2023年11月08日

住宅ローンの固定金利利用率、アメリカが9割超に対して日本は1割未満にとどまる-日本では低金利が続いていたからなのか

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.320]

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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1― 日米の住宅ローンの金利タイプ別利用状況

アメリカでは住宅ローンは「30年固定」が一般的で、足元では変動金利の利用も若干増えているが、なお1割未満である。これに対して、日本では2022年10月から2023年3月に住宅ローンを利用した者のうち、全期間固定型を選択したのは9.3%に過ぎない*1[図表1]。
[図表1]日米の固定と変動の比率
日本では長年、低金利の状況が続き、この間、アメリカのように急激な金利上昇を経験してこなかった。変動金利タイプの金利水準は優遇後でネット銀行では0.3%前後まで低下しており、主要行で見ても、全期間固定金利タイプの代表格である【フラット35】との金利差は1%を超えている[図表2]。
[図表2]日本の住宅ローン金利の推移
 
*1 アメリカでは日本の固定期間選択型に相当する商品はHybrid ARM(Adjustable Rate Mortgage)と呼ばれ、変動金利型に分類される。このため、図表1では日本の固定期間選択型は変動金利に含めてカウントしている。

2―日本の固定金利と日米比較

日本でもかつて住宅金融公庫の直接融資は住宅ローン新規貸出額の3~4割程度を占めていた。その高いシェアゆえに民業圧迫批判が巻き起こり、住宅金融公庫は2007年に廃止されたが、固定金利は必要ということで、住宅金融支援機構が設立され、市場機能を活用して【フラット35】等を提供している【。フラット35】においては、民間金融機関が融資した住宅ローン債権を住宅金融支援機構が買い取り、それを担保とした証券(機構MBS)を発行して市場から資金調達している。これはアメリカのファニーメイ等が実施している機能を模した仕組みである。

日米の金利水準自体や住宅ローンの延滞率等が相当違うので単純に比較はできないが、固定金利タイプの住宅ローン金利と10年国債の利回りのスプレッドを確認すると、住宅金融支援機構が設立された2007年以降、日本のスプレッドはアメリカよりも低く推移している[図表3]。機構MBSの発行利回りと長期・超長期の国債の利回りを比較しても、概ね安定的に推移している。
[図表3]住宅ローン金利と長期金利の差

3―利用者のリスク認識と規制

アメリカでもリーマン・ショック前は変動金利の利用率が3割程度に達した時期もあったが、変動金利のリスクを十分に説明せずに金利上昇のリスクが顕在化して返済困難となる者が続出した。その後、当局が金融機関に対して金利変動リスクの説明義務を強化したこともあり、9割程度が固定金利タイプとなっている[図表4]。
[図表4]アメリカの住宅ローン金利タイプ別利用率
日本でも、2004年の全国銀行協会「住宅ローン利用者に対する金利変動リスク等に関する説明について」の申し合わせを踏まえ、金利変動型または一定期間固定金利型の住宅ローンについては、金利変動リスクについての十分な説明をすることとしている。現状、変動金利タイプを選択している利用者はそのような説明を受けて理解した上で、自己責任において変動金利タイプを選択しているということになる。

ただし、アメリカでは説明内容がより具体的に指示されている。変動金利でも上限金利(キャップ)が設定されている場合は、その上限金利に達した場合の返済額を試算することが求められる(米国の専門家に聞くとこのケースが多いようである)。逆に、キャップがない場合は、1977年以降の金利変動を参照して15年分の返済額を試算しなければならない。日本ではキャップが設定されているケースはあまり聞かないが、図表2で示す通り、90年代に変動型の住宅ローン金利が一時的に8.5%に達したこともあった。

しかし、利用者の側からすると、現時点でここまで長期に亘り固定金利と変動金利のスプレッドが拡大すると、ある程度のリスクは認識しつつも、当初の返済額が低く抑えられる変動金利タイプを選択することになるのであろう。住宅ローンを実際に利用した人のうち、固定金利を選択した人は1割程度である一方、今後5年以内に住宅ローンを利用して住宅を取得する計画がある「利用予定者」に対する調査では、3割程度が固定金利を希望している[図表5]。

言い換えれば、最初のうちは支払額が一定となる固定金利を選択した方が良いと思った人も、いざ物件を購入してローンを組む段になると、毎月の返済額が当面は数万円単位で違う固定金利は避けてしまう人が2割程度存在するという計算になる。また、同調査からは、金利が上昇しても収入に余裕がある、あるいは繰上償還等で対応可能と考えている人が多い実態が見える。
[図表5]日本の住宅ローン選択行動

4―借換にかかる成功体験の有無

日本においても消費者物価指数(総合)の前年比は足元で3%台に達しており、インフレ圧力が強まる中でいつまで低金利が継続するか、注視されている。7月下旬に日銀はイールドカーブコントロールについて変動幅を拡大し、事実上、長期金利については上昇を容認した。しかし、長期金利が影響するのは住宅ローンの中では固定金利タイプだけであり、変動金利タイプの住宅ローン金利が影響を受けるのは短期金利であるので影響を受けない。日銀がマイナス金利を解除して短期金利も引き上げるのは賃上げの流れが定着して2%の物価目標が安定的かつ持続的に達成できたと確信してからになると見られており、現状はまだ距離があると植田総裁も発言していることから、当面は低金利の恩恵を享受したいと考えるのは自然なことかもしれない。

しかしながら、アメリカでは基本的に住宅ローンは固定金利で借りて、金利が低下した場合は借り換えればよく、上昇した場合は低利で固定しておく*2という形で、固定金利を活用している。年収の数倍となる住宅ローンについて、アメリカでは相対的に高い金利変動のリスクを回避していると言える。

日本では90年代に市場金利が急低下するなか、低金利の恩恵を受けたい債務者は住宅金融公庫の固定金利から民間の変動金利へ借り換えていった。民間の変動金利に借り換えても本格的な金利上昇を経験しなかったことで、その後も固定金利から変動金利への借換が進んでいった。後に【フラット35】で借換も利用できるようになったが、その時点では既に低利の変動金利が長期に亘り継続していたため、固定金利から固定金利への借換のメリットが失われていた。このように、アメリカとは異なり、固定金利から固定金利への借換によるメリットがなかったことも、日米の消費者の行動パターンの違いの大きな要因と思われる。

日本では長らく金利が低下局面にあったため変動金利のリスクは顕在化しておらず、当面は短期金利の上昇もないと見る向きが多いと見られる。しかし、日本においても40年ぶりとも言われる物価高騰等で、これまでの30年余とは違って本当に金利上昇があるかもしれない。金融機関には変動金利の住宅ローンのリスクについて引き続き適切な説明が求められるとともに、借りる人も十分にリスク等を理解した上で、固定金利と変動金利のどちらが良いかを判断する必要があるだろう。
 
*2 このことが、足元で利上げが続くアメリカの住宅市場で影響が緩和される要因となっていると内閣府「世
界経済の潮流 2022年 II」は分析している(同61ページ)。
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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2023年11月08日「基礎研マンスリー」)

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