2023年08月31日

気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

はじめに

気候変動問題への注目度が高まっている。温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化により、台風、豪雨、熱波、干ばつ、海面水位の上昇など、地球環境にさまざまな影響がもたらされている。

その極端さを数量的に把握する試みとして、2023年4月6日の基礎研レポート1(以下、「前回のレポート」と呼称)では、北米やオーストラリアの先行事例を参考に、日本全国版の気候指数を作成した。今後、気候変動リスクのうち、長期間に渡って徐々に環境を破壊していく「慢性リスク」を定量的に示すものとして、その活用の方向性がさまざまに考えられる。

そのなかで、気候変動が人の生命や健康に与える影響は、関心度が最も高いものの1つといえるだろう。例えば、温暖化により、夏季の暑熱が高まると、熱中症になる人が増える。一方で、冬季の寒冷が緩和され、脳卒中などの循環器系疾患を発症する人が減る可能性がある。他にも、インフルエンザなどによる呼吸器系疾患や、地球環境の危機的状況に対する恐怖心からエコ不安等の精神疾患を発症するなど、気候変動はさまざまな形でココロと体に影響を与えるものと考えられる。

だが、気候変動と、人の生命や健康の関係は単純なものではない。研究により、何らかの相関関係が見られたとしても、因果関係の存在を示すだけのエビデンスが得られるとは限らない。

今回はまず、気候指数と死亡率の関係を、統計的な処理である回帰分析を通じて見ていくこととしたい。気候変動が人の生命や健康に与える作用機序は、その結果を踏まえて検討していけばよいだろう。

本稿が、気候変動問題について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。
 
1気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年4月6日)

1――気候指数の目的と活用

1――気候指数の目的と活用

まず、気候指数の目的と活用の方向性について、前回のレポートの内容を少し振り返っておこう。

1|気候指数には慢性リスク要因の定量化が求められる
近年、気候変動問題が社会経済のさまざまな場面で注目されるようになっている。台風や豪雨などの自然災害の多発化や激甚化をはじめ、干ばつや海面水位上昇に伴う食糧供給や住環境の悪化。その対策として、カーボンリサイクル、ネットゼロといった温室効果ガスの排出削減の取り組み。そうした取り組みを金融面から支えるために、グリーンボンド(環境債)やサステナビリティボンドといった省エネやエネルギー転換等の環境関連事業に資金使途を絞った債券発行。これらのさまざまな動きが、世界中で出てきている。

そこで問題となるのが、そもそも気候の極端さは、どの程度高まっているのか、ということだ。気候変動問題では、大規模な風水災のように、短時間のうちに急激に環境が損なわれる「急性リスク」だけではなく、海面水位上昇による沿岸居住地域の喪失のように、長期間に渡って徐々に環境を破壊していく「慢性リスク」もある。気候指数には、こうしたリスクの要因を定量的に示していくことが求められる。

前回のレポートでは、慢性リスクを定量化すべく、日本全国を12の地域に分けて気候区分を設定。そして気候区分ごとに、高温、低温、降水、乾燥、風、湿度、海面水位の7つの指数を作成した。

2|気候指数の活用-気候変動が人の生命や健康に与える影響を数量で把握
気候指数の用途は幅広い。直接的には、極端な気象に起因する風水災に伴う、建物や財物等の損害リスクの見積もり。海岸や河川沿岸の居住地域における災害発生リスクの把握等が挙げられる。災害以外で幅広くとらえれば、中長期的な地球温暖化の進展の定量化や、気候変動に伴う生物多様性喪失の状況把握といった活用も考えられるだろう。

それらのなかで、気候指数を通じて、気候変動が人の生命や健康に与える影響を定量的に把握するといった用途も考えられる。つまり、気候指数が上昇した時に、死亡率がどれだけ高くなるのか、健康はどれだけ損なわれるかといった点の解明である。

ただ、このうち、健康状態への影響を解明することはハードルが高い。健康状態を定量化することが難しいためだ2。これに対して、人の生死であれば、比較的に捉えやすい。

そこで、今回は、気候変動と人の死亡率の関係について、見ていくこととしたい。
 
2 疫学では、QALY(質調整生存年)といった指標をもとに、健康状態を定量化する取り組みも進められている。その手法についてはさまざまな研究が行われている。
3|人の生死には、気候変動以外にもさまざまな要素が影響する
なお、当然のことながら、人の生死には、気候変動以外にも食事、運動、睡眠等の健康的な生活、医療へのアクセス、社会環境、精神面の充足等さまざまな要素が影響するものと考えられる。したがって、もし気候指数と死亡率の間の関係を統計的に定式化できたとしても、それは死亡率に与える影響の一部を説明するものに過ぎないであろう。

また、気候指数と死亡率の間に何らかの相関関係が見られたとしても、因果関係の存在を示すだけのエビデンスが得られるとは限らない。気候変動が人にもたらす経路は複雑であり、経路の中には循環するうちに増幅するような正のフィードバック効果3、複数の作用間で打ち消し合うような相殺効果4など、さまざまなものが考えられるためだ。

したがって、気候指数と死亡率の関係を統計的な処理を通じて定式化できたとしても、そのことが両者の背後にある因果関係や作用機序を解き明かしたことにはならない。あくまで、統計的なデータ処理の結果に過ぎない。本稿では、その点を踏まえたうえで、次章以下で、気候指数と死亡率の間の関係を見ていくこととしたい。
 
3 例えば、気候変動により貧困の状態が高まり必要な医療にアクセスできずに健康を損なってしまうと、仕事に就けなくなり、ますます貧困の度合いが高まるといった増幅作用など。
4 例えば、気温上昇により、夏季の猛暑が進むとともに冬季の厳寒が緩和され、健康への影響が打ち消し合うことなど。

2――死亡率の算定

2――死亡率の算定

本稿では、関係の定式化にあたり、死亡率を左辺、気候指数を右辺にとって、回帰分析の手法を用いる。その際に、両辺に用いる実績データを整備しておくことが必要となる。本章では、まず、左辺の死亡率データについて見ていく。

1|日本で暮らす人の死亡率をどうとらえるか
そもそも日本で暮らす人の死亡率5をどうとらえるか ― これは、一見単純そうだが、実はなかなか奥深い内容を含んでいる。「いつ、どこで、どういう人が、どういう原因(死因)で亡くなったのか?」というデータを、適切にとらえる必要があるためだ。

つまり、死亡が発生した年月や地域と、死亡者の性別や年齢、そして死因別に、死亡率のデータを収集する必要がある。ここで、「死亡率」という用語を用いているが、暫定的に、死亡数を人口で割り算したものとしておく。死亡率は、分子の死亡数と分母の人口をどうとらえるか、という問題に還元されるわけだ。(なお、「死亡率」の年換算等については第7節で後述する。)

まずは、分子の死亡数から、見ていこう。
 
5 本稿は、日本人だけではなく、日本で暮らす外国人を含む、総人口に対する死亡率を対象とする。
2|1971年以降のデータで見る
死亡率と気候指数の関係を、どの期間で見るのか。死因構造は、時代とともに変化する。将来の気候変動に伴う死亡率の変化をみるうえで、現在と死因構造が大きく異なる時代のデータを大量に用いることは、両者の関係を探る際の撹乱要因となりかねない。
図表1. 日本の主な死因別死亡率の推移 (人口10万人あたり)
日本の主な死因の変遷を見ると、戦後しばらくは、結核の占める割合が比較的大きかった。しかし、1951年の結核予防法施行を受けた食生活や衛生環境の改善、予防接種(BCG)の義務化、ストレプトマイシンなどの治療薬の普及等により、結核の死亡率は大きく低下した。現時点で、将来の気候変動に伴う死亡率の変化をみるうえで、1950~60年代の結核を取り上げる必要性は乏しいと考えられよう。

現実的には、気候指数を1971年以降について設定しているため、これに合わせて、死亡数も1971年以降とすることが妥当であろう。これにより、結核等の影響の大きかった戦後約25年間の死亡動向は除外されることとなる。

3|死亡数は、都道府県別データをもとに年齢群団と死亡月の按分処理を施す
死亡数のデータは、「人口動態統計」(厚生労働省)をもとにすることが適切と考えられる。この統計では、まず、市区町村の役所に提出される出生届や死亡届等をもとに、出生票や死亡票等が作成される。すなわち全数調査に基づく統計であり、現在は統計法に基づく基幹統計となっている6。届出は、戸籍法および死産の届出に関する規程に基づいており、公的統計としての信頼度は極めて高い。

人口動態統計は、毎年、確定数が上・中・下巻の3つに分けて公表されている。このうち、死亡については、下巻の第2表、第3表、第4表に、次のように統計データがまとめられて、公表されている7

第2表 : 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・年齢(5歳階級)別
第3表 : 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・死亡月別
第4表 : 死亡数,死因(死因簡単分類)・性・都道府県別

死亡数が死因と性別ごとに分かれて表示されている点は、3つの統計表すべてに当てはまる。ただし、死亡時の年齢については第2表、死亡した月については第3表、死亡した地域(都道府県)については第4表、に分かれてまとめられている。

そこで、性別、年齢群団別、月別、都道府県別、死因別の死亡数については、この3つの表をもとに、按分処理をして算定する。具体的には、第4表の性別、都道府県別、死因別のデータに、第2表から得られる当該年齢群団の割合と、第3表から得られる当該月の割合を掛け算して、5つの区分別の死亡数データを算定する。

なお、第2表には、年齢が不詳のケースがあるが、それらについては死亡数の割合計算に用いないこととする。

また、第4表については、死亡した都道府県が不詳のケースや、外国で死亡したケースが存在する。ただし、それらのケース数は限定的である8ため、今回の死亡数データからは除くこととする。
 
6 人口動態統計の沿革によると、人口動態調査は、明治31年(1898年)「戸籍法」が制定され登録制度が法体系的にも整備されたのを機会に、同32年(1899年)から人口動態調査票は1件につき1枚の個別票を作成し、中央集計をする近代的な人口動態統計制度が確立した。その後、昭和22年(1947年)6月に「統計法」に基づき「指定統計第5号」として指定され、その事務の所管は同年9月1日に総理庁から厚生省に移管された。さらに、平成21(2009年)年4月からは、新「統計法」(平成19年法律第53号)に基づく基幹統計調査となった。
7 1970年代の統計表については、表番号が現在と異なり、下巻第1表~第3表にまとめられている。
8 例えば、2021年の死亡数143万9856人のうち、不詳は781人(全体に占める割合は0.05%)、外国は93人(同0.006%)。
4|年齢区分は5歳ごととする
次に、年齢群団について検討してみよう。人口を年齢群団で分ける際は、若齢(15歳未満)、生産年齢(15~64歳)、高齢(65歳以上)の3区分にするなど、ざっくりと大まかにとらえることも考えられる。しかし、今回のように死亡率を問題とする場合、特に高齢では年齢ごとに死亡率水準が大きく異なる。このため、大まかなとらえ方では、各年齢群団内で、時とともに年齢構成が変化することが問題となってしまう。

そこで、今回は、より詳細な年齢区分として、5歳群団を用いる9。具体的には、「0~4歳」、「5~9歳」、…、「95~99歳」、「100歳以上」、の21個の年齢群団を設定する。
 
9 年齢を各歳ごとに区分することも考えられる。しかし、1966年の丙午(ひのえうま)の迷信による出生数減少など、年次ごとの変動の影響を受けやすくなる。また、年齢区分の個数が100を超えることとなり、計算等のデータ処理の作業も膨大となる。そこで、本稿では、年齢群団は5歳ごととして進めることとした。
5|死因は6つにくくる
次に、死因について、見ていく。現在、日本の主な死因として、悪性新生物、心疾患、老衰、脳血管疾患、肺炎、不慮の事故等があげられる。ただし、気候指数との関係性を見ていくうえで、死因のくくり方を少し変えることが考えられる。

例えば、悪性新生物には良性のものを含めて、新生物とする。心疾患と脳血管疾患は合わせて循環器系疾患とする。肺炎はより幅広く、呼吸器系疾患とする。異常の無い死因というくくりで、老衰とSIDS(乳幼児突然死症候群)を同じ死因区分に含める。不慮の事故と自殺は、外因死としてひとくくりにする、といった整理である。その結果、これら上位5つの死因は合計で死亡全体の8割程度を占めることとなる。上位5つの死因以外は、「その他」にひとまとめにする。

具体的には、「新生物」、「循環器系疾患」、「呼吸器系疾患」、「症状、徴候及び異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないもの」(本稿では、「異常無(老衰等)」と呼称)、「傷病及び死亡の外因(同「外因(熱中症含)」と呼称)」の5つの死因を取り上げる。それ以外の死因は、「その他」にまとめる。

なお、人口動態統計の死因簡単分類は、1978年以前、1979~94年、1995年以降で、統計表の分類が変化している。そのため、そして、1978年以前と、1979~94年については、53~54ページの「死因の分類について」に掲げる通り、1995年ベースの死因分類に揃えることで、死因を上記の6つにくくることとしたい。

(参考) 死因間の重複について
死亡率を複数の死因に分けてとらえる場合、厳密には、死因間の重複が問題となる。これを解消するには、いわゆる多重脱退モデルによる生命表を活用することが考えられる。その場合、ある死因について、死亡数を人口で割り算して死亡率を計算する際、分母の人口から他の死因による死亡数を控除することで、死亡率を割り増すような調整を行うこととなる。一方、各死因の死亡率から全死因の死亡率を計算する際には、単純な合計では死因の重複が生じてしまうため、それを避けるべく、調整分を控除することとなる。ただし、そもそもの死亡率が小さい若齢等では、こうした調整は各死因の死亡率の積となり、わずかな水準に留まる。

本稿では、各死因に与える気候の影響を反映するために死因別に回帰計算を行うが、最終的な目的は、全死因の死亡率の算定にある。そこで、多重脱退モデルによる生命表のような死因間の重複は加味せずに、各死因ごとに計算を行うこととする。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候変動と死亡数の増減-死亡率を気候指数で回帰分析してみると…のレポート Topへ