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- 米連邦学生ローンの大規模債務救済措置-連邦最高裁は同措置に対して違憲の判断を示す
コラム
2023年07月19日
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連邦学生ローンの債務返済猶予措置
米国では大学の学費が高騰する中、大学の学部生の4割弱、大学院生の4割強が何らかの学生ローンを利用している1。学生ローンには1965年高等教育法(HEA)第IV編に基づく教育省管轄の連邦学生ローンと民間金融機関が提供する民間学生ローンがあり、23年3月時点の残高に基づくシェアは連邦学生ローンが92%、民間学生ローンが8%と連邦学生ローンが圧倒的なシェアを占めている2。
連邦学生ローンのシェアが高い要因としては、民間に比べローン金利が低いことに加え、一定の条件を満たした場合に学生ローンの返済が免除されることが大きい。具体的には、毎月所得の一定割合を返済する所得連動型返済(IDR)プランで一定期間(プランにより20年または25年)返済した場合、公共部門で勤務し120回(10年相当)の返済を終了した場合(PSLF)にその後の支払いが免除される。
連邦学生ローンのシェアが高い要因としては、民間に比べローン金利が低いことに加え、一定の条件を満たした場合に学生ローンの返済が免除されることが大きい。具体的には、毎月所得の一定割合を返済する所得連動型返済(IDR)プランで一定期間(プランにより20年または25年)返済した場合、公共部門で勤務し120回(10年相当)の返済を終了した場合(PSLF)にその後の支払いが免除される。

そのような中、新型コロナ感染拡大に伴い、トランプ前大統領が20年3月13日に国家非常事態を宣言したことを受けて、教育省は3月20日に03年高等教育学生救済機会法(HEROES法)に基づき、連邦学生ローン金利を60日間0%とし、ローンの借り手に少なくとも2ヵ月間支払いを停止する選択肢を与えた。HEROES法は戦争その他の軍事行動、国家非常事態の結果、借り手が学生ローンに関して経済的に不利な状況に置かれないようにするため、HEA第IV編に基づく連邦学生ローンに適用されるいずれの法令も適用されないまたは修正することができる権限を教育省長官に与えることを規定している。
1 教育省”2017-18 National Postsecondary Student Aid Study, Administrative Collection(NPSAS:18-AC) https://nces.ed.gov/pubs2021/2021476rev.pdf
2 FRBが発表する消費者信用残高のうち、学生ローン残高(1兆7,749億ドル)に対する教育省が発表する23年3月末の残高1兆6,354億ドルから試算
3 22年7月時点の18歳以上人口(2億6,084万人)に対する割合
バイデン大統領による大規模債務救済措置
22年8月24日に教育省はコロナ禍による低・中所得層への経済的打撃に対処するため一度限りの債務減免措置として、前述のHEROES法を根拠に個人年収が12万5,000ドル未満、または世帯年収が25万ドル未満の場合に連邦学生ローン受給者に上限1万ドル、さらに連邦政府による給付奨学金であるペル奨学金を受給したことがある場合には追加で1万ドルの合計最大2万ドルの学生ローン債務を減免する大規模債務救済措置を発表した。
バイデン政権は同措置によって連邦学生ローン受給者の4,000万人以上が債務減免の効果を得られるとしており、このうち、およそ2,700万人が2万ドルの債務免除を受けられるほか、およそ2,000万人がローン残高の全額を減免されるとの試算を示している。
一方、同措置はHEROES法がこのような規模の学生ローン残高を減免する権限を教育省長官に委任したのか否かをめぐる議論を呼び起こし、同措置に反対する訴訟が全米で提起された。このうち、2つの訴訟4では政策の実施を阻止する裁判所命令を獲得したため、教育省は現在に至るまで同措置に基づく連邦学生ローンの債務免除を実行できていない。また、これらの訴訟を連邦最高裁が受理したため、最終的な判断は連邦最高裁に委ねられた。
23年6月30日、連邦最高裁は教育省長官による債務免除はHEROES法が定める権限を逸脱しており、違憲との判断を示した。連邦最高裁の判断ではHEROES法が規定する「適用されないまたは修正することができる権限」の範囲が焦点となった。連邦最高裁はHEROES法によって債務免除することは、長官がHEA第IV編を全面的に書き換えることを許すことになると判断した。また、HEROES法は法規制条項の非適用のみを認めており、HEAには被貸与者に学生ローンを返済する義務を科す具体的な条項がないため、そのような条項の非適用はあり得ないと判断した。
一方、連邦学生ローンは、前述のように20年3月以降返済が猶予されてきたが、23年6月にバイデン政権と共和党が合意した債務上限引上げを25年1月まで不適用とする「財政責任法」に返済猶予措置を8月末で終了することが盛り込まれた。このため、新型コロナ対策として実施されてきた返済猶予措置は間もなく終了する。最高裁の違憲判決で大規模債務救済措置がとん挫する中で連邦学生ローンの返済再開が中低所得層の消費に与える影響が懸念されている。
バイデン大統領は学生ローンの債務免除を選挙公約としてきたことから、今回の決定は24年に実施される大統領選挙で再選を目指す上で痛手となった。同大統領は引き続き返済免除を目指す方針を示しているが、現状では代替案は提示されておらず、今後の動向が注目される。
4 共和党が優位なアーカンソー州、アイオワ州、カンザス州、ミズーリ州、ネブラスカ州、サウスカロライナ州が22年9月に共同で「権力分立」と「行政手続法」に違反しているとしてバイデン大統領を訴えた訴訟(バイデン対ネブラスカ)、返済免除の対象とならない2人(マイラ・ブラウンとアレクサンダー・テイラー)が対象の拡充を求めた訴訟(教育省対ブラウン)。
バイデン政権は同措置によって連邦学生ローン受給者の4,000万人以上が債務減免の効果を得られるとしており、このうち、およそ2,700万人が2万ドルの債務免除を受けられるほか、およそ2,000万人がローン残高の全額を減免されるとの試算を示している。
一方、同措置はHEROES法がこのような規模の学生ローン残高を減免する権限を教育省長官に委任したのか否かをめぐる議論を呼び起こし、同措置に反対する訴訟が全米で提起された。このうち、2つの訴訟4では政策の実施を阻止する裁判所命令を獲得したため、教育省は現在に至るまで同措置に基づく連邦学生ローンの債務免除を実行できていない。また、これらの訴訟を連邦最高裁が受理したため、最終的な判断は連邦最高裁に委ねられた。
23年6月30日、連邦最高裁は教育省長官による債務免除はHEROES法が定める権限を逸脱しており、違憲との判断を示した。連邦最高裁の判断ではHEROES法が規定する「適用されないまたは修正することができる権限」の範囲が焦点となった。連邦最高裁はHEROES法によって債務免除することは、長官がHEA第IV編を全面的に書き換えることを許すことになると判断した。また、HEROES法は法規制条項の非適用のみを認めており、HEAには被貸与者に学生ローンを返済する義務を科す具体的な条項がないため、そのような条項の非適用はあり得ないと判断した。
一方、連邦学生ローンは、前述のように20年3月以降返済が猶予されてきたが、23年6月にバイデン政権と共和党が合意した債務上限引上げを25年1月まで不適用とする「財政責任法」に返済猶予措置を8月末で終了することが盛り込まれた。このため、新型コロナ対策として実施されてきた返済猶予措置は間もなく終了する。最高裁の違憲判決で大規模債務救済措置がとん挫する中で連邦学生ローンの返済再開が中低所得層の消費に与える影響が懸念されている。
バイデン大統領は学生ローンの債務免除を選挙公約としてきたことから、今回の決定は24年に実施される大統領選挙で再選を目指す上で痛手となった。同大統領は引き続き返済免除を目指す方針を示しているが、現状では代替案は提示されておらず、今後の動向が注目される。
4 共和党が優位なアーカンソー州、アイオワ州、カンザス州、ミズーリ州、ネブラスカ州、サウスカロライナ州が22年9月に共同で「権力分立」と「行政手続法」に違反しているとしてバイデン大統領を訴えた訴訟(バイデン対ネブラスカ)、返済免除の対象とならない2人(マイラ・ブラウンとアレクサンダー・テイラー)が対象の拡充を求めた訴訟(教育省対ブラウン)。
<参考資料>
ローラー ミカ(2023)「連邦学生ローンと返済免除制度をめぐる米国の動向と新規則」(外国の立法296(2023.6))
Alexandra Hegji (2023),” The Biden Administration’s One-Time Student Loan Debt Relief Policy under the HEROES Act of 2003” CRS Report
Edward C. Liu, Sean M. Stiff (2023),” Supreme Court Invalidates Student Loan Cancellation Policy Under the HEROES Act” CRS Report
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2023年07月19日「研究員の眼」)

03-3512-1824
経歴
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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