2024年05月27日

スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Act

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

3|標準設定等に係る措置
各指定事業者は規則に定めるところにより、以下の措置を講じなければならない(12条)。

(1) 基本動作ソフトウェアの指定事業者(同条1号)
1) 基本動作ソフトウェアに係る標準設定について、スマートフォン利用者が簡単な操作により標準設定を変更することができるようにするために必要な措置。

2) 個別ソフトウェアのうち、政令で定めるものについて複数の個別ソフトウェアについての選択肢が表示されるようにすること等スマートフォンの利用者の選択に資する措置。

3) 指定事業者が提供する個別ソフトウェアについて、スマートフォンに追加で組み込む場合において、スマートフォンの利用者の同意を得るために必要な措置。

4) 指定事業者が提供する個別ソフトウェアについて、スマートフォンの利用者が簡単な操作によってスマートフォンから消去できるようにするために必要な措置。

(2) ブラウザの指定事業者(同条2号)
1) ブラウザの標準設定において、特定の役務(サービス)が自動的に選択できる場合において、スマートフォンの利用者が簡単な操作により標準設定を変更することができるようにする措置。

2) 特に選択が必要として政令に定める標準設定に係る役務について、複数の役務について選択肢が表示されるようにすること等のスマートフォンの利用者の選択に資する措置。

(解説)12条がモデルにしていると考えられるDMA6条3項は以下の通りである。
 

OS 上のソフトウェアアプリを技術的に削除可能とすべきであり、エンドユーザーが容易に削除できるようにすべきである。ただし、OS が機能するために必要であり、第三者アプリでは対応できない場合を除く。また、GK は OS 初期設定、特にオンライン検索エンジン、バーチャルアシスタント、ウェブブラウザ(以下、検索エンジン等)といった機能であって GK が提供するサービスを利用するように仕向ける設定について、変更することを容認し、かつ技術的に容易に変更できるようにすべきである。このことにはデフォルトで設定されている検索エンジン等をエンドユーザーが最初に利用する際に、主要な検索エンジン等サービスのリストやデフォルトで設定されているもののうちから選択できるように促進(prompt)することが含まれる。

12条1号に関してだが、スマートフォン購入時にはブラウザ(iOSはSafari、Android端末はChrome)、検索エンジン(iOS、Android端末ともにGoogle検索)がデフォルトで設定されている。利用者には現状維持バイアスがかかる等の事情から、これらを競合するソフトウェアに変更することが阻害され、競争の可能性が減少する。本条では、このような場合において積極的にソフトウェアの選択肢を表示するなど、デフォルト設定を容易に変更できるようにすることを求めている。また、スマートフォンへのソフトウェア追加に関する同意を取得すること、プレインストールされたアプリを容易に消去できるようにすることなどを求めている。

同条2項に関してだが、典型的にはブラウザにデフォルト設定されている検索エンジンの選択に係るものである。現在、iPhoneのsafariもAndroid端末のChromeも、Google検索がデフォルトで選択されている11。これを容易に変更できるようにするというのが同条2項の内容である。
 
11 競争評価p125、p126参照。
4|特定ソフトウェアの仕様等の変更等に係る措置
指定事業者が利用に係る条件の設定・変更・利用の拒絶をするときは、各号に定める事業者がその措置に円滑に対応するための期間の確保、情報の開示、必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければならない(13条)

(1) 基本動作ソフトウェアにかかる指定事業者の場合、その基本動作ソフトウェアを利用するアプリ事業者及びウェブサイト事業者(同条1号)。

(2) アプリストアにかかる指定事業者の場合、そのアプリストアを利用する個別アプリ事業者(同条2号)。

(3) ブラウザに係る指定事業者の場合、そのブラウザにより表示されるウェブページを提示するウェブサイト事業者(同条3号)。

(解説)DMAには該当規定はない。本条に関して、たとえばアプリは基本動作ソフトウェアやアプリストアの規格に則って開発されている。ところが基本動作ソフトウェア等は常時アップデートされていて、アプリ事業者はアップデートされた規格にあわせないといけない。ところで、AppleやGoogleといった基本動作ソフトウェア等を保有している指定事業者のアプリは十分な開発期間を確保することができるのに対して、指定事業者以外のアプリ開発者では急に仕様変更に対応できないことがある12。13条はこのような事情に対応する規定である。
 
12 競争評価p41~p56参照。

6――指定事業者による報告書の提出等

6――指定事業者による報告書の提出等

指定事業者は毎年度、規則の定めるところにより、以下の事項を記載した報告書を作成し、公取委に提出する(14条1項)

(1) 指定事業者の事業の概要に関する事項
(2) 5条~13条に規定を遵守するために講じた措置に関する事項
(3) (1)(2)のほか、この法律の規定の遵守の状況の確認のために必要な事項

公取委は、事業者の秘密を除いて、前項の報告書を公表しなければならない(2項)

(解説)14条は指定事業者の定例報告について定める。DMAでは指定後6カ月後までに義務遵守のために実施した方策について報告書を提出し(DMA11条)、毎年度、独立監査済み報告書を提出しなければならない(DMA14条3項)。

7――違反に対する措置等

7――違反に対する措置等

1|調査等
何人も本法案に違反する事実があると思料するときは公取委に事実を報告し、適切な措置を取るべきことを求めることができる(15条1項)。この申し出があった場合は、公取委は必要な措置を講ずることとされ(同条3項)、1項の申し出が書面をもってなされたときは、適切な措置を取るかどうかについて申出人に通知する(同条4項)。

公取委は15条による調査を行うため、1) 関係人や参考人に対する聴取、2) 鑑定人による鑑定、3) 帳簿書類等の提出を求めること、4) 関係人の営業所への立ち入り・物件の調査といった処分を行うことができる(16条1項)。

公取委は必要な調査を行った場合には、その要旨を報告書に記載し、かつ16条1項の処分を行った場合には処分した年月日およびその結果を明らかにしておかなければならない(同条4項)。

なお、解説はまとめて本項の終わりに記載している。
2|排除措置命令等
5条~9条(禁止行為)の規定違反があるときは、公取委は指定事業者に対して、行為の差止、事業の一部の譲渡その他の違反行為を排除するために必要な措置を命ずることができる(18条1項)。なお、過去の行為であっても、既にそのような行為が行われていないことを周知する措置等必要な措置を命ずることができる(同条2項)。
3|課徴金納付命令
7条1項、2項(基本動作ソフトウェアに係る指定事業者の禁止行為)および8条1項、2項(アプリストアに係る指定事業者の禁止行為)に違反する行為(以下、本項において違反行為)をしたときは、違反行為が継続した期間における、指定事業者が政令で定めるところにより算定した違反指定事業者(子会社を含む)の違反行為に係る商品・役務の売上高の20%を国庫に課徴金として納付すべきことを命じなければならない(19条1項柱書)。違反行為が継続した期間とは違反行為をした日が調査開始日より遡って10年以内の場合は、その日から違反行為がなくなったときまで、それ以外の場合は10年前から違反行為がなくなったときまでである(19条1項1号、2号)。

また、この20%という率は、遡って10年以内に違反事業者又は完全子会社が課徴金納付命令を受けていたときなどには30%に増額される。
4|その他の処分
その他、確約手続(22条~25条)、既往の行為(すでになくなっている違反行為)に対する確約手続(26条~29条)、公取委の勧告・命令権(30条)などが定められている。
 
(解説)15条と同様DMA27条も利用者(事業者を含む)が違反行為を申し出る権利を認めている。また、16条と同様に、DMAでは欧州委員会が市場調査権限(DMA18条1項前段、19条)、GKに対する検査権限(DMA20条)を実施することができる。その他、排除措置命令(DMA18条1項後段)、確約計画(DMA25条)、課徴金納付命令(DMA26条)は本法案とDMAとで同様の規定がある。なお、DAMの制裁金(課徴金)は原則として前年度世界売り上げの10%を上限とすることとなっている。19条は売上高他の20%と高率だが、売上高が日本のものに限られるので、規律としておかしいとは言えないだろう。

8――差止請求、損害賠償等

8――差止請求、損害賠償等

1|差止請求権、賠償責任
(1) 5条~9条(指定事業者の禁止行為)違反行為によってその利益を侵害され、または侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、またはそのおそれがあるときは、指定事業者に侵害の停止・予防を請求することができる(32条1項)。

(2) 5条~9条(指定事業者の禁止行為)違反行為を行った指定事業者は被害者に対して、損害賠償の責任を負う(32条1項)。公取委による排除措置命令または課徴金納付命令が確定した場合においては、無過失責任となる(同条2項3項)。

なお、前項同様に解説はまとめて本項の終わりに記載している。
2|公取委との連携、書類の提出等
(1) 裁判所は上記1|(1)の訴えが提起されたときは、その旨を公取委に通知する(34条1項)。この場合、公取委は裁判所に対して意見を述べる手続が定められている(同条2項3項)。

(2) 裁判所は上記1|(1)の訴訟においては一方当事者からの申立てにより、他の当事者の保有する侵害行為を立証するために必要な書類または電磁的記録の提出を命ずることができる。ただし、提出を拒むことに正当理由がある場合にはこの限りではない(35条1項)。なお、正当な理由があるかどうかについて裁判所が判断するための手続が定められている(35条2項3項)。

(3) 裁判資料に営業秘密が含まれていることの疎明(=一応の証明)があった場合には、原則として裁判の目的外利用を禁止し、かつ命令を受けた者以外に開示してはならない旨を命ずることができる(36条1項)。
3|緊急停止命令
裁判所は緊急の必要があると認めるときは、公取委の申立てにより、5条~9条(指定事業者の禁止行為)の規定に違反している疑いのある行為をしている者に対し、その行為を一時停止すべきことを命ずることができる(40条1項)。緊急停止命令については裁判所の定める保証金等を供託して、その執行を免れることができる。
 
(解説)32条の個人の訴権および無過失責任についてはDMAには見当たらない。他方、34条に述べる裁判所と公取委の連携に関連して、DMAでは裁判所を含む各種機関が欧州委員会と連携すべき旨がDMA37条、39条に規定されている。緊急停止命令については、DMA24条(中間的措置)13で措置が可能なように思われる。
 
13 中間的措置については緊急の場合に措置を行うことができるとするだけであり、具体的に差止などができるかどうかは判然としない。

9――小括-本法案とDMAの相違点

9――小括-本法案とDMAの相違点

以上述べてきた通り、本法案は日本版DMAとでも呼べる内容となっているが、相違点も多々ある。スマートフォンの基本動作ソフトウェア、アプリストア、検索エンジンの提供者にしか適用がないので、GAFAのうちの半分、すなわちAmazonとmeta(Facebook)には適用がない。

DMAに存在して、本法案に存在しない主な条文としては以下のものがある。

(1) 最恵国待遇条項(Most Favorite Nation、MFN条項)の禁止(DMA5条3項)
(2) 苦情申し立て・訴訟行為の阻止の禁止(DMA5条6項)
(3) 他のCPSへの登録要求の禁止(DMA5条8項)
(4) 広告主への手数料開示(DMA5条9項)
(5) 媒体社への報酬等開示禁止(DMA5条10項)
(6) オンライン検索データへのアクセス容認(DMA6条11項)
(7) 不相応な契約解除規定の禁止(DMA6条13項)
(8) 個人間通信サービスの相互通信容認(DMA7条)

逆に本法案に存在して、DMAには直接的には存在しないと考えられる主な条文としては以下のものがある。

(1) 個別アプリ事業者に対する不公正な取り扱いの禁止(6条)
(2) 特定ソフトウェアの仕様等の変更等に係る措置(13条)

これらの相違については各々理由があると思われるが、それだけで別のレポート一本分に相当することになると思われるので本稿では省略する。将来を期したい。

10――おわりに

10――おわりに

GAFA関係で公取委が調査に入ったときや、法律、たとえばデジタル透明化法が制定されたときに記者の方から聞かれるのは、「日本がやることにどの程度影響力があるのか?」ということである。もちろん本法案も、米国の巨大企業であり、日本に代表者を置くだけのビッグテックにどの程度の影響が及ぶのか、考える必要がある。Googleの検索結果の表示される新聞の最初の数行(スニペット)に料金を課すとする国(オーストラリア)において、当該事業を撤退すると宣言したような事例もあった。

筆者は、本法案は有効であると考えている。それは残念ではあるが、欧州のDMAの内容を大きく引き継いでいるからである。ビッグテックも欧州を無視するわけにいかない。日本が欧州と同じことを求めるのであれば、ビッグテックも従うのが通常であろう。日本において特に問題視されているが、欧州で問題視されていないような案件は、欧州と連携してビックテックの対峙していくことが望まれる。

さらに今回、原則として国内売り上げの20%を課徴金として納付させることができるようになった。これはビッグテックを従わせる大きな武器となろう。本法案の早期成立を期待したい。

(2024年05月27日「基礎研レポート」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Act】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

スマートフォン競争促進法案-日本版Digital Markets Actのレポート Topへ