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脱炭素と株主資本コスト-カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みに対する評価

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 高岡 和佳子
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1――はじめに
2020年10月に当時の内閣総理大臣が所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指すと宣言してから、3年以上経過した。個人を対象とした各種調査1によると、カーボンニュートラルという言葉の認知度は高い。過半数の人がカーボンニュートラルという言葉を知っており、およそ75%の人がカーボンニュートラル(脱炭素社会)の実現に向けた取り組みが必要だと考えている。当然、カーボンニュートラルに積極的に取り組む企業も増えている。日経リサーチの調査(回答社数886社)2によると、カーボンニュートラル宣言をしている企業の割合は53.2%で前年の31.6%から大幅に増加している。カーボンニュートラル宣言はしていなくてもカーボンゼロを目標に掲げている企業を含めると63.2%で、やはり前年の42.4%から大幅に増加している。
企業がカーボンニュートラルに積極的に取り組むようになったきっかけの一つとして、2020年12月の経済産業省による「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下、グリーン成長戦略)の公表が考えられる。グリーン成長戦略では、温暖化への対応を「成長の機会」と捉えて、予算、税制、金融 規制改革・標準化等の政策を総動員し、イノベーションに向けた企業の前向きな挑戦を全力で後押しする。また、電力部門の脱炭素化がグリーン成長戦略の大前提であり、2050年に向けて成長が期待できる14の重点分野のうち4つがエネルギー関連産業である。
グリーン成長戦略において重要な役割を担う電力業界は、グリーン成長戦略以前から温暖化への対応に取り組んでいる。2015年7月には、政府による「2030年度のエネルギー需給構造の見通しや温室効果ガス削減目標案を受け、電気事業連合会等が合同で、「電気事業における低炭素社会実行計画」を策定している。計画では2030年度に国全体で排出係数30.37kg-CO2/kWh程度を目標に掲げ、2021年度まで順調に排出係数を引き下げている。また、「2050年カーボンニュートラル宣言」や第6次エネルギー基本計画で示された「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」等を受け2022年6月に「カーボンニュートラル行動計画」(旧電気事業における低炭素社会実行計画、2021年に改称)を見直している。新しい計画では、政府が示す野心的な「2030 年度におけるエネルギー需給の見通し」に基づく国全体の排出係数実現を目指すこととしている。なお、政府の見通しが実現した場合の国全体の排出係数は0.25kg-CO2/kWh程度である。
1 電通「カーボンニュートラルに関する生活者調査」(2023年5月30日)及び
博報堂「第三回 生活者の脱炭素意識&アクション調査」(2022年12月16)参照
2 日経リサーチ「日経SDGs経営調査について」(2023年5月12日)
3 単位電力当たりのCO2排出量(CO2以外の温室効果ガスについては、地球の温暖化をもたらす程度のCO2との比に応じて調整)
2――株主資本コストの推計方法
上場企業別の株主資本コストを推計する方法の代表例として、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産評価モデル)を用いた推計方法がある。CAPMとは、リスクとリターンの市場均衡関係を表すモデルで、個別株式の期待リターンE[r]は、以下で与えられる。
ここで、E[r_M]は市場ポートフォリオの期待リターン、β(ベータ)は市場ポートフォリオのリターン変動に対して個別株式のリターンがどれくらい連動して動くかを示す尺度(以下、感応度)、r_fはリスクのない資産を保有した場合に得られるリターンで一般的にリスクフリーレートと言われる。市場ポートフォリオとは、分散効果が最大限に発揮され、リスク当たりのリターン(リスクフリーレート控除後)が理論上最も高いポートフォリオのことである。一般的に市場ポートフォリオはTOPIX等の市場を代表するインデックスで代用し、リスクフリーレートは短資や国債の利回りを用いる。
E[r_M]及びβは、個別株式とインデックスのリターン及び短資や10年国債の利回りの過去データを用いて推計する。推計した変数と直近のリスクフリーレートを(式1)に当てはめることで得られるE[r]は株主が期待するリターンなので、株主資本コストと同水準と解釈できる。但し、過去データを用いて必要な変数を推計するので、将来が過去とは大きく異なると見込まれる場合は、将来の不確実性を十分織り込んだ真の株主資本コストから大きく乖離する可能性がある。
更に、個別株式の期待リターンが、市場ポートフォリオの期待リターンと市場ポートフォリオに対する感応度及びリスクフリーレートだけで表現できるのは、以下のような考えに基づく。個別株式の投資に伴うリスクのうち、市場ポートフォリオに連動する部分は分散投資しても完全に消去することができないので、リスクに見合ったリターンが期待できる。一方、それ以外のリスクは分散投資によって完全に消去可能なので、リスクに見合ったリターンは0になるという考えである。しかし、しばしば株式時価総額の規模による有意なリターンの差(小型株効果)等、CAPMの想定を上回るリターンが観測される。これは、市場ポートフォリオに連動する部分以外にも、リターンにつながるリスクがある可能性を意味する。つまり、CAPMによって推計した株主資本コストが真の株主資本コストから大きく乖離する可能性があるとも言える。
代表的な株価評価モデルの一つである残余利益モデルを用いて、個別株式の株主資本コストrdを推計することもできる。残余利益モデルは、現在の株主資本に、将来生み出される利益から資本コストに応じた利益を控除した額を現在価値に換算して合算した値を株式の価値とするモデルだが、単純化すると以下のような関係式を導くことができる。
ここで、PBRとROEはそれぞれ個別株式の株価純資産倍率と自己資本利益率であり、gが期待利益成長率である。PBRとROEは線形関係なので、ROEの異なる複数時点のPBRとROEのデータがあれば、容易に線形の関係式を推計できる。加えて、ROE = rdならば(式2)の右辺第2項は0となり、PBRは1になるはずである。このため、推計した関係式を用いてPBR = 1になるROEを逆算することで株主資本コストを推計することができる。さらに、期待利益成長率は株主資本コストに比べて十分小さいと考えられるので期待利益成長率が0%と仮定すると、以下のシンプルな関係が得られる。つまり、株主資本コストは株価収益率(PER=PBR/ROE)の逆数(益利回り)となる。
(式2)と(式3)のいずれを用いて推計しても、将来が過去とは大きく異なると見込まれる場合でも真の株主資本コストから大きく乖離する可能性は低いと考えられる。なぜならば、投資家の合理的な取引の結果形成された株価には過去ではなく将来のリスクとリターンが反映されているはずであり、その株価を基準に推計しているからだ。
ここで、TOPIXを例に、CAPMに基づく方法で求めた株主資本コストとPERの逆数を比較する(図表2)4。まず、総じてCAPMに基づく方法で求めた株主資本コストは、将来のリスクとリターンに対する投資家の将来への期待や見通しが反映されているPERの逆数より低い傾向がある。また、CAPMに基づく方法で求めた株主資本コストは、推計に用いたデータ期間の株式市況の影響が大きいため、推計結果はPERの逆数の方が安定している。
湾曲している理由として、株式の価値の評価における二つの基準が関係していると考えられる。一つは会社が継続することを前提に将来生み出す利益をもとに株式の価値を評価する基準で、これに基づく価値を継続価値と呼ぶ。将来の利益を現在価値に換算する残余利益モデルは、継続価値を求めるモデルである。もう一つは会社を解散して清算する場合の価値を株式の価値とする基準で、これに基づく価値を清算価値と呼ぶ。清算価値は過去の経済活動の結果と言える。継続価値と清算価値の大小関係は、今後、株主資本コストに見合った利益が期待できるか否かに依存し、株主資本コストに見合った利益が期待できないと継続価値は清算価値を下回る。通常は、事業継続を前提とした継続価値が重視されるが、会社の解散を決めるのは株主(株主総会による決議)なので、株主資本コストに見合った利益が将来期待できず、継続価値が清算価値を下回るような場合は、継続価値だけではなく清算価値も意識した価格で株式が売買されると考えられる。
図表2及び図表3の結果とは、湾曲している理由に対する上述の解釈とも整合的である。図表2の結果によると、TOPIXに対する投資家が想定する株主資本コストは7%~8%程度であり、図表3の左の図ではROEが7%~8%程度を超え、株主資本コスト以上の利益が期待できる領域では残余利益モデルが示す通りPBRとROEは右肩上がりの線形関係にあるが、下回る領域では線形関係でなくほぼ水平になるからである。
4 CAPMは推計対象年度内の月末毎に、過去15年間の月次データ(TOPIXリターン及び短資の利回り)とその時点の単利の利回りを用いて推計し、その平均値を採用。PERの逆数も推計対象年度内の月末毎に算出した値の平均値を採用
(2024年03月15日「基礎研レポート」)

03-3512-1851
- 【職歴】
1999年 日本生命保険相互会社入社
2006年 ニッセイ基礎研究所へ
2017年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
高岡 和佳子のレポート
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