2023年11月30日

メディケイドとCHIP:米国の医療セーフティネット-コロナ後の通常運営で加入者は減少中-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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7――コロナ後の加入者減少

1)コロナ時の加入者増大
新型コロナウィルス感染拡大という非常事態の中、連邦政府はその財政負担を増やしつつメディケイド/CHIPの継続時加入資格審査を2023年3月末まで凍結35した。

この対策によって、メディケイド/CHIPは非常時の医療セーフティネットとして機能した半面、結果として加入者は大きく増えた。2020年2月から2023年3月末にかけて2,330万人の増加を受け、加入者数は9,500万人に至ったとの推計36もある。
 
35 まず2020年3月に成立したThe Families First Coronavirus Response Actによって新型コロナウィルスに伴う公衆衛生上の緊急事態収束まで継続保障が定められた。その後、Consolidated Appropriations Actが2022年12月に成立し、緊急事態とは関係なく2023年3月末まで継続保障実施を定めた。
36 KFF News Release “As States Prepare to Resume Disenrollments, Medicaid/CHIP Enrollment Will Reach Nearly 95 million in March, and the Pandemic-Era Enrollment Growth of 23 million Accounts for 1 in 4 Enrollees”
2)通常運営への回帰
連邦法の適用が切れる2023年4月以降、各州は通常運営に回帰しメディケイド/CHIPの加入資格審査が再開した。

但し取組は州によって区々であり、時期としても4月再開が5州、5月再開が14州、6月再開が21州とワシントンDC、7月再開が9州、10月再開が1州であった。

KFFの最新調査37によれば、4月以降の加入資格審査再開を受けて少なくとも1,061万人強がメディケイド/CHIPから脱退となり保障を失った。対象期間や審査の方針が各州によって異なるものの、これまでの資格更新と脱退の比率は全米で65:35となっている。州ごとの差異も大きく、テキサス州で同比率が35:65と脱退が3分の2を占めるところ、逆にイリノイ州では90:10と脱退は1割に過ぎない。既に無資格であると想定される加入者や連絡の途絶えた加入者から優先的に進めた州もあれば、加入者それぞれの更新日に応じて手続きを進めている州もある。また、手続きの効率性、特にシステム開発の度合いも州によって異なる。メディケイドの運営は各州に委ねられている性質上、致し方ない状況と言えよう。
図表9:各州メディケイド脱退理由 脱退の理由は加入資格なしとの決定と事務手続き上の理由とに大別される。加入資格なしと決まった脱退者がそのまま無保険状態になるか、あるいは他の医療保険に加入するかも重要であるものの、特に留意すべきは全米平均で脱退の71%が事務手続き上の理由によることである。州ごとの状況は図表9の通りである。

手続き上の理由とは、住所が正確に管理されていないため加入者が更新通知を受領していない、紛失を含め加入者が更新書類を送付していない、送付はされたが記入や添付書類に不備があって更新できない、などである。

また、情報としては十分ではないが、同調査の中で把握可能な21州において脱退者の4割近くが児童(18歳以下の子供)となっている。

新型コロナウィルス感染が収束してもメディケイド/CHIPが低所得者への医療セーフティネットとして機能せねばならないことに変わりはない。連邦政府と各州の財政を守るため本来の加入資格で運営することは当然であるものの、単に手続き上の理由で保障を失いかねない現状は社会不安の一因となっている。特に英語を苦手とするメディケイド/CHIP加入者が母国語のサポートのない州に居住している場合には、手続き上の問題がハードルとなる。

尚、第1章ではメディケイド/CHIP加入者の比率を19%弱と述べたが、これは民間医療保険を含めた全体を概観するために米国統計局の調査回答などによるデータを示したためである。連邦政府が実際に各州への財政支出を算出するための報告データ38に基づくならば2021年でメディケイド/CHIP加入者は9,210万人、人口(3億3180万人)比では27.8%であった。同年は継続時加入資格審査が凍結されて加入者数が膨らんでいた時期に該当し、既に加入者が減少傾向にあることはこの章で報じた通りであるものの、それでも米国民の2割超がメディケイド/CHIP加入者とみてよいであろう。
 
37 KFF “Medicaid Enrollment and Unwinding Tracker” (2023.11.14)
38 MACStats: Medicaid and CHIP Data Book 2022のEXHIBIT 1. Medicaid and CHIP Enrollment as a Percentage of the U.S. Population, 2021 (millions)。

8――おわりに

8――おわりに

一般に社会保障は「自助」「互助」「共助」「公助」に大別される。

低所得者にとって「自助」は難しい。米国の医療において「共助」は民間医療保険になるが、これも保険料が高額のため低所得者には難しい。よって前章まで述べた通りメディケイド/CHIPが「公助」として低所得者を支えてきた。米国民の2割超がメディケイド/CHIPによって一定の医療保障を受けている。

さらに米国では寄付などの「互助」あるいは慈善事業の存在感が大きい。わが国における寄付額が年間2兆円強に過ぎない39ところ、米国における寄付額は年間4,993億ドル40(約69.9兆円41)に至る。

このような米国の「互助」のうち、どれほどが低所得者のための医療に使われているかは判然としないものの、キリスト教の価値観で建国された米国42においては現在も一定の比重を占めるものと想定してよいだろう。

メディケイド/CHIPという「公助」に「互助」まで加味すれば、米国は必ずしも自己責任ばかりの国ではなく、その医療セーフティネットは意外としっかりしていると考えてよいのではないだろうか。
 
39 日本ファンドレイジング協会の寄付白書2021 Infographicによれば、2020年の個人寄付総額が1兆2,126億円、2019年の法人寄付額は6,729億円、同年の助成財団による助成額は1,195億円。
40 Giving USA 2023 Infographicより。
41 1ドル140円で算出。
42 V. R. ヒュックス「保健医療の経済学」(1990年)69頁によると「伝統的社会では、家族が病者のニードを満たせないときには、宗教組織が代わって役割を果たした。じつのところ、ヨーロッパ諸国のほとんどすべての病院は教会が建設し、職員を配置し、主として貧困者にサービスを提供した。」

<主な参考資料>

天野拓「オバマの医療改革 -国民皆保険制度への苦闘-」勁草書房(2013年)
佐藤千登勢「アメリカ型福祉国家の形成 -1935年社会保障法とニューディール-」筑波大学出版会(2013年)
社会保障研究所編「アメリカの社会保障」東京大学出版会(1989年)
長谷川千春「アメリカの医療保障 -グローバル化と企業保障のゆくえ-」昭和堂(2010年)
山岸敬和「アメリカ医療制度の政治史 -20世紀の経験とオバマケア-」名古屋大学出版会(2014年)
V.R.フュックス(江見康一/田中滋/二木立 訳)「保健医療の経済学」勁草書房(1990年) 
厚生労働省HP アメリカ合衆国(United Staes of America)社会保障施策
https://www.mhlw.go.jp/content/001105034.pdf
An official website of the Social Security Administration - Social Security History
https://www.ssa.gov/history/
Health Insurance Coverage in the United States: 2021 – Current Population Reports
https://www.census.gov/content/dam/Census/library/publications/2022/demo/p60-278.pdf
Congressional Research Service - Medicaid: An Overview (2023.2.8改定)
https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R43357
Medicaid.gov
https://www.medicaid.gov
Medicaid and CHIP Payment and Access Commission
https://www.macpac.gov
KFF - 10 Things to Know About Medicaid
https://www.kff.org/mental-health/issue-brief/10-things-to-know-about-medicaid/
InsureKidsNow.gov
https://www.insurekidsnow.gov
State Health Access Data Assistance Center - ACA Note: When 133 Equals 138 - FPL Calculations in the Affordable Care Act (2012.1.27)
https://www.shadac.org/news/aca-note-when-133-equals-138-fpl-calculations-affordable-care-act
Congressional Research Service – Overview of the ACA Medicaid Expansion (2021.6.9改定)
https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IF/IF10399
New York State Department of Health - New York State Medicaid
https://www.health.ny.gov/health_care/medicaid/
New York State Department of Health – Child Health Plus
https://www.health.ny.gov/health_care/child_health_plus/
TEXAS Health & Human Services - Medicaid and CHIP
https://www.hhs.texas.gov/services/health/medicaid-chip/
KFF - Medicaid Enrollment and Unwinding Tracker
https://www.kff.org/medicaid/issue-brief/medicaid-enrollment-and-unwinding-tracker/
Giving USA 2023 Reports Insights
https://www.bwf.com/giving-usa-2023-report-insights/

 
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人アフリカ協会
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

(2023年11月30日「基礎研レポート」)

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