2023年08月28日

かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか-約30年前のモデル事業から見える論点と展望

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~かかりつけ医の新制度は有効に機能するのか~

今年の通常国会で成立した「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」(以下、全世代社会保障法)では、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」機能を強化するための制度整備が盛り込まれた。

今後、厚生労働省が有識者や関係団体などの意見を聞きつつ、制度設計の詳細が決まっていく見通しだが、今回の決着に至るまでの経緯を見ると、大きな方向性は予想できる。具体的には、新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種を受けられない患者が続出したことを受け、患者が受診する医療機関を事前に指名する「登録制度」の導入など、「かかりつけ医の制度化」を求める声が出たが、患者が自由に医療機関を選べるフリーアクセスの軌道修正に繋がるとして、日本医師会(日医)が猛反対した。結局、国主導のトップダウンによる大幅な制度改正に至らず、都道府県と地域の医師会の自治と実践に基づき、かかりつけ医機能をボトムアップで充実させて行く流れになった。

しかし、歴史をたどると、約30~40年前にも同じような議論が展開され、ボトムアップによるモデル事業が展開されたことがあった。今回は1980年代に時計の針を戻しつつ、「かかりつけ医」という言葉が医療制度改革で使われるようになった経緯を探るとともに、かかりつけ医機能の強化に向けて、約30年前に実施されたモデル事業の内容などを取り上げることで、ボトムアップによる積み上げの意義と限界を指摘する。

2――今回の制度整備の概要

2――今回の制度整備の概要

1|曖昧だった「かかりつけ医」「かかりつけ医機能」の定義
まず、今回の制度整備に関わる議論を始める前に、かかりつけ医、かかりつけ医機能の定義を確認する。日医などが2013年8月に公表した定義では、それぞれ図表1のように定められており、かかりつけ医は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義されている。さらに、かかりつけ医機能としても、身近な病気やケガに対応する機能とか、健康相談、在宅医療、健診、適切な受診行動に向けた助言など広範な内容が挙げられている。
図表1:かりつけ医機能の定義、かかりつけ医機能
しかし、かかりつけ医を定める能力や要件などは定められていない。むしろ、日医が「『かかりつけ医』とは、患者が医師を表現する言葉」と指摘している1通り、かかりつけ医を決めるのは患者自身の判断や行動である。極論を言うと、患者が「何かあったらお願いします」と旧知の医師に依頼するだけで、医師の判断に関わらず、患者が勝手に「A先生はかかりつけ医」と認識する可能性さえ想定される状況だった。

実際、こうした曖昧な位置付けが新型コロナウイルスへの対応で浮き彫りとなった。具体的には、各種調査2では約半数の国民が「かかりつけ医を持っている」と答えているのに、コロナの発熱外来やワクチン接種を巡って患者がさまよう状態に陥った。

政府にとって、最も重要な政策誘導の手段となっている診療報酬制度を見ても、「かかりつけ医」の言葉を冠した医科の制度は存在せず、2014年度診療報酬改定で創設された「地域包括診療科」も当時、「主治医」機能を評価すると説明されていた3。つまり、かかりつけ医、かかりつけ医機能は今まで制度として明確に位置付けられているとは言えなかった4

こうした中、財務省などが2021年秋以降、受診する医療機関を事前に指名する登録制度の導入とか、かかりつけ医の医師を国が認定する仕組みなど、「かかりつけ医の制度化」が必要と主張したが、これに日医が激しく反対。調整が難航したが、今年の通常国会で法改正が講じられた。議論の経過については、別稿で詳しく取り上げた5ので、参照して頂きたい。
 
1 2022年4月27日会見における日医の中川俊男会長(以下、肩書は全て当時)の発言。同『m3.com』記事を参照。
2 例えば、2019年11月公表の内閣府「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」では、52.4%の人が「かかりつけ医を持っている」と答えている。有効回答数は2,803人。
3 創設時には糖尿病、脂質異常症、認知症など2つ以上を有する患者に対し、療養指導や在宅医療の提供を実施することなどが算定要件とされた。2018年度に創設された機能強化加算も、かかりつけ医機能を評価しており、2022年度に要件の厳格化が図られた。
4 医科以外では「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」などの仕組みが整備されている。このほかにも予算・研修制度としても、「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業」「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」などが実施されている。
5 かかりつけ医に関しては、2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。
24つに分けられる決着
新たな制度整備の大枠については、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会が2022年12月に示した意見書に示されている。ここでは図表2の通り、(1)かかりつけ医機能の定義の法定化、(2)医療機関が果たしている役割を都道府県が公表している「医療機能情報提供制度」の見直し、(3)在宅医療など医療機関が担っている機能を都道府県に報告させる「かかりつけ医機能報告制度」の創設、(4)継続的な医学管理を要する患者が希望する場合、かかりつけの関係を示す書面を発行する仕組みの創設――などが盛り込まれた。このうち、一部の内容については2023年通常国会で成立した全世代社会保障法のうち、医療法などの改正に反映された6
図表2:かりつけ医機能の強化に向けた制度整備の決着
具体的には、(1)では改正医療法に「身近な地域における日常的な診療、疾病の予防のための措置その他の医療の提供を行う機能」と規定された。

次に、(2)の医療機能情報提供制度とは現在、医療機関や薬局が果たしている機能を都道府県のウエブサイトなどで開示している制度。かかりつけ医機能に関しては、図表3のような情報しか示されていないため、医療部会意見書では患者の医療機関選択を後押しする観点に立ち、提供される内容を「刷新」するという方向性が示された。
図表3:医療機能情報提供制度における「かりつけ医」の記述
さらに、3つ目の「かかりつけ医機能報告制度」では、機能を提供しているかどうかの過不足や、今後担う意向などについて、医療機関が都道府県に報告。この報告に基づき、医療機関の経営者など地域の関係者が集まる「協議の場」を中心に、不足する機能を強化するための方策を検討するとしている。厚生労働省が審議の過程で示したイメージは図表4の通りであり、これを見ると、身近な病気やケガに対応する「幅広いプライマリ・ケア7」 が外来医療で提供されているか」といった点に加えて、▽休日・夜間の対応、▽入退院時の支援、▽在宅医療の提供、▽介護サービスの提供――などについての機能を可視化しようという意図を見て取れる。さらに、機能の不足分に関しては、都道府県と地域の医師会が協力しつつ、医療機関の自主的な対応で充足しようとしていることも分かる。
図表4:かかりつけ医機能報告制度のイメージ
4番目の書面交付制度とは、継続的な医学管理を必要とする患者に対し、かかりつけの関係を証明するための書面を交付する仕組みを指しており、かかりつけの患者―医師の関係性を確定するのが狙いである。
 
6 このほか、全世代社会保障法では、75歳以上高齢者が加入する後期高齢者医療制度の保険料上限引き上げ、出産した女性に支給される「出産育児一時金」の引き上げ、3年に一度の介護保険法見直しなどが盛り込まれた。それぞれの内容に関しては、2023年8月9日拙稿「全世代社会保障関係法の成立で何が変わるのか」(全2回、リンク先は第1回)、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」、2013年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
7 本稿では、プライマリ・ケアを「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」と定義する。日本プライマリ・ケア連合学会ウエブサイトを参照。
https://www.primary-care.or.jp/paramedic/index.html
3制度整備のイメージ
これらの制度整備の方向性について、国民・患者、医療機関、都道府県の関係性を一つの図に整理したのが図表5である。左側に位置する国民・患者が医療機関を受診する際、刷新された医療機能情報提供制度を活用し、かかりつけ医を選ぶ。その際、「登録制度」は導入されなかったため、国民・患者は複数のかかりつけ医を同時に持つことが引き続き可能である。
図表5:かかりつけ医に関する制度整備のイメージ
次に、右下の部分では、国民・患者、かかりつけ医機能を持つ医療機関(主に200床未満の病院と診療所)、都道府県の関係を説明している。具体的には、地域で担っている関連する機能を都道府県に報告。都道府県は医療機能情報提供制度を通じて、これを国民・患者に開示するとともに、かかりつけ医機能報告制度では、医療機関から寄せられる情報を基に、地域で不足している機能を充足するため、地域の医療機関と協議する。

例えば、かかりつけ医機能報告制度を通じて、「A市B地区で在宅医療が不足している」という情報が分かると、都道府県とA市医師会(あるいはA市が立地する都道府県の医師会)と協議しつつ、地域の実情に応じた対応策を検討する流れになる。さらに左上の矢印では、高齢者や慢性疾患の患者、障害者、医療的ケア児など継続的な医学管理が必要な患者が望めば、かかりつけの関係を証明する書面が医療機関から交付される。

では、上記のような制度整備は有効に機能するのだろうか。筆者自身、高齢化に対応した医療制度に切り替える上で、全人的かつ継続的に患者を診るプライマリ・ケアは非常に重要と考えており、これに近い考え方として、かかりつけ医機能の定義が医療法などで法定化された点をプラスと受け止めている。さらに、かかりつけ医機能報告制度などを通じて、住民にとって身近なプライマリ・ケアの情報が一定程度、可視化される点も重要である。

しかし、不透明な部分が幾つか残された。例えば、法定化の対象は「かかりつけ医機能」であり、「かかりつけ医」ではない。このため、かかりつけ医の曖昧さは解消されたとは言い難い。さらに、今回の制度整備のターゲットも慢性疾患を有する高齢者などに置かれており、新型コロナウイルスへの対応で焦点になった健康な人とか、かかりつけ医を持っていない人は対象外になっている。

2~3点目で挙げた可視化の仕組みに関しても、都道府県と地域の医師会のボトムアップによる取り組みが想定されており、その充実に強く期待しているものの、「全ての都道府県で継続的に取り組みが進む」とは思えない8。以下、医療機能情報提供制度とかかりつけ医機能報告制度に絞りつつ、期待と不安の順で私見を述べる。
 
8 ここでは詳しく述べないが、4点目の書面交付制度についても、書面を交付できる医師が1人なのか、複数なのか、医療部会意見書では明確に示されていない。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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