2023年08月31日

気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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6――実績と回帰計算結果の比較

本章では、回帰計算の結果を確認していく。

1|死亡数 : 回帰計算結果は、死亡数実績を概ね再現できている
まず、全体の死亡数の推移をもとに、過去の実績の再現がどの程度できているか、を見ていく。

回帰計算によって得られた死亡率をもとに、死亡数を計算する。その上で、男性・女性・男女計の各地域区分ごとおよび日本全国について、死亡数の過去の実績と回帰計算の結果を比較してみると、23~28ページの「死亡数 実績・回帰比較」のとおりとなった。

各地域とも、長期的には、死亡数の実績と回帰計算の結果は、緩やかな右肩上がり示している。1971年以降の各年について、概ね、両者は近接している。2021年の日本全体(男女計)は、実績143.9万人に対して回帰計算結果143.2万人(対実績 -0.5%)となっている。回帰計算結果は、死亡数実績を概ね再現できていると言える。

ただし、近年、男性は回帰が実績をやや上回り、反対に、女性は回帰が実績をやや下回っている。これは、男性に多い新生物で、回帰式が実績死亡率の低下を再現できていないこと。女性に増えている異常無(老衰等)で、回帰式が実績死亡率の上昇を再現できていないこと、が主な原因と見られる。

なお、当然ながら、1995年の阪神淡路大震災による近畿での死亡数、2011年の東日本大震災による東北での死亡数といった、震災等による突発的な死亡数の増加については、回帰計算は再現できていない。

2|死亡率 : 回帰計算結果は、死亡率実績も概ね再現できている
つぎに死亡率の推移を見てみる。図表の数が膨大となるため、代表年齢群団として80~84歳をとり、男性・女性について、死因別に実績と回帰計算結果を比較してみると、29~52ページの「死亡率 実績・回帰比較」のとおりとなった。

(1) 男女別
男女別に見たときに、実績死亡率の再現に大きな差異は見い出せない。ただし、男性や、関東甲信、東海、近畿の女性では、2010年代後半以降に見られる新生物の実績死亡率の低下が再現できていない。また、男性や、北海道、関東甲信の女性で、2010年代後半以降に見られる呼吸器系疾患の実績死亡率の低下が再現できていない。

(2) 年齢群団別
稿末の図表にはないが、若齢では、異常無(老衰等)の死因で、実績データが少なく、回帰計算結果と実績の乖離が見られるケースがある。高齢では、両者の乖離は小さくなっている。

(3) 死因別
死因別には、循環器系疾患や外因(熱中症含)の再現が比較的よくできている。

一方、新生物では、男性で1990年代、女性で1980年代に見られる実績死亡率の上昇変動が再現できていない。また、男性や関東甲信、東海の女性で、2010年代後半以降に見られる実績死亡率の低下が再現できていない。

呼吸器系疾患では、1990年代までに見られる実績死亡率の突発的な上昇変動が再現できていない。また、男性や、北海道、関東甲信の女性では、2010年代後半以降に見られる呼吸器系疾患の実績死亡率の低下が再現できていない。

異常無(老衰等)については、2010年代以降の上昇傾向が表現できていない。

なお、外因(熱中症含)の実績については、阪神淡路大震災や東日本大震災震災の跳ね上がりが各地域区分で生じている。これは、月別の死亡数の計算の際に、人口動態統計下巻第3表から得られる日本全国の数値をもとに、当該月の割合を掛け算していることに起因している。大震災のあった年には、死亡数が多かった震災から数ヵ月間に死亡が偏るような形で、按分処理をしているためである。年間を通じてみれば、死亡数や死亡率は実績とほぼ一致している。

(4) 地域区分別
地域区分別には、北海道から九州南部・奄美まで、概ね再現がよくできている。ただし、上述の通り、一部の地域区分では、近年の実績死亡率の低下が再現できていない箇所もある。沖縄については、他の地域区分と比べて人口が少なく、実績死亡率の変動が大きいため、回帰計算結果と実績の乖離がやや目立つ形となっている。

総じて、回帰計算結果は、死亡率実績も概ね再現できていると言える。

7――回帰式を用いた試算

7――回帰式を用いた試算

前章までに得られた回帰式を使って、今後の気候変動に応じた死亡率の推移を推定することが可能となる。ただし今回、本稿では、本格的に今後の気候変動シナリオを設定して、各シナリオに応じた死亡率の推定を行うことまでは行わない。そうした推定は、今後、改めて検討することとしたい。

そのかわり本章では、いくつかの簡単な前提のもとで、「もし気候指数が◯◯だった場合、2021年の死亡数は◇◇になっていただろう」といった試算をしていく。

1|高温指数が1高かった場合、死亡数は+0.1万人増加
試算において、最も注目すべきは、地球温暖化と死亡率の関係であろう。つまり、高温指数と死亡率の関係だ。

ここで、高温指数について、簡単に振り返っておこう。参照期間(1971~2000年)中の気温分布に照らした場合に、月のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。例えば、ある年の8月31日については、1971年から2000年までの8月31日とその前後5日間(8月26~30日および9月1~5日)の、合計330日分のデータのうち、33番目に高いデータが閾値(しきいち)となる。この閾値以上の日が何日あったか、をみることとなる。気温は、1日のうちにも変動するため、日最高気温と日最低気温のそれぞれについて、その割合をとる。この割合から、月ごとの参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、それぞれの乖離度が計算される。そして、その和半をとったものが、月ごとの高温指数となる。そして、各観測地点の高温指数の平均をとったものが、その地域区分の高温指数ということになる。

例えば、東京の8月31日については、日最高気温の閾値は33.3℃、日最低気温の閾値は26.2℃と算定されている。ちなみに、2021年8月31日の日最高気温は32.4℃、日最低気温は21.2℃で、いずれも閾値を超えなかった。次の表の通り、各日にこうした閾値が設定されている。
図表5. 東京の8月各日の日最高気温と日最低気温の閾値
参照期間中の30年間で、8月に閾値を超えた日数を見ると、平均は約3.3日、標準偏差は約4.0日となっていた。同様に、日最低気温については、平均は約3.3日、標準偏差は約3.7日となっていた。8月に閾値を超える日数が日最高気温について7.3日、日最低気温について7.0日あると、東京の高温指数は1となる。ちなみに、2021年8月については、日最高気温の閾値を超えた日が9日、日最低気温の閾値を超えた日が5日であった。日最高気温について高温指数は1.4154、日最低気温について高温指数は0.4518であり、その和半をとって、8月の高温指数は0.9336であった。24

8月の高温指数が1高まるということは、月中、日最高気温について閾値を超える日数が4.0日、日最低気温について閾値を超える日数が3.7日増えることを意味する。関東甲信の地域区分では、東京を含めた25の観測地点の平均として高温指数が計算されるため、各観測地点で、それぞれ1標準偏差分の日数だけ閾値を超える日数が増えると、関東甲信の高温指数が1高まることとなる。

それでは、2021年の高温指数が1高かった、とした場合はどうなるか。これは、東京で言えば、2021年8月には日最高気温が閾値を超えた日数は9日、日最低気温が閾値を超えた日数は5日であったため、そこからさらに1標準偏差分の日数を加算して、日最高気温が閾値を超えた日数が13日、日最低気温が閾値を超えた日数が8.7日であったことに相当する25

回帰式を用いて計算したところ、このような場合の死亡数は +0.1万人の増加と算出された。
 
24 2022年8月の東京では、閾値を超えた日が日最高気温、日最低気温とも8日であった。日最高気温について高温指数は1.1671、日最低気温について高温指数は1.2650であり、その和半をとって、8月の高温指数は1.2161であった。
25 日数に小数点以下はないため、「日最低気温が閾値を超えた日数が9日であったことに相当する」と解すべきだろう。
2|高温指数が2高かった場合、死亡数の増加は+2.6万人に拡大
それでは、高温指数が2高かった、とした場合はどうなるか。これは、東京で言えば、日最高気温が閾値を超えた日数が17日、日最低気温が閾値を超えた日数が12.4日であったことに相当する。

回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+2.6万人の増加となった。このことは、至適気温を上回るような高温の日が増えると死亡数の増加幅が大きくなる、との結果の表れと見ることができる。

3|高温、乾燥、風、湿度指数がいずれも1高かった場合、死亡数は+0.2万人増加
それでは、高温以外の気候指数も1高かった、とした場合はどうなるだろうか。

回帰式を用いて計算したところ、死亡数は、+0.2万人の増加となった。これは、高温指数のみが1高かった、とした場合とあまり変わらない結果である。計算に用いた252個の回帰式の中には、説明変数(気候指数+Cの対数)の係数が負値となっているものもある。気候指数が1高かった場合、それらが死亡率を低下させる方向に寄与するため、全体では、死亡数の増加がそれほど進まなかったものと考えられる。

気候指数が1変化したときに死亡数が大きく増加するケースとして、高温と風の指数は1高く、乾燥と湿度の指数は1低かったとした場合が挙げられる。この場合、死亡数は、+2.5万人の増加となった。これは、高温指数が2高かったとした場合と同程度の死亡数の増加となっている。

以上の結果をまとめると、図表6の通りとなる。
図表6. 気候指数が変動した場合の 2021年の死亡数の変化
なお、第5章で見たとおり、今回の回帰式の設定にあたり、各気候指数間の相関関係について、高温と低温、降水と乾燥など、ある程度明確と考えられるものについては、片方を削減することで考慮に入れた。しかし、あまり明確とは言えない潜在的な相関関係については、特段、対応をとっていない。上記のような試算にあたって、本来は、回帰式中の説明変数同士の相関26について、より慎重に考慮する必要があるものと見られる。今後の回帰式の見直しに向けた課題の1つと言えるだろう。
 
26 いわゆる多重共線性の問題。

8――おわりに (私見)

8――おわりに (私見)

本稿では、気候変動と死亡率の関係を、統計的な回帰計算の手法を用いて定量化していった。ただし、今回は、その初の試みであり、随所に改良の余地が残されているものと考えられる。回帰式については、継続的に見直し等の対応が求められることとなろう。

また、得られた回帰式で表される関係性は、あくまで相関関係をとらえただけのものであり、因果関係を示しているわけではない。今後、その関係性の裏付けのために、疫学等のエビデンスを蓄積していく必要もあろう。

このように、気候変動と死亡率の関係を定量化するためには、両者の関係性の検討を、質、量の両面で深めていく必要がある。

なお、気候変動と死亡率の関係性の定量化が適切にできるようになれば、その次のステップとして、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定が計算可能となる。すなわち、将来、気候変動がどう進んだ場合に、死亡率はどう変化し、そのことが生命保険の保険金等の支払いにどう影響を及ぼすのか、といった試算が可能となる。もちろん、そこに至るまでの道程は平坦ではないが、取り組むべき価値の高い課題と言えるだろう。

引き続き、回帰式の見直しを図るとともに、国内外の各種調査・研究動向のウォッチを続けていき、今後の気候変動シナリオに応じた死亡率の推移の推定という大きな課題に取り組んでいくこととしたい。

(稿末図表)

※ 以下の図表につきましては、「全文ダウンロード(PDF)」よりご覧ください。

「死亡数 実績・回帰比較」 男性、女性、男女計 ・・・ 23~28ページ
「死亡率 実績・回帰比較」 男性80-84歳、女性80-84歳 ・・・ 29~52ページ
「死因の分類について」 6つの死因分類 ・・・ 53~54ページ
「気候指数と死亡率の関係」 男性80-84歳、女性80-84歳 ・・・ 55~68ページ
「回帰計算結果」 252個の回帰式 ・・・ 69~82ページ

【参考文献・資料】
  1. 「一般気象学〔第2版補訂版〕」小倉義光著(東京大学出版会, 2016年)
  2. 「絵でわかる地球温暖化」渡部雅浩著(講談社, 2018年)
  3. 「日本の気候」(気象庁HP)
    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kisetsu_riyou/tenkou/Average_Climate_Japan.html
  4. 「地球温暖化『日本への影響』-新たなシナリオに基づく総合的影響予測と適応策-」(環境省環境研究総合推進費 戦略研究開発領域 S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究 2014報告書, S-8 温暖化影響・適応研究プロジェクトチーム)
  5. “The Effect of Weather on Respiratory and Cardiovascular Deaths in 12 U.S. Cities” (Alfésio L. F. Braga, Antonella Zanobetti, and Joel Schwartz, 2002)
  6. “Models for the Relationship Between Ambient Temperature and Daily Mortality” (Ben Armstrong, 2006)
  7. 「全国都道府県市区町村別面積調」(国土地理院)
  8. 「住民基本台帳人口」(総務省)
  9. 「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP)
    https://www.data.jma.go.jp/risk/obsdl/index.php
  10. 「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP)
    https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/sea_lev_var/sea_lev_var_his.php
  11. 「過去の気象データ検索」(気象庁HP)
    https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index
  12. 「人口動態統計」(厚生労働省)
  13. 「国勢調査」(総務省)
  14. 「人口推計」(総務省)
  15. 「SPSSによる回帰分析」内田治著(オーム社, 2013年)
  16. “Actuaries Climate Risk Index-Preliminary Findings”(American Academy of Actuaries, Jan. 2020)

(著者の過去の関連レポート)  
「気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年9月8日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72284?site=nli
 
「気候変動指数の地点拡大-日本版の気候指数を拡張してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年12月28日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73405?site=nli
 
[前回のレポート]
「気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年4月6日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74427?site=nli
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2023年08月31日「基礎研レポート」)

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