2023年12月22日

長期投資におけるリターンとリスク-長期投資では年率リターンと年率リスクで判断してはいけない

金融研究部 研究員 熊 紫云

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2――長期投資の場合の期待リターンはどうなるのか

株式インデックスをはじめとする投資商品のリターンには、資産の保有中に継続的に得られる収益であるインカムと、株価の値上がり等によるキャピタルゲインがある。なお、このレポートでは資産形成に向いている「投資商品」を購入するとの前提を置くため、期待リターンはプラスだと想定している。

投資のリターンや期末時価残高を計算する方法には大きく単純単利と複利という2つの方法がある。

投資実務でのリターンは複利で計算することが多い。

では、実際に、1989年10月末から2023年11月末までのS&P 500(円建て・配当込み)のデータを使って、日次・週次・月次リターンを計算してみよう。さらに、日次リターンの場合、1日間だけでなく、4日間、9日間、16日間、25日間、36日間、49日間のリターンも計算する。週次、月次リターンについても同様に計算する。

計算結果は図表4の通りである。赤い実績値はリターンのサンプル数が100未満の場合のデータでやや信頼性が劣る可能性がある。

図表4を見ると、日次・週次・月次のデータを問わず、時間が長くなればなるほど、当たり前ではあるが、累積リターンが大きくなることが分かる。
【図表4】S&P 500の累積リターン
次に、累積リターンを複利による年換算した結果が図表5となる。
【図表5】S&P 500の年換算リターン
サンプル数が少ない月次の36か月間の年換算リターンが4.47%(図表5:赤枠)という外れ値以外は、基本的に日次、週次、月次のいずれの数値もおおよそ11%~13%であり、このくらいがS&P 500の年率リターンと言えるのではないだろうか。

過去のデータの切り取り方によって年換算リターンが異なるものの、後ほど説明するが、S&P 500のリターンは中長期的にかなり高い。過去と将来は違うものの、おそらく将来においても相対的に高い水準のリターンが見込めると考えても良いと思われる。ちなみに、特定の投資商品の期待リターンを想定する場合、将来の経済情勢等の定性判断はするものの、過去の一定期間における実績リターンの平均をベースとすることが多い。

では、期待リターンの水準の違いが長期的に累積リターンにどのような影響を与えるのかについて確認してみよう。1年間の期待リターンを1%、5%、10%、12%にして、1年後、5年後、10年後、15年後、20年後、25年後の累積リターンを試算してみた(図表6)。 
【図表6】累積リターン(期待リターンと投資期間による違い)
投資期間が長く、かつ1年間の期待リターンが高ければ高いほど、累積リターンが雪だるま式に大きくなっていく。

1年間の期待リターンが1%の場合、10年後に10.46%で10倍になり、25年後に28.24%で28倍になる。1年間の期待リターンが10%の場合、10年後に159.37%で約16倍になり、25年後に983.47%で98倍にもなる。

期待リターンによる違いを見てみると、1年間の期待リターンが1%と10%である場合で1年間の投資では単に10倍のリターンの違いだが、25年後にそれぞれの累積リターンは28.24%と983.47%で、35倍もの違いが出る。このように、長期投資の場合は、高リターンの投資商品に投資する方が、累積リターンが加速度的に増えていくメリットがある。一方、高リターンの投資商品には高リスクが伴う。次章では、このような長期投資の場合のリスクに対する考え方を説明する。

3――長期投資の場合のリスク

3――長期投資の場合のリスク

投資の世界では、1年間の投資を前提にリターンのブレを年率標準偏差(σ)で表現しており、これをリスクとしているが、長期投資の場合は、違った視点でリスクを見ることが必要となる。投資商品は長期保有することが大切で、投資期間が長くなると当然累積リスクも大きくなるが、年当たりのリスクは小さくなっていくという「リスク時間分散効果」が働くと一般によく言われている。このリスク時間分散効果を簡単にイメージで理解するために、まずは、投資実務で良く使われる√T倍ルールを説明したい。

√T倍ルールは1年間のリスクをσとして、投資期間がT年間の場合、T年間のリスクはσのT倍になるのではなく、それよりは小さくσの√T倍になるという簡便法である。

1年間がσだとすると、2年間でσ×√2、3年間でσ×√3…T年間のリスクの推計値はσ×√T倍になる。√T倍ルールの根拠については、補論としてこのレポートの最後に書いたので、興味のある方はご覧いただきたい。 

では、実際に、第2章と同様に、1989年10月末から2023年11月末までのS&P 500(円建て、配当込み)の日次、週次、月次リターンを使用して累積実績リスクを計算してみよう。結果は図表7の通りである。
【図表7】累積実績リスク
累積実績リスクは累積実績リターンと同じく、サンプル数が100未満の場合の赤字の累積実績値以外は、基本的に日次、週次、月次のデータを問わず、期間が長くなるにつれてリスクが大きくなる。

続いて、√T倍ルールに基づく推計値(以下、√T倍推計値)が実績値とどれくらい近いかを確認する。図表7の1日間・1週間・1か月間のリスク(該当行:太字)を所与として、それを元に√T倍ルールに基づく推定値を計算してみた(図表8)。
【図表8】√T倍ルールに基づく累積リスクの推計値
具体的には、1日間の累積実績値に√4、√9、√16、√25、√36、√49を掛けた数値が、それぞれ4日間、9日間、16日間、25日間、36日間、49日間の√T倍推計値になる。

例えば、1日間の実績リスクが1.4%なので、それに2、3、4、5、6、7を掛けて、それぞれ2.8%、4.2%、5.6%、7.0%、8.5%、9.9%の√T倍推計値を得ることができる。結果は図表8の通りである。

図表7と図表8を比較すると、結果として、データ数が少ないため信頼性が劣る月次データの16か月間から49か月間までのリターン(図表8:赤枠)から算出された標準偏差を除いて、実績値は推計値との差はあまりない。

従って、今回はこのデータに限っての検証だが、√T倍ルールはある程度使えると言えるのではないだろうか。

次に、累積実績リスクを年換算して年率リスクを確認してみる。

図表9が√T倍ルールに基づき、累積実績リスクに√(260÷期間)を掛けて年換算した実績値になる。同様に、週次、月次リターンも年換算した(週次なら√(52÷期間)、月次なら√(12÷期間))。
【図表9】S&P 500の年換算リスク
サンプル数が少ない赤字の部分を除くと、S&P 500の年換算リスクは18%から22%程度であると考えられる。

最後に、第1章で、今後1年間ではS&P 500は元本割れリスクが30%もあるから怖くて投資できないと思う人がいても不思議ではないと書いたが、長期投資での元本割れリスクはどのくらいあるのかを確認する。

図表1を元に、S&P 500のリターンが正規分布に従い、期待リターンを年率10%で、標準偏差を年率20%と想定すると、√T倍ルールを使って長期投資のリスクを推計するとの前提で、投資期間ごとに、累積リターンが▲30%、▲10%、0%、10%、30%、50%、100%以下となる累積確率を計算してみた。結果は図表10の通りである。
【図表10】投資期間ごとに特定の累積リターン以下になる確率
第1章の図表2で触れたように、投資期間が1年間だと30%以上下落する確率が2%強あって、10%以上下落する確率が16%くらいあって、0%以下になる確率、つまり元本割れリスクは30%強ある。投資期間が10年間だと、▲30%以上下落する確率が0.14%まで小さくなる。▲10%以上下落する確率は0.37%、元本割れリスクは0.59%にまで小さくなる。投資期間が15年以上だと、実は元本割れの可能性がなくなる。

一方で、投資期間が長くなるにつれ、損する可能性が小さくなっていくとともに、累積リターンが高くなる可能性が大きくなっていく。投資期間が10年間の場合、100%以下になる確率が17.39%しかないので、逆に言うと、資産残高が倍以上になる確率が82.61%もある。投資期間が20年間を超えたら、100%以下になる確率は0%で、すべてのケースの資産残高が倍以上になる。しかし、リターンが正規分布に従うとの単純な前提で計算しているので、実際に試算結果のようになるとは限らないが、20年後、25年後等、長い投資期間になるほど、高いリターンを獲得する可能性が大きくなることが分かるのではないだろうか。分かりやすく金額で説明すると、投入元本が100万円とすれば、10年後には80%強の確率で200万円以上になり、15年後にはほぼ100%の確率で、200万円以上になるということである。
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金融研究部   研究員

熊 紫云 (ゆう しうん)

研究・専門分野
資産運用・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     2020年   日本生命保険相互会社入社
     2021年4月 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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