2023年11月01日

気候リスク保険のジェンダー配慮-マクロ、メソ、マイクロ -- 各レベルでカギとなる取り組みは...

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題への注目が高まっている。地球温暖化が進み、ハリケーン、豪雨、海面水位上昇、山林火災、干ばつなど、様々な形で、極端な気象があらわれつつある。

気候変動の影響は、日本では、夏季の暑熱による熱中症の多発をはじめ、台風や豪雨による災害の激甚化などとしてあらわれている。世界的には、大規模な山林火災、干ばつによる水不足や作物被害、感染症の蔓延地域の拡大、島嶼国の水没などのリスク発現として生じている。

こうした影響は、男女平等に起こるわけではない。気候変動は、ジェンダー問題を増幅させるという。今回は、気候変動とジェンダー問題、その緩和のための保険について見ていくこととしよう。

2――気候変動とジェンダー

2――気候変動とジェンダー

近年、気候変動とジェンダーの2つの問題を関連づける試みが見られる。まずは、それらについて、見ていこう。
1|女性は気候変動に伴う自然災害の影響を受けやすい
気候変動は、男性と女性に異なる影響を及ぼす。主に家庭やコミュニティレベルで、男女間で、相対的な力、役割、責任が異なっていることに起因する。女性は、家庭内で、家事とともに、子ども・病人・高齢者の世話の負担が増す傾向がある。その結果、自然災害時に屋内に閉じ込められやすい。家族の世話をする責任が、災害等の緊急時の避難行動を妨げる可能性もある。2004年のインドネシア・スマトラ島沖大規模地震では、スリランカとインドネシアの津波による死亡者の7割以上が女性であった。また、2008年にミャンマーで発生したサイクロンの死亡者の61%は女性だったという。1
 
1 「気候変動に伴う災害リスクにおけるジェンダー不平等への取り組み」(UN WOMEN日本事務所サイト)
2|女性は社会で不利な立場に置かれている
開発途上国の社会では、女性は貧しく、教育をあまり受けておらず、生活に影響を及ぼす意思決定プロセスに関与していないことが多い。所有する資産が少なく、井戸水などの天然資源に依存していることも多い。

農業では、女性は、労働力占率では40%以上を占めている一方、土地所有占率では10~20%といわれており、女性の貧困解消はなかなか進まない。社会経済的、政治的に疎外されていることが多く、女性は気候変動の影響に対処する上で不利な立場に置かれている、といえる。2
 
2 “Overview of linkages between gender and climate change”(United Nations Development Programme, 2015)
3|気候変動枠組条約締約国会議は、ジェンダーを気候変動対処のための重要な要素と位置づけ
国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)は、20年以上に渡り、気候変動への対処のうえで、ジェンダーを重要な要素と位置づけてきた。2001年、マラケシュ(モロッコ)でのCOP 7において、ジェンダーに関する単独合意文書が採択された。そのなかで、すべてのレベルの意思決定に女性が完全に参加できるよう、措置を講じることとされた。

2014年、リマ(ペルー)で行われたCOP 20では、気候変動関連条約の作業部会等への女性参加向上を目的とした「ジェンダーに関するリマ作業計画」が策定された。2017年、ボン(ドイツ)でのCOP 23では、その実施のための5つの優先取組分野等を定めた「ジェンダー行動計画」が策定された。3

2021年、グラスゴー(イギリス)でのCOP 26では、「グラスゴー気候合意」に、ジェンダーに関する項目「野心を高め気候目標を達成するために不可欠な、ジェンダーに対応した実施と実施手段を確保することを締約国に奨励する」が含まれるとともに、「ジェンダーと気候変動」(合意文書)が採択された。4
図表1. COPにおけるジェンダー関連の取り組み
 
3 「気候変動政策におけるジェンダー視点の重要性」 平田知子 (参議院環境委員会調査室, 立法と調査 2022.11 No.451)
4 「COP27に向けた準備会合の現地からの最新報告:適応・ジェンダーを中心に」 遠藤理紗 (SB56報告会グラスゴーからシャルム・エル・シェイクへ ~COP27に向けた国際交渉の最新報告~, 「環境・持続社会」研究センター(JACSES), 2022年7月13日)
4|気候変動とジェンダー平等をテーマに、国連女性の地位委員会が開催された
2022年3月には、第66回国連女性の地位委員会が開催された。一般討論、閣僚級円卓会議等を経て、合意結論が採択された。この合意結論は、65の項目から成っている。そのなかで、気候変動がジェンダー平等に悪影響を及ぼすことが述べられている。5
図表2. 第66回国連女性の地位委員会の合意結論の項目 (主なものを抜粋)
 
5 “Achieving gender equality and the empowerment of all women and girls in the context of climate change, environmental and disaster risk reduction policies and programmes”(Committee on the Status of Women Sixty-sixth session, United Nations, Agreed conclusions, 14-25 March 2022) および 「気候変動、環境及び災害リスク削減の政策とプログラムの文脈におけるジェンダー平等と全ての女性と女児のエンパワーメントの達成」(第66回国連女性の地位委員会 2022年3月14~25日, 合意結論, 内閣府男女共同参画局による仮訳)
5|気候変動の影響とジェンダー格差を学んだ若齢者はまだ少数
ここで、気候変動とジェンダー不平等について、どの程度若齢者に学習されているか、見ておこう。

(1) 世界
国際NGOのプラン・インターナショナルは、2021年7月に、気候変動教育に関するグローバルオンライン調査の結果を公表している。37ヵ国1800人以上の15~24歳の若齢者(回答者の女性割合72%)に対して、尋ねている。それによると、「気候変動の影響におけるジェンダー格差」について、学校・大学・教育機関で学んだことがあると答えたのは16%にとどまった、とのことだ。6
 
6 「気候変動教育とユース・リーダーシップの再考 : 調査レポート」(Plan International, July 2021)
(2) 日本
プラン・インターナショナルのユースグループである、プラン・ユースグループは、気候変動対策とジェンダー課題に関する日本の若齢者の知識や意識を探るために、2022年11月にアンケート調査を行った。調査の対象は、15~24歳の1000人の若齢者(男性・女性500人ずつ)であった。それによると、「気候変動に関して学んだと答えた方にお聞きします。学んだ内容は次のうちどれですか?(当てはまるものすべて選択)」の問いに対して、「気候変動の影響におけるジェンダー不平等」との回答は、男性7.6%、女性5.8%、全体で6.7%にとどまった、という。7

気候変動とジェンダーの問題については、国際的な会議での関連づけが進んでいるものの、若齢者への意識づけはまだ道半ばといえるだろう。
 
7 「気候変動とジェンダーに関する調査報告書」(Plan Youth Group, 2023年3月)

3――気候リスク保険とジェンダー配慮の組み込み

3――気候リスク保険とジェンダー配慮の組み込み

気候変動に対処する保険として、気候リスク保険がある。近年、この保険で、ジェンダーに配慮しようとする動きが出てきている。
1|気候リスク保険が設立されている
気候リスク保険は、気候変動に伴う災害の影響を受けやすい地域の人々を支援するための保険を指す。海抜の低い島嶼国は、ハリケーンや熱帯低気圧による豪雨や高潮の災害に見舞われやすい。こうした災害リスクに対して、金融面の気候リスクファイナンスと並んで、保険の面から人々を支援していくものだ。開発途上国では、国連世界食糧計画(WFP)や各国政府の支援の下で、様々な気候リスク保険が設立されている。

2019年には、支援を行うための調査・研究を行う「気候リスク保険共同研究」が国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)や、ミュンヘン気候保険イニシアティブ(MCII)などをパートナーとして設立された。8
 
8 「気候リスク保険を強化し災害の影響を受けやすい地域を支援」(国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS), 2019年12月24日)
2|気候リスク保険は包括的保険
貧困地域で人々を支援する保険として、マイクロ保険が知られている。マイクロ保険は、低所得で、主流の保険サービスやリスク対処手段へのアクセスが限られている顧客に提供される保険で、マイクロファイナンス機関のローンに付随することが多い。

それに対して、気候リスク保険は、顧客を必ずしも低所得の人々に限らず、ローンに付随することもない。気候変動に伴う、様々な災害に備えるための包括的保険、として提供されるものが一般的である。9
 
9 “Mainstreaming Gender and Targeting Women in Inclusive Insurance: Perspectives and Emerging Lessons”(GIZ, IFC, 2017)
3|気候リスク保険にはマクロ、メソ、マイクロのレベルがある
気候リスク保険には、様々なモデルがある。契約者の違いにより、マクロ、メソ、マイクロの3つのレベルに分類できる。

マクロレベルは国や地方公共団体が契約者となる。貧困状態にある人々や、脆弱な人々に代わって、契約者が保険料を支払う。メソレベルは、マイクロファイナンス機関、NGO、協同組合、農業団体などが契約者となる。マクロレベルとメソレベルは、契約者が保険金を受け取り、それを事前に定められた指針に基づいて被災した受益者に給付する仕組みであるため、間接保険と位置づけられる。

一方、人々が保険料を支払って契約者となり、被災時には保険金を受け取る仕組みはマイクロレベルとされる。マイクロレベルは、直接保険である。10
 
10 日本の保険制度でいうと、マクロレベルは公的保険、メソレベルは団体保険、マイクロレベルは個人保険に類似している。ただし、気候リスク保険には様々なものがあり、日本の保険制度には見られない仕組みもある模様。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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