2023年07月21日

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1. アメリカの商業用不動産価格動向

アメリカの中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB1)は、2023年5月に公表した「金融安定性報告書2」の中で、アメリカの商業用不動産(Commercial Real Estate、以下「CRE」と略)市場の動向について懸念を表明した。

前回2022年11月の報告以降、2023年に入り、シリコンバレー銀行、シグネチャー銀行、ファーストリパブリック銀行が破綻し、利上げが続くアメリカの金融市場の脆弱性に対して懸念が広がる中、アメリカの債務上限問題も重なり、アメリカのCRE市場の動向に関心が高まった。

FRBは同報告書の中で、CRE価格指数としてCoStar Group, Incのデータを引用している。国際決済銀行(BIS3)の「Commercial property prices」も同じ出典となっており、それをグラフ化したのが(図表―1)の水色実線である。FRBは実質化した数値を同報告書に掲載しているが、米労働省が公表している消費者物価指数の総合(Consumer Price Index, All Items)で実質化したのが同図の紺色破線となっている。インフレ率が高い水準で推移していることから、実質値の方はやや下落気味となっている。
図表-1 アメリカのCRE価格指数
同報告書では、CRE価格は歴史的高値圏にあるものの、すべてのセグメントで下落基調が広がっていると記載されている。また、同指数は実際の売買価格を活用するリピートセールス法を採用しているため、より厳しい状況にある物件は市場に売りに出されていない可能性もあることから、実勢価格はより厳しく、そのような状況が覆い隠されているリスクも指摘されている。

CREの全てのタイプで価格下落基調となっている中で、特に中心市街地のオフィスのファンダメンタルズが弱く、空室率が上昇し、賃料の伸びも鈍化しているとされる。CREのタイプ別の空室率はFRBの報告書には記載されていないが、通貨監督庁(OCC4)が2023年6月14日に出した報告書5ではコロナ後にオフィスの空室率が他のタイプと比較してより顕著に上昇していることが示されている。テレワークが普及し、コロナ禍が収束した後もそれに慣れた労働者が出社しなくなったことが要因の一つとされる。

一方、賃貸住宅は活況が続いてきたが、足元、家賃の上昇が急激となり、若干空室率が上昇している(図表―2)。それでも過去最低に近い水準にとどまっているのは住宅市場の慢性的な需給関係の逼迫による。アメリカの世帯形成数に住宅着工が追いついていないことから、持家の住宅価格、賃貸住宅の家賃ともに金利上昇にもかかわらず上昇を続けている(図表―3)。
図表-2 賃貸住宅空室率と家賃/図表-3 2010年からの累積変化
 
1 Board of Governors of the Federal Reserve System
2 FRB “Financial Stability Report May 2023”
3 Bank for International Settlements
4 Office of the Comptroller of the Currency
5 OCC “Semiannual Risk Perspective, Spring 2023”のFigure5参照。

2. CREに対する金融機関の動向

2. CREに対する金融機関の動向

FRBが四半期に一度、金融機関の担当者に実施している調査(SLOOS6)によれば、CREに対する融資審査基準を前期よりも厳格化したと回答した者の比率と緩和したと回答した者の比率の差分(DI7)は足元で大きくプラス方向、すなわち厳格化に傾いている(図表―4)。同様に、資金需要については、足元では大きくマイナス、すなわち資金需要は減退していると判断されている(図表―5)。CREに対する資金需給は縮小均衡の方向に向かっているということになる。ではそれがアメリカの金融機関にどのような影響を及ぼすのであろうか。
図表-4 CREへの融資基準DI/図表-5 CREへの資金需要DI
FRBの前記報告書によれば、2022年第4四半期末時点でアメリカのCREの市場規模は23.796兆ドルとされている。居住用不動産の55.670兆ドルの4割程度の規模で、株式の46.819兆ドル、米国債の23.845兆ドルに次ぐ規模となっている。一方、CREに対する融資等については、残高が3.57兆ドルで、うち2.17兆ドルを銀行部門が占めている。銀行部門の総資産28.5兆ドルと比較すればCRE向けのエクスポージャーはさほど大きくはない。ただし、カテゴリー1~4を除く「その他銀行」8に分類される規模の銀行はCRE向け融資残高が1.55兆ドルあり、総資産7.4兆ドルに対する比率は2割を超える(図表―6)。
図表-6 CREに対するエクスポージャー(2022年第4四半期末)/図表-7 CRE向け融資の延滞率
連邦預金保険公社(FDIC9)のQuarterly Banking Profileを見ると、CRE向けの融資の延滞率10はリーマン・ショック後に急上昇し、その後低下を続け、コロナで一時的にやや上昇したものの、足元では低位にとどまっている(図表―7)。また、FRBの前記報告書によれば、CRE向け融資の融資率(LTV11)は50~60%程度が多く、価格下落に対するクッションが厚いとされている。ただし、銀行でLTVのデータが取得可能なのはカテゴリー1~4のみで、「その他」は不明であり、また、現在のCREの価格自体が高い水準にあり、下落のリスクに晒されている点は注意が必要とされている。
 
6 Senior Loan Officer Opinion Survey
7 Diffusion Index
8 カテゴリー1はG-SIBs(Global Systemically Important Banks)の8行。カテゴリー2~4は資産規模等に応じ、その他は総資産500~1000億ドル。シリコンバレー銀行も「その他」に区分されている。Requirements for Domestic and Foreign Banking Organizationsを参照。
9 Federal Deposit Insurance Corporation
10 ここではReal Estate Loans Secured by Nonfarm Nonresidential PropertiesのNoncurrent rateを引用。
11 Loan to Value ratio

3. REIT市場の動向

3. REIT市場の動向

REIT12(不動産投資信託)の価格動向について、セントルイス連邦準備銀行のデータベース(FRED)に掲載されている「Wilshire Associates, Wilshire US Real Estate Investment Trust Total Market Index (Wilshire US REIT) [WILLREITIND]」を見ると、2022年以降、下落が顕著となっており、ダウジョーンズ工業平均株価(Dow Jones Industrial Average [DJIA])と比較しても、高値圏からの下落が大きく、戻りも鈍い(図表―8)。利上げの影響が不動産部門にはより重くのしかかっていることを示唆している。

一方、REITの負債総額については、FRBのFinancial Accounts of the United States - Z.1を見ると、コロナ後に一度規模が縮小しているが、その後は順調に増加しており、現時点において市場機能が麻痺しているといった状況にはないものと推察される(図表―9)。
図表-8 REITと株価の推移/図表-9 REITの負債総額の推移
しかしながら、図表―4で見たように、金融機関のCREに対する融資態度は急激に厳格化しており、今後、リファイナンスの需要に応えられないようなことがあれば、市場環境が急変する可能性は排除できない。過去にアメリカで大規模な金融危機が発生した際には借換資金の需要に銀行が応えなかったことが幾度かあった。大恐慌時にはバルーン償還と呼ばれる住宅ローンの借換に応じなかったことがあり、また、2007年以降のサブプライム問題でも、Hybrid ARM(Adjustable Rate Mortgages)と呼ばれる固定期間選択型の住宅ローンの固定期間明け後のリファイナンスのタイミングで住宅価格が下落に転じて借換に応じなかったことが問題を増幅させたことは記憶に新しい。流動性が金融の血脈であることに鑑みれば、金融機関の融資態度が急変する局面というのは常に注視すべき局面であるとも言えよう。
 
12 Real Estate Investment Trust

4. 結びにかえて

4. 結びにかえて

アメリカのCRE市場については、直ちに金融システムに甚大な影響を及ぼす可能性は低いものの、注視が必要といったところであろう。

2023年3月以降の金融不安の高まりは一部金融機関において急激な利上げが続く中で適切に資産・負債の総合管理(ALM13)がなされず、ネットで瞬時に情報が拡散する時代に予測不可能な速さで預金が流出したことが契機となったとされる。金利上昇局面でのALMの失敗という意味では、1970年代後半からのS&L 14危機を彷彿させる。

リーマン・ショックを経て、金融機関の規制・監督は個々の金融機関の規制・監督を重視したミクロ・プルーデンスから金融システム全体の不均衡を監視・是正するマクロ・プルーデンスの観点に重心を移していった。しかし、今回のアメリカの金融不安はむしろ個々の金融機関の行動を十分に監視できていなかったのではないかといった問題が指摘されており、やや揺り戻しが起こっている印象を受ける。

また、利上げは当然ながら景気にはマイナスである。アメリカでは国債の利回りが長期と短期で逆転する「逆イールド」になると程なくして景気後退(リセッション)に陥るというジンクスがあるとされる。2022年後半以降、長短金利差はマイナス幅を深堀りしており、2023年の早晩、リセッション入りする可能性があると見る向きもある(図表―10)。過去に多く該当したからといって必ず景気後退局面に陥るとは限らないものの、仮にそうなった場合、CREの市場は真っ先に影響を受ける可能性がある。
図表-10 米国債の長短金利差(10年―2年)
CREの価格動向は住宅よりも地域経済の状況をより敏感に反映することから、ある地域では全米平均と比較して相当な程度で下落するリスクがあり、また、そのような地域を地盤とする小規模な金融機関の経営には致命的なダメージとなる可能性はある。

なお、2023年6月28日にFRBは2023年のストレステストの結果15を発表した。対象はカテゴリー1~3の銀行で、資産規模1千億ドル以上の23行のみとなっているが、厳しい逆境シナリオ16下での損失は5,410億ドルに達するものの、それに耐えうる十分な資本を有しているとされた。このうち、国内CREは649億ドルと全体の12%を占めているが、クレジットカードや商工業向け融資等よりは低いシェアとなっている。

国内CRE自体での損失率17は8.8%とされており、クレジットカードの17.4%よりは低い数字となっている。同報告書では、個別行が厳しい逆境シナリオ下で被りうる国内CREの損失見込額も開示されている。ただし、繰り返しになるが、当該ストレステストの対象は大手行のみであり、CREの8割を保有する中小行について分析したものではない。

その後、7月14日に公開されたFRBの年次報告書18でもCREについて触れられているが、基調的な判断については上記内容を踏襲している。

いずれにしても、FRBはCRE向け融資のパフォーマンスの監視を強化し、特にCREが集中している金融機関の検査手続きも拡大していることから、今後、それらの結果を踏まえ、半年ごとの金融安定性報告書にどのような記載がなされるか、また、FRB幹部が随時どのような発言をするか、注視される。
 
13 Asset Liability Management:ここではすぐに引き出しの出来る短期の預金を原資として、長期の資産を取得したために、市場金利が急上昇し、かつ経営不安が流布した結果、預金が急激に流出して資金繰りに行き詰まり破綻に至ったことを指す。
14 Savings and Loan Association(貯蓄貸付組合)。短期の預金を原資に長期固定金利の住宅ローンを貸し出し、市場金利が上昇する中で逆鞘となり、預金が流出して多くの機関が破綻した。
15 FRB “2023 Federal Reserve Stress Test Results”
16 severely adverse scenario。国内CRE価格については40%下落することを想定している。
17 Portfolio loss rates
18 109th Annual Report of the Board of Governors of the Federal Reserve System
 
 

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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2023年07月21日「不動産投資レポート」)

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【アメリカの商業用不動産市場の動向~FRBは中小銀行のリスク集中を懸念~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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