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気候変動-温暖化の情報提示-気候変動問題の科学の専門家は“ドラマが少ない方向に誤る?”

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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これらの波及が生じる原因の1つとして、ティッピングポイントが挙げられる。ティッピングポイントに達すると、突然の変化が起こったり、不可逆的な変化があらわれたりする。
AR6は、気候変動の「不可逆的な変化」について説明している。それによると、ある状態からの自然なプロセスによる回復が、対象となる時間軸に比べて大幅に長くかかる場合、「特定の時間軸で、不可逆的である」とされる。不可逆的な変化には、回復までに何千年もの時間を要するものもある。また、ある生物種が絶滅することにより、生態系が変化してしまい、元と同じ姿に完全に回復することはない、といった事象も含まれる。
AR6では、次の表の通り、15個のティッピングポイントの要素が示されている。モンスーンや植生から、海氷、氷床、海洋酸性化など、さまざまな要素が挙げられている。各要素について、突然の気候変動の可能性や不可逆性の評価が示されている。
北半球の永久凍土の土壌には大量の生物起源炭素が蓄積されており、表層土壌と深部堆積物にわたって1460~1600 ギガトンと推定される。現在、人為的な温暖化が進み、融解した土壌から炭素が排出されている。ただし、永久凍土地域全体の正味炭素収支を評価するために、個別の地域や生態系レベルでの測定結果を拡張して見積もることは難しい。
その理由として、永久凍土は空間的に不均一で、季節変動が強く、年間を通じて地域を監視することが困難であるためとされている。特に冬季の一貫した観測記録の歴史はまだ浅く、「現在のほうが以前よりも蓄積された炭素の喪失が大きいかどうか」といったことは判断できないという。メタンについても同様で、排出量の増加に関するエビデンスは研究間で一致していない。9
このため、いくつかのモデルの比較を行う、第6期結合モデル相互比較計画(CMIP6)に含まれている地球システムモデルの多くは、永久凍土融解の炭素プロセスを表現していない。10
9 本節は“Climate Change 2021 – The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)のBox5.1を参考に筆者がまとめた。
10 “Climate Change 2021 – The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)のTable 5.4によると、11のモデルグループのうち、永久凍土の炭素を表現しているものは、2つとされている。
4――気候変動問題に関する科学の専門家の警鐘スタンス
現在、地球温暖化は着実に進行している。それに対して、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で、さまざまな温暖化防止の取り組みが進められている。
そうした動きに平仄を合わせて、各種取り組みを後押ししていくために、温暖化の抑制目標である1.5℃や2℃の上昇に注目したシナリオが多く設定されているものと考えられる。
気候変動問題は、複数の要素が関連し合い、波及の姿も連鎖、循環、非線形など複雑である。さらに、さまざまな要素のティッピングポイントも考えられている。また通常、数十年~数千年に渡る長期間の予測を行うため、前提の置き方やモデル細部の設定によって、結果が大きく振れることが多い。
こうしたことから、科学者は、気候変動問題の警告をむやみに発して“人騒がせなオオカミ少年”となることを避け、そのかわりに慎重な推定を行いがちになると言われる。この傾向は、ある気候問題の研究者からは、“Erring on the side of least drama, ESLD (ドラマが少ない方向に誤る)”態度と指摘されている。11
ESLDは、科学者が真実を語らないという点で問題があるとの指摘もある。ただし、科学の専門家が一般の非専門家に対して何かのトピックを伝える際に用いられるサイエンスコミュニケーションの一環と捉えることもできる。科学的なリスク事象については、警告として大衆に発すべきことと、専門家の間で結果を確認しておくべきことのバランスをどうとるか、がカギになるものと考えられる。
11 “Climate change prediction: Erring on the side of least drama?”Keynyn Brysse, Naomi Oreskes, Jessica O’Reilly, Michael Oppenheimer (Global Environmental Change, 23 (2013), 327–337)
5――おわりに (私見)
その前提として、専門家が発する気候変動の科学的なメッセージに対しては、注意深く耳を傾ける必要があると言えるだろう。専門家が不都合な真実を覆い隠すことがあるとすれば、それは論外だ。だが、専門家の判断により、適切にサイエンスコミュニケーションが図られることは重要だ。
一般大衆の立場からすると、専門家が慎重に判断したうえで、それでも一般社会に伝えようとする警鐘に対しては、社会全体でしっかりと受け止めて、対応を図るべきだろう。
今後も、気候変動問題は深刻化し、その取り組みも進められていく。そのなかで、科学の専門家が発するメッセージに注目していくこととしたい。
(参考資料)
“Climate Change 2021 – The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)
“Technical Summary”(IPCC WG1, 2021)
「IPCCの概要や報告書で使用される表現等について」(気象庁, 令和3年8月9日付報道発表資料別添3)
「絵でわかる地球温暖化」渡部雅浩著(講談社, 2018年)
「放射強制力」(ATOMICA原子力百科事典)
“Global Carbon Project 2020”(ICOS) https://doi.org/10.18160/gcp-2020
「累積炭素排出量に対する過渡的気候応答(TCRE)およびそれを用いた残余カーボンバジェット推定」立入郁(IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表-JAMSTEC研究者たちの貢献とメッセージ-, 海洋研究開発機構(JAMSTEC), 2021年10月25日)
“Country-based rate of emissions reductions should increase by 80% beyond nationally determined contributions to meet the 2℃ target”Peiran R. Liu & Adrian E. Raftery (Commun Earth Environ 2, 29 (2021) https://doi.org/10.1038/s43247-021-00097-8)
“Emissions Gap Report 2023”(UNEP)
「今さら解説-気候感度って何? ~定義からWCRP評価論文、パターン効果まで~」渡部雅浩(東京大学大気海洋研究所, 2021年4月27日)
“Climate Endgame: Exploring catastrophic climate”(PNAS, 2022)
“Climate change prediction: Erring on the side of least drama?”Keynyn Brysse, Naomi Oreskes, Jessica O’Reilly, Michael Oppenheimer (Global Environmental Change, 23 (2013), 327–337)
(2024年04月23日「基礎研レター」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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