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気候変動と死亡数の関係-2022年データで回帰式を更新し、併せて改良を図ってみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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5――回帰式を用いた試算
そのかわり本章では、いくつかの簡単な前提のもとで、「もし気候指数が◯◯だった場合、2018~22年(5年間)の死亡数は、実績に比べて◇◇になっていただろう」といった試算をしていく。
1|高温指数が1高かった場合、5年間の死亡数は、実績に比べて-4.4万人減少
試算において、最も注目すべきは、地球温暖化と死亡率の関係であろう。つまり、高温指数と死亡率の関係だ。
それでは、もし2018~22年の高温指数が実績よりも1高かった、とした場合はどうなるか。11 回帰式を用いて計算したところ、このような場合の死亡数は、実績よりも-4.4万人減少すると算出された。
これは私見ではあるが、気温上昇により暑熱期の死亡数が増加する一方、それ以外の時期(特に冬場)には寒さが和らぐことで死亡数が減少する。高温指数が1高かった場合は、暑熱期の死亡数増加よりも、それ以外の時期の死亡数減少の影響が強くあらわれて、死亡数が減少するものとみられる。
11 高温指数が高い(=その月の高温日が参照期間に比して多い)ことと、低温指数が低い(=その月の低温日が参照期間に比して少ない)ことの間には、一定の相関があるものと考えられるが、相関の程度については何とも言えない。気候変動により、同じ月のなかで日ごとの寒暖の差が激しくなり、高温日も低温日も多くなる、という可能性も捨てきれないものとみられるためである。そこで、今回は相関を考慮せずに、高温指数のみが高かった場合の影響を試算することとした。
それでは、高温指数が2高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+1.5万人の増加となった。これは、高温指数については、線形回帰をやめて、2乗の項も導入していることが影響を及ぼしたものと見られる。つまり、至適気温を上回るような高温の日が増えると死亡数の増加幅が大きくなる、との結果の表れと見ることができる。
3|湿度指数が1高かった場合、死亡数は+3.7万人増加
一方、湿度指数が1高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+3.7万人の増加となった。日本の場合は、湿度の変化が死亡数に大きな影響を与える可能性があることがうかがえる。
4|高温と湿度の指数が1高かった場合、死亡数は+1.7万人増加
それでは、高温指数と湿度指数が1高かった、とした場合はどうなるか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+1.7万人の増加となった。これは、高温指数が2高かった場合を上回っている。暑さを示す高温と湿度の指数がともに高くなると、死亡数が大きく増加するものとみられる。
5|7つの気候指数がいずれも1高かった場合、死亡数は+11.8万人増加
それでは、7つの気候指数がいずれも1高かった、とした場合はどうなるだろうか。回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+11.8万人の増加となった。これは、気候変動が死亡数に大きな影響を与える可能性があることを示唆する結果と言える。
以上の結果をまとめると、次の通りとなる。
6――おわりに (私見)
これにより、得られた回帰式の死亡数実績の再現性は、2010年代以降の近年の部分では向上した。
ただし、得られた回帰式が示す関係性は、あくまで相関関係をとらえたものであり、因果関係を示しているわけではない。今後、その関係性の裏付けのために、疫学等のエビデンスを蓄積していく必要があるものと考えられる。そして、両者の関係を定量化するためには、質、量の両面で検討を深めていくことが求められる。
気候変動と死亡率の関係性の定量化が適切にできるようになれば、その次のステップとして、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定が計算可能となる。すなわち、将来の気候変動の進展に応じて、どのように死亡率が変化し、生命保険の死亡保険金等の支払いにどう影響を及ぼすのか、といった試算が可能となる。もちろん、そこに至るまでの道程は平坦ではないと予想されるが、取り組むべき価値の高い課題と言えるだろう。
引き続き、回帰式の見直しを図るとともに、国内外の各種調査・研究動向のウォッチを続けていき、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定という大きな課題に取り組んでいくこととしたい。
【参考文献・資料】
- 「一般気象学〔第2版補訂版〕」小倉義光著(東京大学出版会, 2016年)
- 「絵でわかる地球温暖化」渡部雅浩著(講談社, 2018年)
- 「日本の超過および過少死亡数ダッシュボード」(国立感染症研究所)
- 「日本の気候」(気象庁HP)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kisetsu_riyou/tenkou/Average_Climate_Japan.html - 「地球温暖化『日本への影響』-新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策-」(環境省環境研究総合推進費 戦略研究開発領域 S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 2014報告書, S-8 温暖化影響・適応研究プロジェクトチーム)
- “The Effect of Weather on Respiratory and Cardiovascular Deaths in 12 U.S. Cities” (Alfésio L. F. Braga, Antonella Zanobetti, and Joel Schwartz, 2002)
- “Models for the Relationship Between Ambient Temperature and Daily Mortality” (Ben Armstrong, 2006)
- 「全国都道府県市区町村別面積調」(国土地理院)
- 「住民基本台帳人口」(総務省)
- 「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP)
https://www.data.jma.go.jp/risk/obsdl/index.php - 「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP)
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/sea_lev_var/sea_lev_var_his.php - 「過去の気象データ検索」(気象庁HP)
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index - 「人口動態統計」(厚生労働省)
- 「国勢調査」(総務省)
- 「人口推計」(総務省)
- 「SPSSによる回帰分析」内田治著(オーム社, 2013年)
- “Actuaries Climate Risk Index-Preliminary Findings”(American Academy of Actuaries, Jan. 2020)
(著者の過去の関連レポート)
「気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年9月8日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72284?site=nli
「気候変動指数の地点拡大-日本版の気候指数を拡張してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年12月28日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73405?site=nli
「気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年4月6日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74427?site=nli
[前回のレポート]
「気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年8月31日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=75966?site=nli
(2024年01月18日「基礎研レポート」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
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