2023年11月17日

国民所得と株価-バフェット指標から所得と株価を考える

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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( 米国の所得分配の変化 )
米国のバフェット指標が金融危機後に上昇した理由として、修正分配率が上昇(あるいは割引配当モデルでは配当分配率が上昇)してきたことが挙げられる。そこで、本節では所得の分配がどのように変化してきたかをさらに調べたい。

国全体で生産され、得られた所得は海外部門を除けば家計(賃金等)、企業(内部留保等)、政府(税金等)に分配される。配当は企業に配分された利益のうち、株主に直接的に還元される部分である。なお、内部留保も主に企業の投資活動に利用されるが、これも最終的には(将来的には)株主に還元されると言える12

米国の国民所得の主な分配経路のシェアを調べると(図表9・10)、利子等による分配率が低下する一方、配当による分配率が増加している(世界金融危機前は雇用者報酬もやや低下基調にあったが、最近は下げ止まっている)。フリーキャッシュフローで見ると、企業利益と利子(支払利息)の合計(≒税引後営業利益)は相対的に安定しているが、純設備投資(総設備投資-固定資本減耗)がやや減少したことが、株主への還元部分を押し上げている13。また、金融危機以降は利子率(i)が成長率(g)と比較して低めに抑えられていることが債権者への還元を抑制し株価を押し上げていると見られる(修正分配率の(-β+g/i×β)の部分(図表10では「利子分配の変動部分」と記載)が上昇している)。
(図表9)米国国民所得の分配シェア/(図表10)米国の修正分配率・フリーキャッシュフローの内訳
(図表11)米国の利子分配率と長期金利 米国では80年代初頭をピークに長期金利が低下基調にあり、借入による資金調達コストが低下している(図表11)。金利低下を受けて支払金利負担(利子分配率)が低下すれば14、企業利益の押し上げ要因となる。これが、配当分配率の上昇に寄与してきた可能性がある。上述したように特に金融危機以降は、利子率が名目所得成長率を下回る状況が常態化しており、債権者への還元が抑制され、株主への還元(株価)が上昇しやすくなっていた可能性があるだろう。
 
12 割引フリーキャッシュフローモデルでは、国全体の所得(付加価値)のうち株主や債権者に還元される原資から、設備投資分については控除している。この設備投資分は株主等に帰属すると捉えられるものの、株主が受け取る将来のキャッシュフロー(利益)を得るために(使用用途が決まっており)、直接分配されない部分とみなせる。
13 純設備投資が減少した理由は、本稿では分析していないが、サービス化といった産業構造の変化、あるいは所得の名目(期待)成長率の低下に対応する形で資本ストックの積み上げが以前と比較して小幅になった可能性が考えられる。
14 上記脚注の通り、利子支払額はネット表示であり、政府部門は含まれていないが企業部門が受け取る政府部門からの利子が含まれている点は留意が必要。また、企業の直面する負債での資金調達コストが必ずしも米国債金利と連動しない点にも留意が必要と言える。
( 日本とユーロ圏 )
次に、米国以外の国の状況も確認したい。

まず、日本のバフェット指標(B)、配当分配率(α)、所得成長率(g)および株価(時価総額)の割高感(1/(r-g))を見ると、図表12・13のようになる15。なお、日本の場合、長期国債利回りがマイナスの時期がある(利子率と見なして割り引くと発散する)といった状況にあり、米国と同様に長期金利を利子率の代替指標と見て割引フリーキャッシュフローモデルから理論株価を試算することは難しい16。そこで、理論株価は割引配当モデルによるもののみを載せ、参考指標として図表12に税引前の企業利益の国民所得に対する比率を示した(株主に帰属する利益の参考指標と言えるが、税引前なので一部政府に帰属する利益が含まれている点に留意が必要)。

日本でも金融危機後にバフェット指標が上昇しているが、配当分配率がアベノミクス前後で上昇している(図表12)。この時期には企業利益の増加も観察できることから、配当分配の増加は配当政策の変更だけでなく、利益という配当原資の増加も伴ったものと推測される。そのため、足もとのバフェット指標は高いものの、株価(時価総額)の割高感(1/(r-g))はかつてのバブル期、ITバブル期よりも抑制されている(図表12)17
(図表12)日本のバフェット指標、配当分配率、所得成長率/(図表13)1/(r-g)<株価の割高感>
ユーロ圏のバフェット指標(B)、配当分配率(α)、所得成長率(g)および株価(時価総額)の割高感(1/(r-g))は図表14・15のようになる18。ユーロが誕生してからの歴史が浅いこともあり、ユーロ圏全体の指標は長期でデータが入手できないものも多い。そのため、図表では過去約20年のデータを示し、また日本と同様に理論株価は割引配当モデルによるものを載せ、図表14には参考指標として税引後の営業余剰比率を示した。図表15によれば、この期間のデータに関して言えば、時価総額の割高感は若干増加はしているものの、それほど大きく変動していない。なお、ユーロ圏の配当分配率や営業余剰比率は金融危機後にむしろ低下しており、ここ10年間ではコロナ禍期間中き、ほぼ横ばいで推移している19>。
(図表14)ユーロ圏のバフェット指標、配当分配率、所得成長率/(図表15)1/(r-g)<株価の割高感>
 
15 Yとして国民所得、Pとして国内時価総額(東証データ)を用いている。また、93年以前の国民経済計算のデータは、2000年基準の93SNAを用いて接続している。配当分配率は、米国NIPAを参考にネットの配当額として家計・政府・民間非営利団体(94年以降のみ)の受取配当額(=企業部門と海外部門のネット支払配当額)の国民所得比とした。
16 この他、企業部門のネット支払利子が足もとでマイナスになっている(ネットで利子を受け取っている)点も特殊であると言える。
17 日本の場合、ネットの配当額に対してグロスの配当額が大きい点も特徴である。2021年のグロス配当支払額は38.1兆円、ネットの配当支払額は10.4兆円で、ネット配当支払額はグロス配当支払額の約27%である。米国と比較して多くの配当が企業部門内(金融機関も含む)での所得移転にとどまっていると言える。参考までに図表12ではグロス配当額の所得割合を破線で示し、図表13ではグロスの配当額に対する時価総額倍率を破線で示している。
18 Yとして国民所得(Net national income)、Pとしてユーロ圏経済の負債に計上されている上場株式(listed shares)を用いている。配当分配率は、米国NIPAを参考に家計・民間非営利団体・企業の受取配当額の国民所得比とした。
19 なお、ユーロ圏ではグロスの配当額(支払配当額)を見ても明確な上昇基調は見られない。一方で、利子については、ネットの利子分配率(企業および海外部門の支払利子額の国民所得比)がほぼ横ばいで推移する一方、グロスの利子額(支払利子額)の国民所得比は長期金利と類似した動きになっている。

3.おわりに

3.おわりに

本稿では、バフェット指標を手掛かりにして主要国の時価総額の割高感を概観してきた。

米国や日本ではバフェット指標、つまり株価時価総額のGDP比(あるいは国民所得比)は時系列で見て高水準だが、合わせて株主に帰属するキャッシュフローや企業利益が増加しており、株の割高感としてはバフェット指標そのものが示すよりも抑制されていると言える。

また、米国や日本では、企業が生産して得られた所得の消費者への分配経路として、配当の割合が高まっていることも分かった(配当政策は必ずしも時価総額を増加させる効果をもたらすとは限らないが、シグナリング仮説20やフリー・キャッシュフロー仮説21で言及されているように株価にプラスに作用する効果も生じうる)。

一方、コロナ禍を経てマクロの経済環境は変化している。

米国では金融危機後に配当の分配割合が上昇する一方で、利子の分配割合が低下してきたが、高金利が長期化すれば、再び利子の分配割合が上昇していく可能性がある22。つまり、企業の支払利息負担が増加することで配当が圧迫されれば、株価の重しとなるだろう。

また、高インフレによって名目所得成長率(g)が押し上げられる可能性がある。名目所得成長率の上昇は将来の配当増加などを通じて株価の押し上げ要因となる一方で、インフレや金利上昇を受け、投資家が資産価格の目減りを懸念し、また債券対比での超過収益獲得を期待すれば、期待収益率(r)が名目所得成長率(g)以上に引き上げられ、株価は下落することになる(1/(r-g)が下落する)。コロナ禍後の実体経済や株価の動向が引き続き注目される。
 
20 増配が、企業の将来の収益拡大を見込んでいるというメッセージとして投資家に伝わり株価が上昇するという仮説。
21 増配によって、企業の使用できる余剰資金が減ることが株価の毀損リスクを縮小させ(リスクプレミアムが縮小し)、株価が上昇するという仮説。
22 利子額は借入残高と利子率の掛け算であるので、利子率が上昇しても借入残高が減少すれば、利子額が増加するとは限らない点には注意が必要。つまり、高金利を受けて企業が借入残高を減らせば、必ずしも利子の分配割合が上昇するとは限らない。
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年11月17日「Weekly エコノミスト・レター」)

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