2020年08月06日

新型コロナが顕在化させた不確実性の高まる世界-想定外の不確実性をもたらす世界の脆弱性とネットワーク化

基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.281]

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1―不確実性とは?

新型コロナウイルスのパンデミックにより、不確実性という概念が再び注目を集めている。不確実性が定義されたのは、スペイン風邪が流行した100年ほど前だ。米経済学者のフランク・ナイトが1921年の著書『Risk, Uncertainty and Profit(リスク、不確実性および利潤)』において、リスクと不確実性を区別した。双方とも不確かな事象を指すが、リスクは先験的または統計的に計量可能であるのに対し、不確実性は計量できない。換言すれば、リスクはその確率分布を求めることができ、将来の発生確率や期待リターンなどを推定することができるが、不確実性は確率分布がわからず、数量化が困難である。

2007年からの世界金融危機において注目を集めた不確実性の類型の一つが、ナシーム・ニコラス・タレブが2007年の『The Black Swan: The Impact of theHighly Improbable(ブラック・スワン:不確実性とリスクの本質)』で提示したブラック・スワン(黒い白鳥)である。ブラック・スワンは「予測ができない」、「めったに起こらない」、「起これば大きな影響を及ぼす」事象だ。ブラック・スワンという名前は、豪州で黒い白鳥が発見されたことで、白鳥は白いものという、それまで長い間信じられてきた常識が覆された話に由来する。想定外の発見が、全ての白鳥が白い旧世界と黒い白鳥が存在する新世界を隔てる。つまり、ブラック・スワンが飛来した後には、ニューノーマル(新常態)が訪れるのである。

グレー・リノ(灰色のサイ)も重要な不確実性の類型の一つだ。ミシェル・ウッカーが2013年1月の世界経済フォーラムで提起した。グレー・リノはブラック・スワンと同様に大きな影響を及ぼすが、予測可能かつ蓋然性が高い点において異なる。この比喩は、サイは普段おとなしいものの、一旦暴走し始めると誰も手を付けられなくなることに由来する。また、サイの体は大きく、遠目でも発見することが可能だ。しかし、普段は遠くにいて小さく見えるため、その脅威を軽視しがちである。近くに来たときには手遅れで大惨事をもたらす。

今回のパンデミックが、ブラック・スワンとグレー・リノのいずれなのかについては議論が残る。ただし、いずれにしても不確実性は事前に計量することができないので、リスクリターンやコストを推定できない。そのため、不確実性に対処するためには、期待値や分散などに基づいた数理的判断ではなく、ジョン・メイナード・ケインズが説いたようにアニマル・スピリット*1が求められる。
[図表]不確実性の概念
 
*1 ケインズは、不確実性への対処について、「何か 積極的な事をしようとする我々の意思決定の恐らく 大半が、アニマル・スピリッツ―不活動よりも活動を 欲する自生的衝動―の結果としてのみ行われるので あって、数量的確率を乗じた数量的利益の加重平均値 の結果として行われるのではない」と述べている(酒 井泰弘(2013)「ケインズとナイト―蓋然性と不確実性 を中心として―」. CPR Discussion Paper Series, No. J-36, 2013/4, 滋賀大学経済学部リスク研究セ ンター)

2―不確実性の高まる世界

2017年まで米ゼネラル・エレクトリックのCEOを務めたジェフ・イメルトが指摘するように*2、近年、世界の不確実性は高まっている。その背景には、経済・社会・環境といった世界のシステムが脆弱化していること、また様々なネットワークの拡大や複雑化が進んでいることがあげられる。

新型コロナウイルス感染症は高齢者や持病のある感染者が重篤化しやすいとされる。不確実性も同様に、我々を取り巻くシステムが脆弱なほど、深刻化しやすい。また、新型コロナの感染がここまで拡大したのは、国際的な人の移動が増えるなど、ヒトのネットワークの拡大によるところが大きい。不確実性の多くも、ネットワークを通じて伝播し、増幅される。さらに、不確実性の未知の部分は、べき乗則に従い拡大するネットワークに潜むことが多い。ネットワークが拡大し、複雑化するほど、危機の影響は大きくなる。
 
*2 Jeff Immelt. (2020). Lead Through a Crisis. Linkedin, https://www.linkedin.com/pulse/lead-through-crisis-jeff-immelt/ (参照 2020年5月15日)
1│システムの脆弱化
経済や金融市場は過去と比較して脆弱化している。前回の世界金融危機の後、定着した経済のニューノーマルは「低成長・低金利・低インフレ」だ。多くの先進諸国で景気拡大が過去最長となるなか、賃金や物価は伸びず、多くの中央銀行は2019年末においても金融政策を正常化できずにいた。ローレンス・サマーズは、この状況を長期停滞論という仮説を持って説明した*3。過剰貯蓄により完全雇用に見合う自然利子率がマイナスに落ち込んだため、金融政策により完全雇用に対応する経済成長を実現することは困難になり、経済が長期停滞に陥るというものだ。金融緩和が過度に長期化すれば、金融危機に至る可能性が高まる。また、金融危機に陥っても、中央銀行の政策手段が限られる。さらに、経済成長率やインフレ率が低いために、マイナス成長・デフレまでのバッファーがそもそも小さい。加えて、金融市場の肥大化により、バーナンキ元FRB議長が「犬の尻尾(金融経済)が頭(実物経済)を振り回す」*4と述べた状況が続いていることも、経済の脆弱性の一因である。

民主主義システムも脆弱化している。ポピュリズムやナショナリズムが台頭し、内外で政治的な摩擦を引き起こしている。英国のEU離脱やトランプ大統領の誕生、各国で台頭する極右政党など、10年前には予想もできなかったことが次々に起きている。その背景には、格差拡大やグローバリゼーションの波に乗れない層の不満、SNSなどのデジタル化が摩擦を増幅した一面もある。

環境活動家グレタ・トゥンベリが注目を集めるなど、地球温暖化により、地球環境も脆弱化している。専門家の間で議論はあるものの、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出によって地球温暖化が進んでいる。そして、地球規模で気候変動をもたらすなど、多大な影響を与える可能性がある。
 
*3 Lawrence H. Summers. (2016). Secular Stagnation and Monetary Policy. Federal Reserve Bank of St. Louis Review, Second Quarter 2016, 98(2), pp. 93-110.
*4 水野和夫(2016)『資本主義の終焉と歴史の危 機』集英社
2│ネットワークの拡大・複雑化
新型コロナのパンデミックの背景には、ヒトのネットワークのグローバル化に加え、産業のサービス化などを受けて進んできた都市化トレンドもある。ヒトのネットワークにおけるハブである都市の人口密度が高まり、疫病への脆弱性を高めてしまった。

グローバルなサプライチェーンが拡大し、モノのネットワークも拡大・複雑化している。サプライチェーンの分散は必ずしも不確実性を高めるわけではない。一方、東日本大震災における自動車生産や今回のパンデミックでのマスク生産など、サプライチェーンのハブがボトルネックとなる事例もある。

デジタル化の進展に伴い、情報のネットワークが急速に拡大している。5Gの導入やAIなどのデジタル技術の進展により、今後IoT化がますます進むであろう。自動運転車やスマートシティなど、IoTは我々の生活を豊かに効率的にしていくことが期待されるが、その一方でコンピュータウイルスやサイバー攻撃の脅威は増大する。また技術革新による創造的破壊も不確実性の一つである。Amazon Effectと言われるように、欧米ではeコマースの拡大などにより、廃業や閉鎖に追い込まれた小売業や商業店舗も多い。

カネのネットワークも拡大し、複雑化している。金融市場のグローバル化と金融工学の発達により、世界中の様々な資産・商品が金融商品として取引できるようになった。また、非線形のペイオフを持つ、複雑な商品が増えている。人間ではなくアルゴリズムによる取引が増え、一つの情報や取引が、瞬く間に世界中の金融商品に伝播する。その伝播は予測困難で、最終的に想定外の値動きをもたらすことがありうる。

これらのシステムの脆弱性、ネットワーク拡大・複雑化の一つの帰結として、今回の新型コロナのパンデミックと、その後の経済・社会情勢がある。世界を不確実にしている根本的な原因の多くは、先進国などにおける少子高齢化、格差拡大、経済のサービス化、デジタル化など、長期的なトレンドに基づくものだ。我々を取り巻く環境が短期的に変化するとは期待しづらく、今後も金融・不動産市場は数多くの不確実性に見舞われるであろう。今回のような疫病の他にも、今後想定される不確実性は、金融危機、政治・地政学イベント、サイバー危機、気候変動・自然災害、デジタル化による創造的破壊など、多岐にわたる。加えて、未知の不確実性に遭遇する可能性もある。新型コロナウイルスがいみじくも示したのは、脆弱化したシステムと、より大きく複雑化したネットワークによって築かれた、不確実性の世界である。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2020年08月06日「基礎研マンスリー」)

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【新型コロナが顕在化させた不確実性の高まる世界-想定外の不確実性をもたらす世界の脆弱性とネットワーク化】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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