コラム
2024年02月29日

政府、リスキリングに積極的な姿勢-労働力人口の減少、成長産業への労働移動という課題の解決策になるだろうか?-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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近年、日本ではリスキリング(Re-skilling)への関心が高まっている。岸田首相は2022年10月の所信表明演説で、リスキリングなど人的投資に5年間で1兆円を投入する意向を表明した。

リスキリングとは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、ビジネスに必要な新しい知識や技術を学ぶことで、経済産業省はリスキリングを「新しい職業に従事するため、または、現在の職業で必要とされるスキルの大きな変化に適応するために必要なスキルを獲得したり、身につけさせたりすること」と定義している。日本語に訳すると「技術再教育」という意味になるだろう。

政府がリスキリングに注目し始めたのは、2018年1月に世界経済フォーラム(World Economic Forum、WEF、ダボス会議)が「Towards a Reskilling Revolution - A Future of Jobs for All(リスキリング革命に向けて-誰もが仕事がある未来)」というレポートを発表し、米国政府がリスキリングを積極的に推進するようになってからである。

政府はリスキリングを推進する目的で、2022年6月16日に政府、地方自治体、民間企業などが参加するリスキリングコンソーシアムを設立した(設立当時は49団体が参加)。経済活動人口の減少、都市と地方、大企業と中小企業のデジタル格差、デジタル人材不足による国際競争力の低下などの問題を解決する必要があるからだ。実際、2022年9月にスイス国際経営開発大学院(IMD)が発表した「2022年世界デジタル競争力評価結果」によると、日本の順位は29位で、韓国(8位)、台湾(11位)、中国(17位)に比べて大きく遅れていることが分かった。

現在、日本では経済産業省、厚生労働省、文部科学省がリスキリングに関する多様な政策を実施している。その中の代表的な政策として、経済産業省が実施している「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」が挙げられる。この事業は、リスキリングと労働移動の円滑化を推進する観点から、在職者が自らのキャリアについて民間の専門家に相談できるキャリア相談対応、リスキリング講座の提供、転職支援、事後管理を一律的に行う体制を整備し、転職を希望する在職者が利用できるように支援する事業である。

助成金が支給される事業者は公募で集めており、2023年11月現在、1次公募で51社、2次公募で36社が選定され、現在は3次公募の受付が終了している。リスキリング講座は、Webデザインや動画制作、プログラミングなどが対象で、個人がこれらの講座を受講する場合、受講費用の1/2相当額(上限40万円)が支援される。さらに、スキルアップを終えて実際に転職し、その後1年間継続して転職先に努めていることが確認できた場合は、受講費用の5分の1相当額(上限16万円)が追加で支援される。転職を希望する個人がリスキリング講座を受講した場合、1人当たり最大56万円が支援されることになり、そのために計画された予算はなんと753億円に達する。一定期間、リスキリングを受けてから転職することが前提となっているため、参加者が限定される可能性はあるが、新しい職場で新しい業務を担当することを希望する人にとっては、有益な制度であるだろう。

経済産業省が転職を条件に制度を設計している理由は、岸田政権の新しい資本主義実現会議が公表している「三位一体の労働市場改革の指針」からある程度窺い知ることができる。この指針は、個人に対しては、時代が求める技術を習得するリスキリングを支援し、企業に対しては、求める技術を明確にした「職務型賃金」の導入を誘導し、学んだ技術と企業が求める職務をマッチングさせ、成長分野への労働移動を円滑にすることを目指している。 つまり、この目標を達成することで、転職が増え、賃金が上がる仕組みを作ることが、政府と経済産業省がリスキリング支援事業を推進する目的の一つであると言える。

政府のリスキリング推進政策が、労働力人口の減少、成長産業への労働移動などの課題にどのような効果をもたらすのか、今後の動向に注目したいところである。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2024年02月29日「研究員の眼」)

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【政府、リスキリングに積極的な姿勢-労働力人口の減少、成長産業への労働移動という課題の解決策になるだろうか?-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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