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かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか-約30年前のモデル事業から見える論点と展望

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~かかりつけ医の新制度は有効に機能するのか~
今後、厚生労働省が有識者や関係団体などの意見を聞きつつ、制度設計の詳細が決まっていく見通しだが、今回の決着に至るまでの経緯を見ると、大きな方向性は予想できる。具体的には、新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種を受けられない患者が続出したことを受け、患者が受診する医療機関を事前に指名する「登録制度」の導入など、「かかりつけ医の制度化」を求める声が出たが、患者が自由に医療機関を選べるフリーアクセスの軌道修正に繋がるとして、日本医師会(日医)が猛反対した。結局、国主導のトップダウンによる大幅な制度改正に至らず、都道府県と地域の医師会の自治と実践に基づき、かかりつけ医機能をボトムアップで充実させて行く流れになった。
しかし、歴史をたどると、約30~40年前にも同じような議論が展開され、ボトムアップによるモデル事業が展開されたことがあった。今回は1980年代に時計の針を戻しつつ、「かかりつけ医」という言葉が医療制度改革で使われるようになった経緯を探るとともに、かかりつけ医機能の強化に向けて、約30年前に実施されたモデル事業の内容などを取り上げることで、ボトムアップによる積み上げの意義と限界を指摘する。
2――今回の制度整備の概要
実際、こうした曖昧な位置付けが新型コロナウイルスへの対応で浮き彫りとなった。具体的には、各種調査2では約半数の国民が「かかりつけ医を持っている」と答えているのに、コロナの発熱外来やワクチン接種を巡って患者がさまよう状態に陥った。
政府にとって、最も重要な政策誘導の手段となっている診療報酬制度を見ても、「かかりつけ医」の言葉を冠した医科の制度は存在せず、2014年度診療報酬改定で創設された「地域包括診療科」も当時、「主治医」機能を評価すると説明されていた3。つまり、かかりつけ医、かかりつけ医機能は今まで制度として明確に位置付けられているとは言えなかった4。
こうした中、財務省などが2021年秋以降、受診する医療機関を事前に指名する登録制度の導入とか、かかりつけ医の医師を国が認定する仕組みなど、「かかりつけ医の制度化」が必要と主張したが、これに日医が激しく反対。調整が難航したが、今年の通常国会で法改正が講じられた。議論の経過については、別稿で詳しく取り上げた5ので、参照して頂きたい。
1 2022年4月27日会見における日医の中川俊男会長(以下、肩書は全て当時)の発言。同『m3.com』記事を参照。
2 例えば、2019年11月公表の内閣府「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」では、52.4%の人が「かかりつけ医を持っている」と答えている。有効回答数は2,803人。
3 創設時には糖尿病、脂質異常症、認知症など2つ以上を有する患者に対し、療養指導や在宅医療の提供を実施することなどが算定要件とされた。2018年度に創設された機能強化加算も、かかりつけ医機能を評価しており、2022年度に要件の厳格化が図られた。
4 医科以外では「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」などの仕組みが整備されている。このほかにも予算・研修制度としても、「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業」「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」などが実施されている。
5 かかりつけ医に関しては、2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。
新たな制度整備の大枠については、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会が2022年12月に示した意見書に示されている。ここでは図表2の通り、(1)かかりつけ医機能の定義の法定化、(2)医療機関が果たしている役割を都道府県が公表している「医療機能情報提供制度」の見直し、(3)在宅医療など医療機関が担っている機能を都道府県に報告させる「かかりつけ医機能報告制度」の創設、(4)継続的な医学管理を要する患者が希望する場合、かかりつけの関係を示す書面を発行する仕組みの創設――などが盛り込まれた。このうち、一部の内容については2023年通常国会で成立した全世代社会保障法のうち、医療法などの改正に反映された6。
6 このほか、全世代社会保障法では、75歳以上高齢者が加入する後期高齢者医療制度の保険料上限引き上げ、出産した女性に支給される「出産育児一時金」の引き上げ、3年に一度の介護保険法見直しなどが盛り込まれた。それぞれの内容に関しては、2023年8月9日拙稿「全世代社会保障関係法の成立で何が変わるのか」(全2回、リンク先は第1回)、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」、2013年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
7 本稿では、プライマリ・ケアを「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」と定義する。日本プライマリ・ケア連合学会ウエブサイトを参照。
https://www.primary-care.or.jp/paramedic/index.html
例えば、かかりつけ医機能報告制度を通じて、「A市B地区で在宅医療が不足している」という情報が分かると、都道府県とA市医師会(あるいはA市が立地する都道府県の医師会)と協議しつつ、地域の実情に応じた対応策を検討する流れになる。さらに左上の矢印では、高齢者や慢性疾患の患者、障害者、医療的ケア児など継続的な医学管理が必要な患者が望めば、かかりつけの関係を証明する書面が医療機関から交付される。
では、上記のような制度整備は有効に機能するのだろうか。筆者自身、高齢化に対応した医療制度に切り替える上で、全人的かつ継続的に患者を診るプライマリ・ケアは非常に重要と考えており、これに近い考え方として、かかりつけ医機能の定義が医療法などで法定化された点をプラスと受け止めている。さらに、かかりつけ医機能報告制度などを通じて、住民にとって身近なプライマリ・ケアの情報が一定程度、可視化される点も重要である。
しかし、不透明な部分が幾つか残された。例えば、法定化の対象は「かかりつけ医機能」であり、「かかりつけ医」ではない。このため、かかりつけ医の曖昧さは解消されたとは言い難い。さらに、今回の制度整備のターゲットも慢性疾患を有する高齢者などに置かれており、新型コロナウイルスへの対応で焦点になった健康な人とか、かかりつけ医を持っていない人は対象外になっている。
2~3点目で挙げた可視化の仕組みに関しても、都道府県と地域の医師会のボトムアップによる取り組みが想定されており、その充実に強く期待しているものの、「全ての都道府県で継続的に取り組みが進む」とは思えない8。以下、医療機能情報提供制度とかかりつけ医機能報告制度に絞りつつ、期待と不安の順で私見を述べる。
8 ここでは詳しく述べないが、4点目の書面交付制度についても、書面を交付できる医師が1人なのか、複数なのか、医療部会意見書では明確に示されていない。
(2023年08月28日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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