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全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(下)-役割と責任が拡大する都道府県への期待と不安

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~都道府県の役割が拡大、どこまで移譲できるか~
今回の法律では、出産時に支払われる「出産育児一時金」の引き上げに加えて、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化など数多くの内容が盛り込まれた。
そこで、2回シリーズの(上)では、後期高齢者医療制度の見直しなど、主に医療保険制度改革に関する部分をピックアップし、全体として全世代で応能負担を強化する流れが強まっている点とか、制度の極端な複雑化が進行した点を考察した。
(下)では、医療費適正化計画の強化や国民健康保険運営方針の見直しなど、主に都道府県が絡む制度改正を取り上げることで、都道府県の役割と権限を大きくする「医療行政の都道府県化」の傾向が一層、顕著になっている点を考察し、都道府県に対する期待と不安を論じる。
2――改正法の概要と本稿の構成
これを見ると、医療保険制度に関わる健康保険法や国民健康保険法、高齢者医療確保法(以下、高確法)、医療提供体制改革に関する医療法、さらに3年に一度の見直し時期を迎えていた介護保険法など、広範な内容が盛り込まれていた様子を見て取れる。施行は原則として2024年4月。
このうち、「1.こども・子育て支援の拡充」については、出産した妊婦に現金を給付する「出産育児一時金」の引き上げを意味しているほか、「4.医療・介護の連携機能及び提供体制等の基盤強化」では、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化とか、「超小粒」となった介護保険制度改正が関係しており、それぞれ別稿で取り上げた1。さらに、(上)では「2.高齢者医療を全世代で公平に支え合うための高齢者医療制度の見直し」を主に論じた。
2回シリーズの(下)では、「3.医療保険制度の基盤強化等」を中心に取り上げる。具体的には、(1)医療費適正化計画の見直し、(2)健康保険組合や協会けんぽなどの保険者(保険制度の運営者)で構成する都道府県単位の「保険者協議会」の必置化、(3)国民健康保険運営方針の見直し――の3つについて、制度を巡る過去の経緯や今回の改正内容、課題などを論じる。そのほか、「4.医療・介護の連携機能及び提供体制等の基盤強化」の④に出ている「地域医療連携推進法人」の見直しも簡単に説明する。
その上で、(1)~(3)に共通する傾向として、医療行政における都道府県の役割や責任を強化する「医療行政の都道府県化」が進んでいる点を指摘し、今後の制度改正の論点を占う。
1 出産育児一時金については、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」、かかりつけ医に関しては、2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)、介護保険制度改正については、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」をそれぞれ参照。
3――医療費適正化計画の強化
医療費適正化計画とは元々、2008年度改正で導入された仕組みであり、根拠となっている高確法では「国民の高齢期における適切な医療の確保を図る観点から、医療に要する費用の適正化を総合的かつ計画的に推進」するため、国が基本方針と医療費適正化に繋がる計画を策定すると規定されている。さらに同法では、国の基本方針を踏まえ、都道府県も医療費適正化計画を作ることが定められており、国と都道府県の第1計画は2008年度から開始した。その後、5年ごとに更新が重ねられ、2018年度からスタートした現在の計画から年限が6年に変更された。
計画が重視しているのは平均在院日数の削減。都道府県別で見た医療費と平均在院日数が強い相関関係を示しているため、政府は医療費適正化計画の開始に際して、平均在院日数の全国平均と最短の都道府県の差を2015年度までに半分にする長期目標を示した。これを受けて、2008年度から始まった最初の国の医療費適正化計画では、2012年度の目標値として、全国平均の在院日数を32.2日から29.8日に短縮させる方針が盛り込まれた。これが実現すれば、最短の長野県(25.0日)との差は3分に2に短縮すると期待されていた。
さらに、平均在院日数を減らすための施策として(1)特定健康診査・保健指導、(2)医療提供体制改革――の2つが列挙された。このうち、(1)は40~64歳に義務付けられた健康診断と、これに基づく保健指導を指しており、国の目標では、前者の実施率を70%以上、後者の実施率を45%以上に引き上げることで、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の該当者や予備群を10%以上減らす方針が掲げられた。
一方、(2)の医療提供体制改革では、「介護型療養病床」を21万床減らす目標が盛り込まれた。ここで言う介護型療養病床とは、高齢者の長期療養を前提とした介護保険制度のサービス類型であり、1973年の老人医療費無料化の後に急増した老人病院の系譜の一つに位置付けられる。
その後、2000年度の介護保険制度の創設に際して、該当する医療機関は介護保険の適用を受けるか、引き続き医療保険から給付を受けるか、選択する仕組みが導入されていたが、2005年に決着した医療制度改革(法改正は2006年)では、介護保険の適用を選んでいた介護型療養病床を2011年までに全廃する方針が一旦、盛り込まれた。
しかし、図1の通り、計画の「目玉商品」である特定健康診査・保健指導は目標通りに推移しておらず、第1期計画の目標は2013年度開始の第2期、2018年度スタートの第3期に踏襲されている。
以下、これまでの経過を見ると、特定健康診査の実施率は2008年度時点で38.9%。その後、第1期計画が終わる2012年度で46.2%になったものの、目標の「70%以上」には遠く及ばなかった。
さらに、2008年度に7.7%だった特定保健指導の実施率も2012年度時点で16.4%に終わり、目標の45%に到達しなかった。一方、メタボリックシンドローム該当者や予備群の減少率は2008年度と比べて12.0%減となり、一応は目標をクリアした。以上のような経過を見ると、全体的な傾向として、特定健康診査・保健指導は鳴り物入りで始まった割に、計画通りに進んだとは言えなかった。
同じく第1期計画で重視されていた介護療養病床に関しても、議論がストップした。2009年に政権を獲得した民主党がマニフェスト(政権公約)で、「削減計画の凍結」「必要な病床数を確保」と定めていたため、廃止期限が2017年度まで延期された2。結局、平均在院日数についても2012年度に31.2日となり、計画目標に及ばなかった。
さらに後発医薬品の普及についても、第2期計画から記載事項に位置付けられた。その際には、数値目標を明示しなかったものの、2013年4月に公表された「後発医薬品のさらなる使用促進のためのロードマップ」を基に、40%程度だった数量ベースのシェアを2018年3月までに60%以上にするという方針が意識された。
それでも特定健康診査・保健指導の実施率は目標通りに上がらず、第2期計画が終わった2017年度時点で、それぞれ53.1%、19.5%にとどまり、メタボリックシンドロームの該当者・予備群は逆に0.9%増えた。一方、後発医薬品の使用割合は73.0%まで上昇し、平均在院日数も27.2日に短縮した。
その後、2018年度から始まった第3期計画では、特定健康診査・保健指導、該当者・予備群の減少率に関して、第2期計画の目標が改めて維持されるとともに、2017年度から本格稼働した「地域医療構想」の影響も加味することが求められ、図2のような絵が示された。さらに、後発医薬品の使用割合に関する目標は数量ベースで80%に引き上げられた。
さらに、2023年度時点で約6,000億円を削減する目安が盛り込まれ、その内訳として、「特定健康診査・保健指導で約200億円」「後発医薬品の使用拡大で約4,000億円」「糖尿病の重症化予防で約800億円」「重複投薬や多剤投与の見直しで約600億円」などの数値が示された。
つまり、第3期以降では、地域医療構想など医療提供体制改革と医療費適正化の関係性が今まで以上に意識されるとともに、医療費削減に関する目安も示されたと言える。
以上のように、医療費適正化計画の推移を総括すると、後発医薬品の関係で目標をクリアしているものの、予定通りに進捗しているとは言い難い。しかも制度の基本的な前提についても、多くの課題が指摘されている。以下、医療費適正化計画に対する疑問として、(1)特定健康診査・保健指導でマクロの医療費を抑制できるというエビデンスが得られていない点、(2)地域医療構想が医療費適正化計画とのリンクが意識されているにもかかわらず、医療費抑制の手段として表向き位置付けられていない分かりにくさを有している点――という2点を述べる。
2 ここでは詳しく触れないが、廃止期限は最終的に2023年度末まで先送りされ、その間に「介護医療院」という別の施設体形に移行することになった。療養病床の経緯については、介護保険20年を期した拙稿コラムの第1回を参照。
3 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにし、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」における合意形成と自主的な対応を通じて、急性期病床の削減や在宅医療の充実などを進めることが想定されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
(2023年08月25日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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