2024年03月15日

J-REIT市場の動向と収益見通し。借入金利上昇を背景に今後5年間で▲5%減益を見込む~シナリオ別の分配金レンジは「▲18%~+7%」となる見通し~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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賃貸マンションは賃料上昇率が拡大。テナント入替時の上昇率は+3%を想定
住宅系REIT主要5社の開示資料によると、テナント入替時の賃料変動率(5社平均)は+3.7%(2023年下期)となり、プラス圏で推移している(図表―9)。この要因の1つに、保有マンションの6割強を占める東京23区への人口回帰が挙げられる。住民基本台帳人口移動報告によると、2021年はコロナ禍を受けて▲14,828人の転出超過となったが、2022年は+21,420人、2023年は+53,899人の転入超過となった(図表―10)。また、リーシング・マネジメント・コンサルティングによると、東京都心5区に所在する賃貸マンションの募集賃料(月坪)の上昇率はコロナ禍前の水準を回復し、前年比+6%となっている。こうした市場環境を勘案し、賃貸マンションのテナント入替時の賃料上昇率は+3%を想定する。
【図表-9】住宅テナント入替時の賃料変動率と東京都心5区募集賃料(前年比、平均)/【図表-10】東京23区の転入超過数(月次累計値)
コロナ禍によるホテルの減収金額は▲12億円(2023年下期)と推計。収益ダメージはほぼ消滅
J-REIT各社の開示資料をもとにコロナ禍によるホテルの減収金額を推計すると、2023年下期は▲12億円となり、収益ダメージはほぼ消滅したと考えられる(図表―11)。宿泊旅行統計調査によると、2023年12月の延べ宿泊者数は2019年同月対比+7.6%とコロナ禍前の水準を上回った。今後についてもインバウンド需要のさらなる拡大を背景にホテル収益の改善が期待される。こうした市場環境やホテル系REIT主要2社の業績見通しなどを参考に、ホテルのNOIは2024年下期に50億円増加(市場全体の経常利益を+1.6%押し上げ)し、その後は横ばいでの推移を想定する。
【図表-11】コロナ禍に伴うホテルの減収金額(推計値)
物流施設の賃料は堅調を維持。テナント更新時の賃料上昇率は+4%を想定
物流系REIT主要12社の開示資料によると、テナント更新時の賃料変動率(12社平均)は2023年下期+4.2%となり、契約更新時において賃料増額を実現できている(図表―12)。また、一五不動産情報サービスによると、東京圏の募集賃料(2023年10月)は4600円/月坪と高い水準で推移している。EC市場の拡大や企業の物流効率化・サプライチェーン見直しに伴う賃貸ニーズは旺盛で、J-REITが保有する先進的物流施設の需要は強いと言える。そこで、こうした市場環境を勘案し、物流施設のテナント更新時の賃料上昇率は+4%を想定する。
【図表-12】物流テナント更新時の賃料変動率と東京圏の募集賃料
|『財務戦略』によるDPUへの寄与度は今後5年間で▲5%となる見通し(メインシナリオ)
2023年に入り、J-REIT各社は長期固定金利の借入を中心としつつ、借入期間の短縮や変動金利での調達を増やすなどして財務負担の軽減を図っている。2023年にJ-REITが発行した投資法人債の平均利率は0.81%(2022年0.53%)、発行期間は5.8年(同7.0年)となった。市場金利が上昇し新規の借入利率が既存の利率を上回るなか、今後は支払利息の増加がDPUにマイナス寄与すると考えられる(図表―13)。
【図表-13】J-REIT負債利子率、10年国債利回り、投資法人債利率の推移
ところで、ニッセイ基礎研究所の中期経済見通し3によると、「日本銀行によるYCC(イールドカーブ・コントロール)撤廃やマイナス金利政策解除を受けて金利上昇圧力が高まる一方、国債買入れの効果などもあり、10年国債利回りは1%程度の水準に留まる(当初5年間)」としている(図表―14)。この金利見通しを利用して、一定の前提条件(稿末に記載)のもと借入利率の変動に伴うDPUへの寄与度(今後5年間)を計算した。結果は、メインシナリオで▲5%となり、『財務戦略』はDPUにマイナス寄与する見通しである4
[図表-14] 10年国債利回りの想定(2023年度~2028年度)
 
3 「中期経済見通し(2023~2033年度)」(ニッセイ基礎研究所、Weekly エコノミスト・レター、2023年10月12日)
4 借入利率が0.1%上昇(低下)した場合、分配金は1.6%減少(増加)する。
|『外部成長』によるDPUへの寄与度は▲2%となる見通し
昨年、J-REITによる物件取得額は1兆1,043億円となり、2年ぶりに1兆円の大台を上回った(図表―15)。インバウンド需要の回復を背景にホテルの取得額(208億円→2,107億円)が大きく増加した一方、物流施設の取得額は3年連続で減少した。また、不動産価格が高値圏で推移するなか、2023年の平均取得利回りは4.1%と既存ポートフォリオ利回り(4.7%)を下回る水準での取得が続く。こうした市場環境を踏まえて、J-REITの『外部成長』について以下のシナリオを想定し、今後5年間のDPUへの寄与度を計算した(年間1.0兆円取得、取得利回り4.2%、借入比率50%、増資PBR1.2倍5、借入利率:金利シナリオに準ずる)。結果は、取得利回りの低下や借入利率の上昇に伴う総資産利益率(ROA)の悪化が、プレミアム増資(PBR1倍超)によるプラス効果を上回るため、『外部成長』のDPUへの寄与度は▲2%となる見通しである。このようにしてみると、不動産利回りが低下し資金調達コストが上昇する現在の環境下において、『外部成長』によるDPU成長の実現はハードルが高く、J-REIT各社には慎重な対応が望まれよう。
【図表-15】J-REITによる物件取得額と取得利回り
 
5 2月末時点の市場平均PBR(株価純資産倍率)は1.2倍である。
今後5年間のDPU成長率はメインシナリオで▲5%(▲18%~+7%)の見通し
最後に、上記で設定したシナリオをもとに今後5年間のDPU成長率を試算した(図表―16)。オフィス賃料(標準シナリオ)と金利(メインシナリオ)を組み合わせた場合、DPU成長率は▲5%(年率▲1.0%)となった。内訳は「内部成長」が+2%、「外部成長」が▲2%、「財務戦略」が▲5%で、2024年はプラス成長を維持するものの、2025年から減配に転じる結果となった。また、楽観シナリオとして、オフィス賃料上振れと金利低下を組み合わせた場合、DPU成長率は+7%(年率+1.4%)、悲観シナリオとして、オフィス賃料下振れと金利上昇を組み合わせた場合、DPU成長率は▲18%(年率▲3.6%)となった。

今後、日本経済の正常化に伴い、「金利のある世界」・「インフレのある世界」を想定すると、DPUの持続的成長には金利とインフレに打ち克つ『内部成長』の実現が鍵となる。投資口価格が低迷し外部環境も先行き不透明感を増すなか、引き続き、不動産ファンダメンタルズや日米の金融政策の動向を注視する必要がありそうだ。
[図表-16] 今後5年間のDPU見通し(2023年下期=100)
<主な前提条件>
 
 

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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     2005年 ニッセイ基礎研究所
     2019年4月より現職

    【加入団体等】
     ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2024年03月15日「基礎研レポート」)

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