2023年12月22日

長期投資におけるリターンとリスク-長期投資では年率リターンと年率リスクで判断してはいけない

金融研究部 研究員 熊 紫云

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新NISAや確定拠出年金を活用して老後のための資産形成等を目指す長期投資では「リスクが大きいことのデメリットよりリターンが大きいことのメリットが大きい」ということは過去のデータから明らかである1が、今回は長期投資におけるリターンとリスクに焦点を当てて、少しだけ理論的にいろいろと考えてみたい。

投資商品の特性は年率リターンと年率リスクで表すことが多い。短期的価格変動を表す年率リスクが大きい投資商品に対して不安を感じることは当然のことかもしれない。しかし、長期投資の場合はリターンとリスクについて違った考え方が必要である。

投資期間が長くなると累積リターンと累積リスクは大きくなるが、それぞれが実際どれだけ増加するかを過去のデータ等を用いて確認してみたい。また、投資期間をT年間と仮定すると、累積リスクは年率リスクのT倍になるのではなく、√T倍になるという簡便法があるが、この方法が実際に役に立つのかどうかも確認したい。

1――投資におけるリターンとリスク

1――投資におけるリターンとリスク

投資の世界では、特定の投資商品やポートフォリオの将来のリターンを予測する際には、過去のリターンのデータ分析や将来の経済情勢の想定等をするが、期待リターンとリスク(標準偏差:σ)の2つだけでリターンの分布全体を表現できる、とても便利な正規分布を仮定することが一般的である。

一定期間(1日、1か月、1年など)の収益率をパーセンテージ(%)で表したものが「リターン」と呼ばれる。尚、期待リターンとは、簡単に言うと将来予想されるリターンの平均である。

投資商品のリターンは日々変動しており、将来のリターンは期待リターンを中心に正規分布に従って変動すると仮定している。標準偏差は将来のリターンが期待リターンからどの程度ばらついているかを示し、将来のリターンの不確実性を表している。

リターンの過去の実績値は日次、週次、月次、年次等、期間の刻み方によって様々である。異なる期間におけるリターンを年間ベースで換算することは年率換算(以下、年換算)という。投資の世界では、月次リターンを年率リターンや年率リスクに換算して投資商品の特性として表すことが多い。

代表的な市場インデックスであるS&P 500とMSCI Kokusai、MSCI ACWI、TOPIXについて、1989年10月末~2023年11月末、2012年末~2023年11月末という2つの期間で月次データを使って、年率リターンと年率リスクを計測してみた。その結果を図表1で示す。
【図表1】代表的なインデックスの年率リターンとリスク
図表1で、各インデックスの特性は年率リターンと年率リスクによって示されている。それぞれの投資対象のリターンとリスクの水準に応じて、高リスク高リターン、低リスク低リターン、あるいは中リスク中リターンと分類されることが多い。
 
過去のデータから、米国株式が組み入れられているS&P 500、日本を除く先進国株式を代表するMSCI Kokusai、先進国株式と新興国株式を代表するMSCI ACWIが7%~19%台の年率リターン、16%~19%台の年率リスクであり、こうした株式インデックスに連動するものは、インデックス投資の中では、一般的に高リスク高リターンの投資対象とされている。
 
ある投資商品のリターンが正規分布に従っていれば、将来のリターンは期待リターンを中心に左右対称に拡がる分布となる。例えば、S&P 500の期待リターンを年率10%で、リスク(σ)を年率20%と仮定すると、今後1年間で、リターンが▲30%(期待リターン-2σ)以下となる確率は2.28%で、▲10%(期待リターン-1σ)以下となる確率は2.28%+13.59%で15.87%となる(図表2)。ちなみに、図表2には書かれていないが、元本割れとなる確率は30.85%もある。これだけ元本割れリスクが高いと怖くて投資できないと考える人がいても不思議ではない。しかし、次章以降で説明するが、長期投資の場合では違った考え方が必要である。
【図表2】正規分布の確率分布
次に、正規分布についてもう少し詳しく説明すると、同一投資対象の場合、各期間のリターンは同一の正規分布に従い、それぞれ独立である(独立同一分布、IID:Independent and identically distributed)と仮定されることが多い。独立性は各リターンがそれぞれ無関係で独立であることを意味し、同一分布性は同一投資対象のリターン(平均)とリスク(標準偏差)が同じ正規分布に従うので、日次、月次、年次を問わず、特性が一様なので、年換算後のリターンとリスクも同じになるということを意味している。

しかし実際のところ、同じ投資対象の場合、過去のどの期間においても同じ正規分布に従う同一分布性があり、リターンとリスクがいつも同じ水準なのだろうか。
 
結論から言うと、過去のデータのどの期間を使うかによって、リターンの平均がかなり変わってくるので、実は期待リターンの推定はかなり難しい。

例えば、国内株式が組み入れられているTOPIXを見てみよう。1989年末の日本バブル崩壊、2000年ITバブル崩壊の金融危機から影響を受け、年率リターンが1.15%に過ぎない一方、2012年末以降はアベノミクスによって株高が進んでいるため、年率リターンが12%台で高くなる。

1989年10月末から2023年11月末まででは、S&P 500、MSCI Kokusai、MSCI ACWIの年率リターンが7%~10%であるのに対して、2012年末から2023年11月末まででは2008年リーマン・ショックの金融危機の期間が除外されるので、15%~19%程度と高くなる。このように、経済、社会構造などの変化があるため、同じ投資商品であっても過去のデータの切り取り方によって、リターンの平均は違ってくる。しかも切り取る過去のデータの期間が短いほど、その期間でのリターンの平均の違いは大きくなる傾向にある。

一方、各株式インデックスのリターンのばらつき度合いを表すリスク(標準偏差)の水準があまり変わらない点は注目すべきである。1989年10月末から2023年11月末まででも2012年末から2023年11月末まででも、偶然かもしれないが、どちらの期間でも年率リスクは15%~19%台である。

では次に、過去のデータの切り取り方でリターンの平均が変わることは分かったものの、特定期間内における過去のリターンがリターンの平均を中心に正規分布に従っているのかを確認してみよう。統計上データ数が多い方が良いので、S&P 500を例に、1989年10月末から2023年11月末までの8892個の日次リターンの分布頻度を図にしてみた(図表3)。
図表3】S&P 500の実績日次リターン分布頻度
日次リターンの平均である0.05%を中心に、実績リターンが分布している。特に0.25%~0.05%、0.05%~▲0.15%の区間(図表3:赤棒)で実績リターンの出現頻度が最も高い。0.05%に近ければ近いほど、実績リターンの出現頻度が高くなる。0.05%を離れていけば行くほど、過去のリターンは出現頻度が低くなる。図表3を見る限り、左右対称の綺麗な正規分布となっていると言える。

過去のデータの切り取り方によって、中心となるリターンの平均は多少左右に移動するかもしれないが、同じ投資商品の将来のリターンは同一の正規分布に従っていると仮定して考えていきたい。
 
そこで、次章からは、こうしたことを踏まえて長期投資におけるリターンとリスクをどのように考えるべきかについて、その考え方を説明していきたい。
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金融研究部   研究員

熊 紫云 (ゆう しうん)

研究・専門分野
資産運用・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     2020年   日本生命保険相互会社入社
     2021年4月 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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