2023年12月07日

「年収の5倍」は古い? 10倍を超える首都圏新築分譲マンション価格-それでも返済負担はバブル期の6割に止まる

基礎研REPORT(冊子版)12月号[vol.321]

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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1―首都圏の新築分譲マンション価格と年収倍率

株式会社不動産経済研究所「首都圏 新築分譲マンション市場動向」によれば、首都圏(1都3県:東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)で2023年1月から8月までに新規発売された分譲マンションの平均価格は8,893万円と90年代前半のバブル期の水準を超えている。3月に都心で高額の大型物件の供給があったことも影響しており、単月での価格変動も大きいため、トレンドを見るために12か月移動平均で見ても、やはりバブル期のピークの水準をかなり超えてきている[図表1]。かつてバブル期には生産年齢(15~64歳)のそれ以外の年齢階層の人口に対する比率である逆従属人口指数がピークに達し、この「人口ボーナス」がバブルを牽引したという論説も散見されたが、その後の実績を見る限り、マンション価格と人口動態はあまり関係がない。
[図表1]首都圏のマンション価格と人口動態
住宅価格の年収倍率について、かつて1992年6月30日の閣議決定「生活大国5か年計画 一地球社会との共存をめざして-」において「勤労者世帯の平均年収の5倍程度」という数字が記載された。

バブル期から足元まで時系列で比較するため首都圏の世帯年収について一定の前提を置いて推計した結果、2021年の首都圏の新築分譲マンション価格の世帯年収に対する倍率は10.53倍(平均価格6,260万円/世帯年収594.4万円)と、バブル期のピークであった1990年の9.34倍(平均価格6,123万円/世帯年収655.6万円)を超えている[図表2]。
[図表2]首都圏新築マンションの世帯年収倍率と返済負担率

2―金利水準を見ない「年収倍率」、見る「返済負担率」

首都圏の新築分譲マンションの年収倍率が、「5倍」という目安を超えて10倍にも達しているが、住宅取得が遠のいたとは一概には言えない。頭金を20%用意し、残り80%について住宅ローンを借りたと仮定し、世帯年収に占める住宅ローンの年間返済額の割合(以下、返済負担率)を試算すると、バブル期の1990年は47.7%(年間返済額312.95万円/世帯年収655.6万円)と収入の半分近くをローン返済に充当しなければならなかった。これに対して、2021年は30.1%(年間返済額178.87万円/世帯年収594.4万円)と、バブル期と比較して返済負担率が4割程度低下している*(図表2右軸)。

住宅が購入しやすいか否かは、住宅価格と所得、金利の3要素で決まる。住宅価格や金利が上昇(下落)すれば購入は困難(容易)となり、所得が増加(減少)すれば購入は容易(困難)となる。それらのバランスの中で購入のしやすさが決まる。バブル期と比較して住宅価格は概ね変わらず、所得は若干減少したが、金利が大きく低下したことで返済負担率が低下したということである。

こうした金利低下による影響の具体例を、図表3に示した。
[図表3]世帯年収1千万円の場合の借入可能額等
返済期間35年の元利均等返済で住宅ローン金利が5%の場合、返済負担率の上限が30%であれば借入可能な金額は年収の4.954倍、ほぼ5倍となる。例えば、世帯年収を1千万円、返済負担率を30%とした場合、住宅ローンの年間返済額は1,000×30%=300万円、借入額1千万円あたりの年間返済額は60万5,625円、借入可能額の年収倍率は300万円÷60万5,625円=4.954倍となり、借入可能額は4,954万円となる。

同様に、住宅ローン金利が1%の場合、借入可能額の年収倍率は8.856倍(借入額1千万円あたりの年間返済額は33万8,743円、300万円÷33万8,743円=8.856倍)と9倍近くに跳ね上がる。これは、金利が5%から1%に低下することで年間返済額が▲44%と4割程度も減少するためである。そして、金利1%の低下による借入可能額の増加は、金利水準が低いほど大きくなる[図表4]。
[図表4]購入可能額の年収倍率(返済負担率30%を前提)
バブル期の1990年頃は住宅金融公庫の基準金利が5%前後で推移していた。当時の金利水準からすれば、年収の5倍は返済負担率30%とほぼイコールであり、適切な基準であったと考えられる。しかし、その後市場金利が低下し、住宅金融支援機構が提供する「フラット35」の最頻値金利は2010年代半ば以降、1~2%近傍で推移している。金利1%、返済負担率30%。世帯年収1千万円の場合、借入可能な金額は8,856万円であり、2023年1~8月の平均価格8,893万円にも手が届く計算になる。住宅ローンの変動金利は更に低く、ネット系銀行の中には0.3%を割る水準で融資している銀行もある。この金利水準の場合、年収の10倍まで借り入れ可能という計算になるが、変動金利であること、個々物件ごとに融資可能額が異なることから、実際にそこまで借入可能かは別問題になると考えられる。
 
* 住宅ローンの返済期間は35年、住宅ローン金利は2007年3月までは住宅金融公庫の直接融資の基準金利を適用し、2007年4月以降は独立行政法人住宅金融支援機構の「フラット35」の償還期間21年以上35年以内の最頻値を適用した。

3―長期金利上昇の影響

上述のとおり、首都圏の新築分譲マンション市場において、価格がバブル期を超えた、あるいは年収倍率が5倍を大きく上回っているという理由だけで、これをバブルと言うのは必ずしも適切ではなく、金利の低下により借入可能額が増えたことで十分に説明できる価格水準であると言える。2023年に入ると長期金利の上昇に伴い住宅ローンも固定金利タイプでは金利が上昇し、上述の9千万円近い水準を正当化するのは困難となるが、この数値は都心の超高額物件が多いため高くなったという特殊要因による部分が大きい。

一般論として言えば、金利が上昇すれば不動産価格にはマイナスに作用する。これは収益還元法の考え(家賃÷金利=不動産価格)からして当然であるが、足元では長期金利は徐々に上昇している一方、短期金利は日銀がマイナス金利政策を維持していることから低位で安定している。日本の住宅ローン市場では約7割が変動金利、約2割が固定期間選択型であり、長期金利が多少上昇しても、太宗としては住宅取得への負の影響は限定的という見方が多い。

また、日銀がマイナス金利を解除して短期金利の上昇を容認するのは、賃金の引き上げが持続的となり、供給サイドではなく需要サイドが牽引する形で2%の物価目標が安定的かつ持続的に達成されると確信してからと見られる。従って、短期金利が上昇する局面においては、賃金収入も一定に増加していると考えられ、金利が上昇しても収入の増加で住宅ローンの返済負担率が変わらないという理想的な状況となれば、不動産価格は今後も維持される可能性がある。

さらに、長年続いたデフレが終息すれば、アジアの主要都市と比較しても廉価と言われる東京の不動産価格が水準訂正されて上昇が加速する可能性も考えられる。首都圏のマンション市場では3割程度はローンを組まず現金で購入していると言われる。購入層の実態は不明だが、1億円を超える高額物件、いわゆる「億ション」の契約率は2023年の1~8月の平均で86.9%と好調である。

いずれにしても、マンションに限らず、住宅を購入する際に大切なことは本当に住みたいと思う住宅に出会うことであり、あわせて、マンション価格が高くなっても無理なく購入できるかどうかの見極めも極めて重要である。その際には、単にマンション価格が年収の何倍かという基準ではなく、年間返済額が年収の何%かという返済負担率の方がより適切な基準であると考えられる。今後の生活に支障がないかどうかを良く考え、特に変動金利で借りる場
合は将来の金利上昇リスクに備えて、少し余裕を持って購入の是非を判断した方が良い。これから住宅を購入する人は様々なリスクを理解し、自らがコントロールできる許容範囲を見極め、納得した上でより良い選択を行い、そこでの充実した住生活を楽しむことが望まれる。
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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2023年12月07日「基礎研マンスリー」)

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