2024年02月29日

改正ベトナム保険事業法(9)-責任保険契約

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

今回もベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(9回目)を解説したい。

2023年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語および日本語に翻訳したものをベースとしている。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。これはこれまでと同様である。

本稿ではシリーズ9回目として保険事業法第2章保険契約(Insurance policy)の第4節責任保険契約(Policy of Liability) (57条~61条)について述べることとする。ちなみに日本でも個人賠償責任保険に加入されている方は多いのではなかろうか。

今回の解説部分は日本では保険法の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険法を単に保険法と記載するのでご留意願いたい。また、保険事業法の本稿で取り扱う該当部分と保険法のそれに対応する部分は保険会社と外国保険事業者の国内支店が対象となる条文だが、保険会社と外国保険事業者の国内支店を併せて保険企業等と呼称する。

2――責任保険契約の補償対象・保険企業等の責任(57条・58条)

2――責任保険契約の補償対象・保険企業等の責任(57条・58条)

1責任保険契約の補償対象(57条)
保険事業法57条は、責任保険契約の補償対象を規定する。内容は以下の通りである。

責任保険契約の補償対象は法に則って被保険者が第三者に対して負う民事責任である。
―保険法において責任保険契約は「損害保険契約のうち、被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害をてん補するもの」をいうとされている(17条2項かっこ書き)。損害賠償の責任は法律によって発生するので、書きぶりは相違するものの、保険事業法と保険法は同じ内容を規定しているものと考えられる。

ちなみに他人に損害を及ぼしても法律上、責任を負わない場合がある。日本でいえば、たとえば民法720条(緊急避難)では「他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない」とある。この場合、被保険者は損害賠償を負わず、したがって保険企業等は保険金支払いの義務を負わない1
 
1 実務上は、緊急避難かどうかグレーな場合もあると思われ、その場合は保険金を支払うということはあるかもしれない。
2|保険企業等の責任 (58条)
保険事業法58条は、責任保険契約において、保険企業等の負う責任を規定する。条文は以下の通りである。

(1) 保険企業等の支払責任は、保険期間中に被保険者が第三者に損害を加えた行為について、第三者が被保険者に賠償を請求したときに限り発生する(同条1項)。
―保険法には該当する規定はない。ただし、日本の保険企業等の約款では保険契約の始期以降に事故による損害賠償責任が発生した場合でも保険料が未支払の場合には責任を負わないと規定している2。保険事業法58条1項を保険期間内における事故のみをてん補するということを意味するものと捉えれば、日本とベトナムでは大きな相違はないと考えられる。なお、第三者の「請求」により責任が発生するということがどういうことを意味しているのか意味がわかりにくい。請求はなくとも故意・過失により損害を生じさせた被保険者は賠償責任を当然に有することとなる一方で、保険企業等にとっては被害者から賠償責任の請求がなされて初めて保険企業等の支払い責任が生ずるということを規定したものという意味であろうか。そうすると、被害者から被保険者(加害者)に請求もないのに、保険企業等が保険金支払責任を負わないという、ある意味自然なことを条文にしたものと捉えておきたい。

(2) 法律で別途定めがない限り、第三者は保険企業等に直接請求する権利を有さない(同条2項)。
―保険法では第三者が直接請求できるという条文はないので、保険事業法と結論は一緒である。なお、保険法制定過程では第三者の直接請求権を認めることも検討されていたが、責任の有無や過失割合などで被保険者と第三者との間で争いがある場合に、保険企業等が支払いを行うことは困難であるなどの理由で直接支払い規定は導入されなかった経緯がある3。ただし、自賠責保険においては、自動車損害賠償保障法16条1項において被害者からの直接請求を認めている。また、任意の自動車保険においても、各社約款は被害者からの直接請求を認めており、このような規定は保険法に反するものではないという解釈が示されている4
 
2 たとえば損保ジャパンの賠償責任保険約款 https://www.sompo-japan.co.jp/-/media/SJNK/files/hinsurance/webyakkan/baishou1708_yakkan.pdf?la=ja-JP 5条1項参照。
3 萩本修「一問一答・保険法」(商事法務・2009年)p134参照。
4 前掲注3と同じ。

3――保険責任に関する制限(59条)

3――保険責任に関する制限(59条)

保険事業法59条は保険企業等が支払う保険金の取扱いについて定める。具体的には以下の通りである。

(1) 保険責任に関する制限とは、保険企業等が保険契約の条件に従って被保険者に対して支払わなければならない金額を言う(同条1項)。
―保険法には、この点に直接的に言及する規定はない。ただし、日本の保険企業等の約款では損害賠償請求金額等(争訟費用等を含む。下記(3)参照)、被保険者が負担すべき金額が約定保険金額を超えた場合には、約定保険金額を上限に保険金額が支払われる5こととされている。したがって、実務面で日本とベトナムで変わりはない。

(2) 保険企業等が被保険者に支払う必要のある金額の範囲は、法律が定める被保険者が第三者に賠償する金額とする(同条2項)。
―本項は、上述した保険法17条2項かっこ書き「損害保険契約のうち、被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害をてん補するもの」と同様の内容である。

(3) 保険企業等は上記2項に定める保険金に加え、被保険者が第三者に対する責任にかかる紛争解決のための費用、および保険企業等により被保険者が支払いを遅らせたことによる遅延利息を支払わなければならない(同条3項)。
―保険法には該当規定はない。ただし、各社約款を見ると弁護士費用などの争訟費用は保険企業等が認めた範囲で支払うとしている6。また遅延利息は通常、損害賠償金の範囲に含まれるだろうから、結論的には保険事業法の規律と変わらない。

(4) 別途、保険契約に定めがある場合を除き、上記2項、3項で保険企業等が支払うべき金額の合計が保険責任の制限を超えてはならない(同条4項)。
―日本の保険企業等の約款にも同じ規定がある7

(5) 留置されていない財産を保持しつづけないことを保全するため、あるいは裁判での仲裁を回避するために供託金を支払う必要があるときは、被保険者の請求があり、保険約款にその旨の合意がある場合には、保険企業等は責任の範囲内で供託金を支払わなければならない(同条5項)。
―本項の意味するところは判然としない。日本にはないベトナム独自の民事法ルールがあるのかもしれない。参考までに、日本の損害賠償事案で供託をする典型的なケースは、加害者(被保険者)が賠償金全額を提供したが、被害者(第三者)が受領拒絶をした場合において、供託をすることができる8。ただし、この場合の供託金を日本の保険企業等が支払うとする約款規定は見当たらなかった。
 
5 前掲注2 2条2項参照。
6 前掲注2 2条1項参照。
7 前掲注2 2条3項参照。
8 東京法務局 https://houmukyoku.moj.go.jp/tokyo/page000742.html 参照。

4――被保険者の交渉代理・保険金の直接支払い(60条・61条)

4――被保険者の交渉代理・保険金の直接支払い(60条・61条)

1|被保険者の交渉代理(60条)
保険事業法60条は、責任保険契約において、保険企業等が被保険者の交渉代理ができるという条文である。条文は具体的には以下の通りである。

保険企業等は、保険契約に別途の定めがある場合を除き、損害保険金額について被保険者に代理して、第三者と交渉できる権限を有する。
―日本では自動車保険において、交通事故の被害者と被保険者が契約している保険企業等(損害保険会社)が被害者と直接示談交渉を行う示談交渉サービスが行われている9。ただし、被保険者に過失がない場合においては、保険企業等に支払い義務が生じないため示談交渉サービスは使えない10。このような場合に備えて、弁護士費用特約を締結することもできる。被保険者が示談交渉について弁護士に依頼した場合に、その費用を補てんする特約である。ただし、日本では自動車保険を除くと、一般に、責任保険契約において保険企業等が被保険者の交渉代理をするということにはなっていない。
 
9 日本損害保険協会 https://soudanguide.sonpo.or.jp/car/q010.html 参照。
10 弁護士以外が法律上の折衝を行うことは非弁行為として禁止されており(弁護士法72条)、これに違反するからである。本文のケースは保険企業等(損害保険会社)がいわば当事者として保険金を支払うことになることから、非弁行為に該当しないと解されているため、保険企業等の折衝が容認されている。
2|保険金の支払(61条)
保険事業法61条は、保険金を第三者に直接支払いすることを可能とする条文である。具体的に条文は以下の通りである。

保険企業等は損害について被保険者または第三者に直接支払いをすることができる。
―上述2-2|(2)の通り、保険法は原則として第三者による直接請求を認めていない。ただし、自賠責保険や任意の自動車保険については直接払が行われているのは上述の通りである。

5――おわりに

5――おわりに

本稿で触れた部分について、保険事業法と保険法(各社約款含む)の相違は以下の通りである。

まず、日本では自賠責保険および任意の自動車保険についてのみ認められている第三者(被害者)からの直接保険金請求が、ベトナムでは責任保険一般に認められているという相違が存在した。

また、日本では任意自動車保険において被保険者に過失がある場合に限って認められている、保険企業等の賠償金額についての交渉代理が、ベトナムでは責任保険一般に認められているという相違があった。

保険契約にかかる法に関しては以上である。次回からは保険事業規制について解説を行う。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2024年02月29日「保険・年金フォーカス」)

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