧だったことが新型コロナウイルス禍で浮き彫りになり、その機能強化を巡って財務省、日医、健保連などが激しい攻防を繰り広げた。法改正の内容や検討経過に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
40 2024年6月1日『社会保険旬報』No.2929における健保連理事の松本氏に対するインタビューを参照。
41 『日経ヘルスケア』2024年5月号における健保連理事の松本氏に対するインタビューを参照。
42 2024年5月9日『m3.com』配信記事における日医常任理事の長島氏に対するインタビューを参照。
43 2024年3月25日『m3.com』配信記事における日本医療法人協会副会長の太田氏に対するインタビューを参照。

5――介護・障害福祉の報酬改定に対する評価

5――介護・障害福祉の報酬改定に対する評価

1|改定率に対する評価
次に、トリプル改定のうち、介護報酬と障害福祉サービス報酬の改定率を見ると、図表2の通り、いずれも改定率は診療報酬本体を上回った。中でも介護については、医療と介護の連携が強く意識されるようになった2012年度以降の改定率と比べると、初めて介護報酬の改定率が診療報酬本体を上回った。このため、改定率だけで見ると、人手不足が顕著な介護や障害福祉に財源が振り向けられた形だ。
2|処遇改善加算の簡素化
さらに、処遇改善加算の簡素化も意識された。元々、処遇改善加算は「例外的かつ経過的」という位置付けの下、2012年度からスタートし、3年に一度の報酬改定とか、消費増税などのタイミングに合わせて、段階的に変更または拡充されてきた44

直近では、岸田首相が就任の際、「(筆者注:分配戦略の一つの柱は)看護、介護、保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていくことです。新型コロナ、そして、少子高齢化への対応の最前線にいる皆さんの収入を増やしていきます」と述べた45ことで、月額4,000円の引き上げに必要な財源が全額国費(国の税金)で計上され、2022年10月以降は介護報酬に組み込まれた。こうした累次の対策を通じて、月額で計10万円程度の給与改善が図られた。

しかし、パッチワーク的に制度改正が積み上げられた結果、3種類の加算ごとに6通りの取得パターンが生まれ、実に計18通りの細分化された区分が現場の事務負担になっていた。このため、介護コンサルタントや行政書士などのセミナーでは、処遇改善加算の取得アドバイスが主要なテーマになっていたほどである。やや皮肉を込めて言うと、建て増しを続けた老舗の温泉旅館(新館の1階が旧館の3階に繋がっているような建物という意味)のように制度が複雑になっていた。

そこで、2024年度介護報酬改定では体系が簡素化された。厚生労働省が示していたイメージは図表5の通りである。ここで示されている通り、18通りの取得パターンが4パターンに減るだけでなく、職場環境改善などの取り組みが進んでいる事業所に関しては、加算率が底上げされることで、上位区分への移行が期待されていた。
図表5:2024年度改定で見直された処遇改善加算のイメージ
 
44 淵源は2009年度第1次補正予算で創設された「介護職員処遇改善交付金」に遡る。この時、約4,000億円の国費(国の税金)で給与が引き上げられたが、3年の期限が切れたため、2012年度改定で介護報酬に組み込まれた。
45 2021年10月8日、第205国会衆院本会議における所信表明演説を参照。

(2024年06月12日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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